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第二十八話 栗毛の男

 サラナイナファ連合に属するバゥレンシア北和国には、一人の将校がいた。それはとある街の守備を任されている男である。


 そのためか今回の四カ国会議への出席が適わず、将軍ゲバルへと、前もってある提言をしていたのだ。


 それこそが、帝国に奪われた西の砦の奪還は、今この時期にだけは絶対に行ってはいけないというものである。


 ゲバルはその将校の提言を聞き入れ、会議にて発言をしたのであった。しかし、それは総統ルーベンスによって、説き伏せられてしまった。


 会議が終わりを迎えると、各国の将軍達は要塞の奪還作戦のために兵を準備する必要があった。そのため各人が慌しく自国へと戻っていったのである。


 北和国の商業町ラウラファは、コーカナイダ東和国とバスカロン西和国への交易の拠点である。


 比較的気候のよいこの国では、農作物がよく実り、周辺の村々で収穫された作物が集まってくるのだ。

 そしてラウラファに買い付けにやって来る各国の商人達は、荷車に商品を満載させて帰っていく。

 

 この地域には大きな川が流れており、帝国領であるケウラット地方の山々が上流となっていた。この水が作物をより強く、そして大きく育てているのだ。


「ゲバル将軍、やはり我等の意見は聞き入れられなかったのですか」


 バゥレンシア北和国の首都へと帰国したゲバルを待っていたのは、そのラウラファの守備を任されている男だった。


 石造りの城内の廊下を歩きながら、男は問いかけた。

  

「ルーベンスは駄目だ。根っからの政治家のため、軍事に関しては何も分かっておらん。それにお前の意見を示すための確固たる理由と証拠がなかった以上、ワシにはどうにも出来んかった。連合は兵を揃えしだい、西の砦の奪還作戦を開始する」


 そう言いながら、横に付き従う部下から手渡される多くの書類へと、目を通している。


「やつ等は必ずこの機会を利用して、ラウラファを狙ってきます。西の砦など、我等の街に比べれば捨石も良いとこ。町さえ手中に治めれば、連合国への侵攻等いとも容易くなるのですから。それがお分かりにならない、将軍ではないはず」


 男の語気に熱がこもる。黒の軍服に身を包むその男は、軍人というにはあまりにも逞しさと力強さに欠ける顔つきである。

 

 頭は癖の強い栗毛がくるっとまいており、目は大きく垂れ下がっている。男前の顔つきではあるのだが、遊び人の雰囲気がどことなく漂っていた。


「分かっている。分かっているが、どうにもならんのだ!総統が決めた事には従わなければならん。そうでなければこの連合という国の根底にも関わる。何故それが分からん!」


 ゲバルはそう言いながら、廊下を歩いていく。しかし、それに食い下がるまいと、男は必死についていく。


「確かに納得させるだけの証拠などは御座いませんが、私には分かるのです!帝国は必ず、西の砦を囮にしてこの国へと攻め入るという事が!」


 男は柄にもなく吼えた。


 それは廊下に響き渡る大きな声であったが、上官である将軍に対してのものの言い方ではない。


「コウマ中尉、お前の帝国に対する勘の鋭さは認めているつもりだ。幾度となくそのお陰で窮地を脱してこれたのも分かっておる。しかしな、四カ国会議で決定した以上、もうワシでもそれを覆す事はできんのだ」


「しかし…!」


「だから、今現状裂くことの出来る千の兵を中尉の守備するラウラファへと増員する。その兵力とラウラファの守備隊で、もしもの時は対処しろ。これが今のワシに出来る限界だ」


 ゲバルは自分の執務室の扉の前で立ち止まると、コウマという男に真剣な目つきで言った。


「分かりました…有難う御座います。数々の失言、お許し下さい」


 コウマは頭を深く下げた。全てに納得した訳ではない。しかし現存する兵力から、千の兵を増員してくれた己の上官にこれ以上無理を言う事はできなかったのだ。


 相手の反応を確認したゲバルは、部下から手渡される多くの書類に目を通しながら室内へと入って行った。

 

 コウマ・レックウは、三十五歳の男である。北和国内での軍の階級は中尉であり、現場の指揮官といった所だ。

 しかし剣の腕は最低で、魔法に関しては下級の光魔法をやっと放てるくらいのものである。


 これはお世辞にも戦闘では役に立つ水準に達しているとは言えず、訓練施設での成績も下の下であった。だがこの男が真にその才覚を発揮したのは、事、帝国に対しての戦略眼と戦術である。


 コウマがバゥレンシア北和国の首都から、ラウラファへと帰還すると、すぐさま戦いの準備を始めた。


 南国の雰囲気が漂うこの町は、多くの商人達で賑わいを見せていた。水と緑に恵まれた豊かな地域で、町の南には大きな湖がある。近くの川から水が流れ込み、多くの動物がそこへ集まってくる。夏場は白鳥の群れが羽を休め、冬に入る前に飛び立っていくのだ。

 

 石とレンガで造られた住居は炎に強く、水源も近くにある事から、幾度かの戦いでは北への遠征にいくための中間地点としてて使われた事もあった。

 

 そんな街の守備を任されているコウマは、将軍からの信頼が厚いと考えても間違いはないのだろう。

 だが町へと帰還するや否や、ラウラファへ来ていた多くの商人達を、すぐさま自国へと帰郷させたのである。そして、老人、子供、女、病人から優先させて次々と非難させていった。

 

 こうしてこの街に残ったのは、戦う事のできる男達と、守備隊の兵士を合わせた五百名程度であった。


 将軍が派遣してくれた千の兵士がやってきたのは、この二日後の事である。

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