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第二十六話 覚醒への序章

 パルティフランツァにて起きた騒動は、一応の収まりを見せたかに思えた。

 しかし第三王妃レリアンと王国騎士のウィリシス・ウェイカーを一目見ようと、魔工細工のグレッグの店の前には多くの人だかりが出来ていたのである。


 木製の扉を勢いよく開け放ったウィリシスは、店内を見回した。しかしそこに店主の男の姿はない。


「グレッグさん!ウィリシス・ウェイカーです!店内を貸して下さい!」


 ぼろ布を身に纏っただけの子供は、血だらけで息も絶え絶えである。抱き抱えているウィリシスの服には、その血がべったりとつき、怪我の重さを物語っているようであった。


「ん?ウィリシス?おお!久しぶりじゃないか!どうしたんじゃ急に!?」


 声を聞きつけて、店の奥から一人の男がでてきた。

 立派な口ひげを蓄えており、頭にはバンダナ、上半身は汚れが染み付いたかのような皮のエプロンを付けている。下は布薄汚れたズボンに、靴は鉄の止め具がついたブーツを履いていた。


「この子を横に寝かせられる場所はありませんか?今すぐ治癒しなければ、命が危ないんです!」


 ウィリシスは必死の形相であった。もしかしたら過去に同じような経験をした事があるのかも知れない。そう思わせるほどに、普段の王国騎士である男とはかけ離れた姿であった。

 シュバイクはそんなウィリシスと共に、店内へと入って来た。グレッグという男に軽く頭を下げる。


「な、何がなんだかわからんが、ちょっと待ってろ!今、そこのテーブルを片付けるから上に寝かせるんじゃ!」


 グレッグは豪快な男だった。職人気質であるが、熱い魂の持ち主である。そして人格者でもあった。


 元は城下町の一般階級民が住まう貧相な場所に、店を構えていたのだ。しかしその魔工細工師まこうざいくしとしての腕を買われ、王家によって半ば強引にこの富裕区へと越してきたのであった。それが数年前の事である。


 店内は広々としており、様々な鉱石をはめ込んだ指輪や、首飾り、そして家具を飾り付ける装飾が並んでいた。商品が並ぶテーブルに目をつけると、グレッグは驚くべき行動にでた。

 躊躇ちゅうちょなく、並んでいる品物に地面へと叩き落したのである。そして、空いたテーブルを店の中央へと運んだ。


「ありがとう、グレッグさん!」


 ウィリシスはその上へと、細心の注意を払って子供をねかせた。

 シュバイクは子供の頭の下へと、自分の帽子を置いた。少しでも、その下の固い感覚を和らげてあげたかったからなのであろう。


 魔力指輪ハールリングの填まる左手を、子供の傷口へと向ける。そしてウィリシスは呪文を唱え始めた。


「ウィリシス兄さん、僕も手伝うよ」


「ありがとう、シュバイク」


 そう言うと、シュバイクは腕をまくりあげ、同じように呪文じゅもんを唱え始めた。


「聖なる光りよ、我が肉体を包み込め!そして、傷つき苦しむ者を癒す力となれ!」


「聖なる光りよ、我が肉体を包み込め!そして、傷つき苦しむ者を癒す力となれ!」


 二人が同時に呪文を唱え終えると、店内は純白の光によって満たされた。シュバイクとウィリシスの身体からは、強烈な輝きが放たれている。


「うぉっ!?なんじゃ、この光はっ!?ま、まぶしいっ!」


 グレッグは慌てて、ゴーグルを下ろした。普段、仕事のときに使う物であるのだが、この時ばかりは思わぬ形で役立ったのである。


 光に触れた子供の身体は、至るところにあった傷がみるみると消えていった。それに驚いたのはグレッグである。何と近くに居た自分の手の小さな傷が、みるみる治っていくのだ。


 しかしシュバイクとウィリシスは、顔を強張らせていた。


「ウィリシス兄さん!おかしいですよ、この子の顔に生気が感じられない!傷は癒えているのに!」


 魔力ハールを開放し続けながら、目の前の子供へとその全てを注ぎ込む。しかし異変に気づいた。傷は治るが、生命力が衰えていくのを。


「くそっ!駄目だっ。傷を負ってから時間が経ちすぎているんだ。魂が消耗し、肉体から離れようとしているっ!このままでは...」


 ウィリシスは奥歯をかみ締めた。最悪の結果になる事を、どこかで覚悟はしていたのである。しかし今それが現実となろうとしているのを、受け入れられずにいたのだ。すると、シュバイクが言った。


「ウィリシス兄さん、僕に任せて下さい。あの力を使います!」


「駄目だ!シュバイク!それだけはいけない!君の力は、君だけのものではないんだ!」


「ずっと悩んでいた。この国の王子として一体何が出来るのかと。だから...僕は決めたんです!弱い者を守れる王子になろうと!そして、正しい事の出来る、強い人間でありたいと!」

 

 シュバイクが声を張り上げると、建物の壁がきしみ音を立て始めた。そして店内に豪風が巻き起こったのである。その勢いで窓ガラスは割れ、路上で中の様子を覗おうとしている人々に向かって飛び散った。


「うわっ!?」


「きゃああっ!」


 あまりに突然の出来事に、外では多くの者達が地面へと突き飛ばされた。


「やめろ!シュバイクッ!」


「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」


 気づけば店内は竜巻の中心にいるような静けさになっていた。しかし店の外では暴風が吹き荒れ、他の店先に並んでいた商品の数々は、そのまま天空へと舞い上がった。


「な、なんだこれは!」


 グレッグがその目にしたものは、あまりにも現実離れしすぎていたのだ。シュバイクの背中から美しい二本の翼が生え、その白き羽根が店内に散っていたのである。羽根の一つ一つが純白の光に包まれており、空を舞っているかのようだった。


「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」


 シュバイクは、傷ついた子供へと向ける左手に、振り上げた右手を勢いよく叩きつけた。すると翼は一瞬の内に形を失い、内部から爆発するかのように羽毛が周囲へと飛散した。


「うぐっ!あっ...はぁ...はぁ...」


 意識を失っていた子供。突然胸を突き上げたかと思うと、その息を吹き返したのである。しかしこの時、シュバイクの放った魔力ハールの余波が、クレムナント王国全土を覆っていた。

 そして魔法を扱える全ての者達が、ラミナント城の城下町で大きな力の爆発ともいえる何かが起こった事を、確信したのである。


 それは城の宮廷でいつものように日常業務をこなしていたガウル・アヴァン・ハルムート叱り、その側近であるアーク・ウィード守備隊長もである。


 さらには城内の庭園でいつもの訓練をこなしていた四人の王子や、その守護隊となる騎士達も気がついていた。そして宿屋街の地下に位置する魔道議会の聖堂でも、導師達が何者かが放ったであろうその力を感じとっていた。


 鉱石商人の元へと向かっていた三人も、勿論シュバイクの放った魔力ハールの余波に感づき、何かが起こった事を察知していたのである。


 しかし当の本人である、シュバイク・ハイデン・ラミナントは、その子供が意識を取り戻すと同時に倒れてしまった。そしてそのまま、深い眠りへとついたのである。


「シュバイク!大丈夫かっ!シュバイク!」


 決して届くことの無い、ウィリシスの声。静けさを取り戻した店内に、響き渡っていた。

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