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第二十二話 ウィリシスの怒り

「分かっていないのはお前達の方だ。いかに守備隊の兵であろうとも、これは明らかに行き過ぎた越権行為。王国兵が守るべきは、パルティフランツァに住む特権階級の者だけではない。この国に住む全ての人々のはず!それを忘れたというのかっ!」

 

 ウィリシスの眼光は鋭く、相対する男を真っ直ぐに見ている。


「ならば仕方ありません...。貴方を力づくでも取り押さえ、牢へと連れて行く。そこで話はじっくりと、お聞きしましょう」


 そう言うと、男は部下へ目配せした。五人ほどの兵士は、その合図と同時にウィリシスを取り囲む。


「やれぇっ!!」


 兵長の声に反応した部下達は、手に持つ棒を振り上げながら一斉に襲い掛かった。

 ウィリシスは握っていた兵士の腕をそのままひねりあげると、相手の動きを制したのである。


「いてててててててっ!」 


 そして、前方から襲いかかってくる三人めがけて、その男を蹴り倒した。

 

「ぐあっ!!」


 地面へと重なり合うように倒れ込む兵士達。しかし、すでに後方にはウィリシスの頭部へと、棒を振り下ろす別の兵がいた。だが、その男の手首に自分の腕を打ち当て、攻撃を止めた。

 さらにそこから相手の手を掴むと、そのまま勢いよく引っ張った。


「うお!?」


 棒を振り下ろす事のみに意識を集中させていた兵は、やや前のめりになっていた。その体勢から相手に引っ張り込まれると、ウィリシスの懐へと入りこんでしまったのである。

 がら空きとなった腹部目掛けて、ウィリシスは強烈な膝蹴りを叩き込む。


「がはっ!」


 凄まじい衝撃に、兵士は地面へと突っ伏する。

 ウィリシスは膝蹴りを叩き込むと同時に、その男の棒を奪い取っていた。最後に残る兵士の攻撃をその棒で受け止めると、一瞬のつば競り合いの後、その力を後方へと受け流す。


 技術と経験の差、である。力で押し切る事しか考えていなかった兵士は、それをそのまま見事に利用されたのだ。


 ウィリシスは相手の棒を一瞬のうちに払いのけると、鎖帷子の僅かな隙間へ強烈な一撃を打ち込んだ。

 

「うぅっ!」


 ほんの数秒で、ウィリシスは全ての兵士を倒してしまった。大の男が地面の上で苦しそうにもがいている。最後に残るは、髭の男のみであった。


「後はお前だけだ。兵長」


 そう言いながら、ウィリシスは静かに歩みを進める。

 その顔は殺気に満ちていた。普段のウィリシスからは、想像できないような顔つきである。瞳には怒りと憎しみが混ざり合い、対面する男に異様な凄みを放っていた。


「な、何者だ...その身のこなし、只者ではないな...」


 髭の男はそう言いながら、僅かに後ずさりする。

 自分と相手との力量の差を正確に読み取ったからこそ、このまま戦っても勝ち目が無いことを悟ったのである。

 だが、部下が目の前でやられたと言うのに、自分だけが逃げ帰る訳にはいかない。この男の職務への責任感が、その場に足を留めさせた。やるしかない、男は心を決めたのである。


 手に持つ棒を捨て去ると、腰のベルトに掛かる鉄の剣を抜き去った。しかしウィリシスは、まったく動じる事もなく、無言で相手と距離を詰めていく。


「やめるんだ、ウィリシス!」


 シュバイクの声が、ウィリシスの動きを止めた。


「もういいんだよ、ウィリシス兄さん。彼らはもう十分に、己の取った行動の軽率さを悔いている」


 ウィリシスの背後へと近づくと、シュバイクは静かに言った。その声が失っていた平静さを、取り戻させたのである。手に持つ棒をゆっくりと離すと、それは音を立てながら地面へと転がっていった。


「兵長さんも、剣を収めて下さい。これ以上の戦いはもう無意味です」


 シュバイクは髭の男の前へ歩み出ると、相手の良心へと訴えかけるように言った。男はその言葉を聞き入れたのか、握っていた剣を鞘へと収めた。

 男はシュバイクの顔をまじまじと見つめると、何かに気づいたようであった。


「あ、貴方様はもしや!レリアン王妃では...!?」


 髭の男が声を上げると、周囲で見物していた人々がどよめきだった。

 王国兵六人が、たった一人の男に倒されるというあまりの珍事に、さすがに多くの人が足を止め見ていたのだ。


「あ、えっ...いや...その...」


 シュバイクは戸惑っていた。自分の正体を明かそうにも、ドレスと帽子で着飾った今の自分は、女性そのものであるのだ。

 このような姿で町をうろついていたと知られれば、またよからぬ噂の元となる。そう考えた時、シュバイクの取る行動には一つしか選択肢が無かった。


「そ、そうです...私は第三王妃のレリアン・ハイデン・ラミナントです...どうかこの場は、私の顔に免じて事をお収めください...そして、もしできれば、その子供を開放して上げて下さい...この王国騎士ウィリシス・ウェイカーの言うように、十分にその罪に値する罰は受けたはずです」


 そう言うと、髭の男の顔は急に青ざめた。まさか自分が剣を向けた相手が、王国騎士だとは思わなかったからである。


「ま、まさか貴方があの輝きの騎士シャイニング・オブ・ザ・ナイトウィリシス・ウェイカー殿だったとは......な、なんと失礼な事を...どうかご無礼をお許し下さいっ!」


 男は両膝を地面へとつけた。周りで見物していた人々も、それに合わせるかのように次々と腰を落とした。中には地面すれすれまで、頭を深く下げる者もいたほどである。

 王家の威光と王国騎士の存在が、この国の人々にとってどれほどの大きな意味を持つかという事の表れであった。


「兵長殿、いいのです。私も熱くなりすぎてしまいました。この場はお互い穏便に済ませましょう」


 ウィリシスは完全に普段の冷静さを取り戻したようである。穏やかな顔つきであった。


「はっ。有難う御座います。では、この子供は如何致しましょうか...」


「その子は私が預かります。負った傷も深いようですし、治療してから、私が責任を持って盗んだ物を持ち主へ返させます。その後で家へと送り届けますが、それでよろしいですか?」


「はっ。そのようにして頂けるのなら、文句は御座いません」


 髭の男は部下を引き連れて去っていった。ウィリシスは子供を抱えあげると、ゆっくりと歩き出した。


「ウィリシス兄さん、その子を何処に連れて行くのですか?」


 シュバイクが問いかけると、ウィリシスは足を止めた。そこは中央通りから少し離れた所にある、一件のぼろい店屋だった。


「ここです。ここは昔からの知り合いがやっている店でして、中で場所を借りてこの子の治療をしましょう」


 そう言うと、二人はおんぼろの店屋へと入っていった。

 入り口の看板の上には汚い文字で、《魔工細工まこうざいくのグレッグの店》とでかでかと書いてあった。

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