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第三十話 ラウラファの戦い

 その日、ラウラファの南にある湖には濃霧が立ち込めていた。


 バゥレンシアの騎士ケイオス率いる千の兵士が、ラウラファの街へと到着してから三日後の事である。


 川からつながるその湖には、大量の船がひしめいていた。中でも一際目を引くのは、大型の軍船である。


 軍船といっても、それは兵を輸送するために特化したものであった。砲などの攻撃武器は殆どの船に搭載されておらず、その船の形状も竜骨りゅうこつと呼ばれる船体の軸がない、四角い箱のような船なのだ。


 普段は帆を張り、風の力を動力として進む。

 しかし河口にたどり着くと、風力が望めない。そのため船の側面からオールを数十本ほど突き出し、人の力で推進力を得るのだ。


 波の穏やかな川や河口で用いられる船で、一つの船に五百から七百の人員を乗せている。


 それがざっと見ただけでも、十五隻は停泊しているのである。さらにそこに小型中型の船をいれると、その数は五十ほどにも上るだろう。


 バゥレンシア侵攻を指揮するのは、オルシアン帝国のロックガード将軍である。


 一際巨大な船の甲板へと立ち、腕を組みながら濃霧の先を見ている。面構えは歴戦の猛者そのものであり、顔のいたる所に傷がついている。


 眉は太く、顎ひげと揉み上げはつながって一体化しており、そのまま後ろへと流す髪に行き着く。頬骨が広く、肌は日に焼けた茶色をしている。


 身体つきは筋肉質で、身長は百八十近くあるだろう。鎧は魔獣の皮とドラゴンの鱗を組み合わせたもので、禍々しい邪気を放っている。


「どうなっておるのだ。本来ならこの先は、もうラウラファの街のはず。しかし、これは一体どういう事なのだ…」


 ロックガードは困惑していた。本来ならば湖に停泊させた船から、兵士を陸地へと降ろしているはずだったのだ。


 しかし、その陸地がないのである。目の前に広がる濃霧の先には、湖が肥大化したかのように、その領域を広げていた。


 数多の経験から、これは何かしらの敵の策であると読んでいた。そのため、数隻の斥候船を放ち、その報告を待っていたのである。


 だが待てとくらせど、その船が帰ってくる事はなかった。


「中隊長!」


 ロックガードは部下の一人を呼びつけた。すると短い返事の一つと共に、その場へと男が駆け寄ってきた。


「斥候船十隻、そしてかんを五隻。前へと進めろ。その部隊の指揮はメアーズ、お前が執れ」


「お言葉ですが将軍、これは明らかな敵の罠で御座います。せめて、この霧が晴れるまでお待ちになっては如何でしょうか」


 メアーズと言う男は、畏まった態度ではあるが、ロックガードの意見へと己の考えを述べた。

 

 その顔つきは洗練した逞しさが見て取れ、四十代の前半であろうか、年齢を感じさせない若々しさと気力に満ちている。


「本来ならばそうしているわ。だが、我等には時間がない。連合の本体が西の砦を攻略する前に、なんとしてもバゥレンシアの首都を抑えねばならんのだ。このまま無駄に時間が過ぎれば、いつかは敵の援軍も到着しよう。そうなれば、孤立無援の我等の軍は、厳しい戦いを強いられるのは必定」


「そういう事ならば、豪腕の将ドゥナス率いる部隊を、我等の隊に加えてもよろしいでしょうか?」


 メアーズが表情一つ変えることなく言うと、ロックガードはにやりと笑い、それを了承した。


「いいだろうっ。必ずラウラファの街を制圧してこい」


「はっ!」


 湖に停泊するオルシアン帝国の船団から、メアーズ率いる精鋭部隊がラウラファの街へと近づいていた。


 その頃、街の中心部にある教会では、コウマ中尉と騎士のケイオスが、建物の屋根から濃霧の先を見ていた。


「恐らく、敵は斥候船が戻ってこない事で次の動きに入るはずだ。奴等には時間がない。だから、次は数千の兵を乗せた主力級の部隊で来るだろう」


 コウマは栗毛の髪を指にくるくると巻きつけていた。一応は鎧なるものを着ているが、それは機動力重視の革製である。


「とすれば、次の戦いが本番だな。これを乗り越えられるかが、勝敗の分け目となるか」


 ケイオスは不気味に光る眼で、その濃霧の先を見ていた。


「ああ。きっと激しい戦いになる。死者もでるだろう。だが、何としても援軍が到着するまで持ちこたえなければな。で、どうだ、ケイオス殿。何か視えたか?」


 濃霧に包まれ、周囲は数メートル先にあるはずであろう建物の形さえも認識出来ない。しかし、それはコウマや他の人間にとっての事だけである。


「ああ。どうやら動き出したようだ。斥候船…十。艦…五。どうやら本気でこの街を取りに来るようだ」


 ケイオスは、森の民人といわれるシェリフと人間のハーフである。


 森に住まう人々は、身体能力が異常に高く、木々を飛び回り、その目は葉が生い茂り、霧が立ち込める森の中であっても鼠の動きさえも捉える事が出来るのだ。


 それに加え、彼は弓矢の名手であった。その腕はバゥレンシア一と言われ、一キロ先の林檎を射抜いたと言う話は、あまりにも有名である。


「よし、じゃあ敵の部隊が街の中心部まで入り込んだら、合図を出すから教えてくれ」


 そう言うと、コウマは教会の屋根へと取り付けられた巨大な鐘楼しょうろうへと向かった。


 ラウラファの街の人々は、商売の神ティーリンを崇めており、その教会の屋根へと設置されている鐘は金で出来ていた。恐らくこの鐘一つで、豪邸を建てることができるほどの金である。


 こうして戦いの時は、静かに迫ろうとしていた。

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