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第二十九話 準備を怠るなかれ

 北和国の首都を出発した兵士達が、ウルファラへと到着すると、街の様子は普段の活気溢れる商業街とは、かけ離れた場所へと変わっていた。


 市場は閑散かんさんとしており、女、子供、老人は街から姿を消していた。住居からは家畜の鳴き声も聞こえず、土の地面が至るところで堀かえされている。


 そこらじゅうで男達が土を掘ると、それを袋へと詰め込むという作業を繰り返してるのだ。何をしているかも分からないその光景は、異様なものに感じた。


 兵を率いるのは、バゥレンシア騎士団の男である。長い金髪を後ろでまとめ、両の耳の先端は尖っている。透き通るような白い肌に、鋭い目。口元はしまっており、そのかもし出す雰囲気には気品が感じられた。


 男は馬上から、道端で作業をする者へと問いかけた。


「おい、そこの者!我等は首都より派遣された援軍である!ここの指揮官はどこにいる?」


 白い馬にまたがるその男は、白金の鎧に身を包んでいた。そのためか頭上から照りつける太陽の光が、鎧に反射して見事な輝きを呈していた。


「ん?指揮官?」


 問いかけられた男は、泥まみれである。布袋へと一生懸命に土を入れ込んでいたため、兵士達の存在には気づかなかったようだ。


 そして、額からは汗が滲み出ており、そこから流れ落ちる雫を手で拭い取りながら答えた。


「ああ!やっと来てくれたのか!いやぁ、待っていたよ!俺がこの街の指揮官で、コウマ・レックウ中尉だ。よろしく!」


 栗毛の男は、自分を指揮官と名乗った。しかしそんな汚い格好の男が、ひとつの街の守備を任された男だとは到底思えなかったのである。


「何だと?お前がこの街の指揮官だと!?ふざけたことを言ってないで、早くその者を呼んでくるなりしろ!」


 馬にまたがる男は、語気を強めた。首都からここまでは、決して短い道程ではなかったのである。引き連れる兵士にも、休息を取らせてやりたいと思っていたのだ。


 すると、その汚らしい格好をした男の元へ、何者かが駆け寄ってきた。それは鎖帷子を着込み、見るからにこの街の守備兵だと分かる見た目であった。


「コウマ中尉!女、子供、老人、病人の避難は、大方完了いたしました!家畜は食料へと変え、各家々に保管しておきました!」


 兵士がそう言うと、栗毛の男は頷いた。


「そうか!ご苦労だった。よし、では手の空いた者は袋に土を詰めろ。後は家々を移動できるように、木の梯子も用意するんだ。頼んだぞ」


 男がそういうと、兵士は威勢の良い返事の一つで答え、その場を去っていった。それを見た馬にまたがる男は、目の前にいるそのコウマという男が、この街の指揮官であると認めざる負えなかったのだ。


「ま、まさかお前が、いや、貴方がこの街の指揮官のコウマ中尉でしたか。お詫びを申し上げる。馬上からで申し訳ないが、少し兵士を休めてやりたいのだ。そういった場所はあるか?それと、今回の件について、どのような作戦を立ているのかをお聞きしたい」


 馬にまたがる男がコウマへと問いかけると、街の中央へと続く道を指差しながら答えた。


「ああ、気にするな。お詫びなんてのはいい。来てくれただけで、ありがたい。よし、じゃあ兵士達はこの先にある広場で、とりあえず休息をとらしてやれ。作戦については、指揮所を設置しているので、そこで説明しよう」


 そう言うと、二人は街の中心部へと向かって歩いていった。



 時は二日前と遡る。

 

 コウマ・レックウと将軍ゲバルが、西の要塞奪還作戦について意見を戦わせた後である。


 ゲバルはコウマの申し出に対して、千の兵を用意する事を約束した。


 執務室へと入りなり、ある男を呼ぶようにと部下へ指示を出したのだ。それが、バゥレンシア北和国の誇る最強の騎士、フラガナン・エンリュ・ケイオスである。


 室内は石造りの城を感じさせない、木目調の家具で統一されている。

 

 部屋は広く、暖炉が置いてあり、その上には熊の剥製が鋭い牙を向けていた。奥の机には山積みになった書類の束と格闘する、ゲバルの姿がある。

 

「何故です。ラウラファの援軍に、この私をあえて行かせる意味があるのですか?西の要塞への奪還には参加するなと…そう仰るのですか?」


 ケイオスが将軍の執務室へとやって来ると、予想だにしていない事を相手に言われた。当然の事ながら、本人は西の要塞の奪還作戦に関する事だと思っていたのだ。


 しかし、ゲバルの口から出たのは、小さな街の守備に当たれという、とても信じられない内容の話だった。


「西の要塞へは、我が軍だけで攻め入る訳ではない。他の三国と協力して攻撃を仕掛けるのだ。そこにお前を投入するよりも、ラウラファへの守備に当たらせる方が、よっぽどその力を上手く使える。そう思っての事だ」


 書類の束から目を外すと、目の前に立つ男を見上げた。ゲバルの顔はすっきりとしている。

 髭もなく、髪もない。あるのは、眉と皺。そして大きな鼻と、堀の深い場所から覗き込むようにしてみてくる灰色グレーの瞳である。


「それが理解できぬのです。ラウラファに敵が現れる確証もないのに、私が兵を率いていく必要があるのかと申しているのです」


 ケイオスは決して自惚れから言っているのではないのだ。数多の経験から、帝国との戦いに際し、要塞への奪還に自分が必要だと感じていたからである。だがゲバルの意見は変わらなかった。


「はっきり言うが、お前が西の要塞へ言った所で大きな戦況の変化が起こりうる訳ではない。だがしかし、ラウラファにもし敵が現れれば、それを食い止める事ができるのはケイオス。お前だけだ」


 結局、ケイオスはこれに渋々同意せざる負えなかったのである。いくら最強の騎士と謳われようとも、その身は国に仕える兵士となんら変わりないのだ。


 部屋から出ようと、扉へ向かって歩き始めた時、ゲバルは最後にこう言った。


「ラウラファの指揮官はコウマ・レックウ中尉だ。変わった男だが、奴の指示には必ず従え。お前とは違った意味の天才だ」


 その言葉が何を意味するのか、ケイオスには未だに分からなかった。変わった男だと、言う言葉だけを除いて...。



 コウマとケイオスは、指揮所の設置された建物へと入っていった。恐らく、元は教会か何かである。

 中は広々としており、多くの兵士がそこで武器となるであろう、弓の矢や、投石にする石を纏めていた。


「ここが指揮所だ。作戦については、奥の部屋で説明する。こっちについてきてくれ」


 ケイオスは無言で頷き、そのままコウマの後ろを歩いていった。


 その背には、魔鉱弓まこうきゅうと呼ばれる、大きな弓矢が装備されている。これは、己の魔力を武器に込めて戦うものである。通常の武器と違い、魔力を宿したものはその威力を数倍にまで跳ね上がらせるのだ。


 そして、腰元には剣が二本下げられていた。これも魔鉱石を精錬して加工したものなのだろう。さらに女性のような綺麗な細い指には、魔力指輪ハールリングが填められている。


 室内へと入ると、中央に置かれたテーブルの上に、大きな地図が広げられていた。


 商業街ラウラファのある場所に青いピンが刺さっており、その南に流れる大きな川には大量の赤いピンが刺さっている。


「よし、では今回の作戦を説明する前に、全体の概要を把握しよう。まず、連合が西の要塞を攻略してる間、敵の本体はクレムナント王国の領地へと侵入していると考えられる。だが、王国へと侵攻するには一つの川を越えなければならないんだ。その流れを進むと、このラウラファの街の南にある河口となっている湖にいきつく。もし敵の本体がクレムナント王国へと侵攻する前に、軍を二つにわけていたらどうなると思う?」

 

 コウマはそう言いながら、クレムナント王国とオルシアン帝国領を流れる川を指差した。


「まさか、その川を辿って一気にバゥレンシア北和国へも同時に侵攻してくると?」


 ケイオスの目は、コウマの刺した指の辺りを見ていた。そこに流れる川は、サラナイファ連合のバゥレンシアへと続き、やがてウルラファの街の南で止まっているからだ。


「ああ、俺はそう睨んでいる。帝国の狙いはクレムナント王国の採掘資源だと思われる。しかしサラナイファ連合ともずっと敵対関係にある。この機を上手く利用して、どうにか連合への侵略の足がかりにしたいと思うはず。そして帝国には軍を二つに分け、多方面作戦を展開するだけの兵力が十分にある」


「いや、まて。そうだとしても、川を下るには船が必要だぞ。それをこの短期間で用意して、数千の兵士を乗せるための船を運んでいるというのか?」


「船は予め、もう用意してあると思う。クレムナント王国へ侵攻するには、そもそも船が無い事には始まらないからな。そして川まで態々運ぶ必要なんてないんだ。すぐれた召喚術の使い手がいれば、製造を終えた船をその場へと召喚するだけでいい」


「なんだって...そうか。そうすれば全ての手間ははぶけるな。だが、敵は恐らくこちらの十倍、いや、数十倍の戦力差でくるかもしれん。そんな相手とどうやって戦う?」


「それが今回の作戦だ。このラウファラの街を要塞化する」


 コウマはそう言うと、ラウファラの要塞化計画を説明しはじめた。


 ケイオスはそれに聞き入り、ゲバル将軍が最後に言った《お前とは違った意味の天才だ》という言葉の意味を理解したのである。

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