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第二十五話 大魔道師の教え

 部屋を出た零の目の前に、そこは大聖堂の内部だった。


 巨大な魔道師の像が奥に鎮座し、その後ろから美しいステンドグラスが光り輝いていた。色彩に富み、動物や騎士や民衆、そして木々に止りさえずる小鳥など様々なものが描かれていた。


 零には何を意味するものかは解らなかっただろう。しかし幻想的な雰囲気は感じたはずである。


「す、すごいな......」

 

 零には普段から、現実的な思考で論理的に物事を捉える傾向がある。だからこそ、何処か手の届かない場所がかゆくなるような、不慣ふなれな感覚であったのだ。しかし美しい、そう純粋に思えたのだろう。

 思わず漏らした言葉の全てが、物語っていた。


 地下であるはずなのに、適度な明るさが保たれていた。それは石柱に掛かる無数の鉱石ランプから、周囲を照らす光が放たれているからである。

 ステンドグラスの裏側にも、同じような鉱石が埋め込まれているのだ。だからこそ、美しい輝きを放っているのである。


 ウィザンドリードの地下に、これほどの施設を建造する技術。それはが如何にして生み出されたのか。

 魔法を使ったとしても、それは到底、零が理解を出来る範疇はんちゅうを超優にえている。


 床は大理石のような白い石が敷き詰められており、歩くたびに不思議な文様が周囲へと広がっていく。まるで水の上を歩いているかのような、不思議な気分になるのだ。


 聖堂を歩く零には、魔道師が一人随伴ずいはんしていた。アルンドゥーという老婆が、地上への案内役としてつけてくれた者である。

 黒いローブで全身を包み込み、目深にフードを被っている。そのためか、顔を見る事は出来ない。


「あの像は一体誰何だ?この国の魔道師達にとって、それほど重要な人物なのか?」


 多くの者達が床に膝をつきながら、顔の前で手を合わせていた。像へと向かって、祈りを捧げているように見えたのだ。彼らが崇めるに値する人物が、どのような者なのか気になったのである。


「五百年前に、このクレムナント王国の礎を気づいた大魔道師のエルドワール様です。我等魔道議会の導師達は、あのお方の教えを今も忠実に守り続けています。それ故に、王ではなく国の民へと仕えているのです」


 魔道師の男は、穏やかな言葉だった。


「民?王に仕えている訳ではないのか?」


 王国でありながら、民に仕える魔道師達。その矛盾に、気づいたのだろう。


「魔道議会は、王の下に仕えている訳ではありません。魔道師は王のために在らず。その存在はクレムナント王国の民のために在るのです。これは王家の権威によって、魔法という限られたものしか扱うことのできない力を、乱用させまいとする...エルドワール様の教えの一つです。これに従い、我等とラミナント王家とは、対等な関係の上で成り立っているのです」


 穏やかな口調で語ると、ゆっくりと歩き始めた。


 皇帝を父に持つ零には、とても信じられない事だったのだ。国の頂点に立つ者と、平等な関係を維持する組織。それが国の中に存在し、共存しているというのだ。


 零の父は横暴な男で、酒と女をこよなく愛する者だった。アンリカリウスという島国では、力こそが全てなのである。

 力無き者は、強者のため尽くす事で、存在を許されているだけなのだ。そしてその力無き者とは、島の民そのものであった。


 国を出てから、様々なモノを見てきたのである。零にとって、そこで触れ合う文化と、人々の価値観は良い意味で刺激となったのだ。


 聖堂を抜けると、幅の広い道へと出た。

 頭上高くまで吹き抜けが続くその場所は、いくつもの石橋が掛かっている。そこを時折、鉱石ランプを手にした導師達が歩いていく姿を見ることが出来た。


「零さまっ!」


 聞き覚えのある声が、零の名を呼ぶ。その方向へと視線を向けると、女が駆け寄って来た。今にも泣き出しそうな程の、もろい顔つきだった。


「ユーファ!大丈夫か?身体に異常はないか?何もされなかったか?」


 ユーファが先に聞きたかったであろう言葉を、零が先に投げかけた。

 不安と緊張から開放されたのも相まってか、大きな黒い瞳には雫が溜まっていた。


「はぃ...私は大丈夫です...先ほどまでは立ち上る事も間々ならなかったんですが、何か変な薬を飲まされて...その後は不思議と回復しました。零様こそ大丈夫でしたか?何もされませんでしたか?心配で心配で私...零様の身に何かあったらとっ!」


 悲痛な面持ちである。ユーファは、必死に言葉を搾り出した。何も出来なかった無力感と、自分の主である男に対しての複雑な心情。その二つが自らの感情の表現を、複雑なものへと変えていたのである。


「なぁに、大丈夫だよ。俺もさっきユーファと同じ薬を飲まされたみたいでね。今は何ともないさ。それに二、三質問されただけで解放してくれたしな」


 ユーファの不安を取り除くのに、十分すぎる言葉だった。零は笑顔で答えたのだ。普段あまり仲間に向けて見せる事のない、珍しい表情であった。

 落ち着きを取り戻したのを見計らってか、零は気掛かりな事を問いかけた。


「ユーファ。ベグートは一緒じゃないのか?」


「えっ?私はてっきり零様と一緒なのかと」


 二人がお互いに顔を見合わせた。その時である。聖堂の方から、周囲へと響き渡る大きな声が聞こえてきたのである。


「貴様ら!もし我が主であるロッソ・零・リュー様に何かあったら、唯ではおかんぞ!覚悟しておけっ!」


 通路の奥から、数人魔道師に連れられて来る男。二メートル近くの長身で、頭一つ分以上飛びぬけている。そんな男が怒号を放ちながら、近づいて来るのが分かったのである。


 聖堂内を包み込む静寂は、ベグートの発する怒声が見事に打ち壊した。祈りを捧げていた魔道師は立ち上がって、様子をうかがっている。

 ベグートは、零とユーファの存在にはまったく気づく様子もない。今にも暴れだしそうである。


「これは早くベグートに無事を知らせないとな。でないと大変なことになるぞ」


「ええ、そうみたいですね」


 二人は顔を見合わせると、ベグートへと向かって駆け出した。


「ベグート!俺は無事だっ」


「ベグート、それ以上暴れたら怪我人がでちゃいますよっ!」


「零様!?それにユーファ!よかった、無事でしたか!」


 ベグートは駆け寄って来た二人を視界にいれると、安堵した表情を見せた。


「ああ。お前も大丈夫だったか?」


「はい。私は何ともありません。よかった、零様にもしもの事があっては...」


(お父上である、豪様になんと言えばよいか)という言葉を言いかけて、ベグートは思わず口をつぐんだのである。


 それは、皇帝ドゥラガン・ごう・リューと、息子であるロッソ・ぜろ・リューの関係が良好とは言い難いものだったからだ。


 水と油。犬猿の仲。どちらを取っても、決して言いすぎな言葉ではない。零の前で父の名を出すと、たちまち怒りをむき出しにした。


「まぁ二人共無事でよかったよ。ベグート、ユーファ。実は例の鉱石について情報を持っていると思われる、アウルス・ベクトゥムなる人物の居場所を聞いたんだ。詳しい事は歩きながら話すから、宿屋をとる前に行こう」


 三人は導師に案内され、地下を後にする事ができた。

 外へ出ると太陽の日差しが眩しく、肌を包み込む暖かさがあった。気を失ってから開放されるまで、数時間ほど経っていたのだ。

 

 零、ベグート、ユーファは宿屋街へとまた後で来ることにし、ひとまず一般階級区へと向かって行ったのである。

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