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第十六話 部下への言葉

「だんちょぉぉー!セルシディオン騎士団長ぉー!」


 無機質の狭い通路に相応しくない声が、遥か後方からセルシディオン・オーリュターブ目掛けて飛んできた。

 しかし、その声が聞こえているであろう本人は、その歩みを止めることはなかった。

 呼び止めようとした相手が、前へと進み続けるのに焦ったのか、女は駆け足で近づいてきた。


「ちょっ、ちょっと!まってくださいよぉ!団長!」


「何度言ったら分かるのだ。私の事はオーリュターブと呼べと言っているだろう」


「あっ。そうでしたっ。ごめんなさい。セルシディオン団長っ♪」


 悪意に満ちた笑顔で女は答えた。


「貴様...」


 オーリュターブの顔は一瞬にして強張った。しかし、当の本人は、そんな相手の様子にもまったく気にする素振りを見せなかった。

 普通の者であるならば萎縮してしまうほどであるが、まったく臆する事もなく、さらなる笑みをもって女は返したのである。


 スウィフトランドの第七層名物、笑みと殺意の応酬と実しやかにささやかれているものであった。


「私の名前はレイン・フィースでっす!セルシディオン団長が、ちゃんと名前で呼んでくれれば、私もお呼びする時にオーリュターブ団長って言いますけどっ?」


 無表情でいて、他人と接する時はつねに見下したような態度であった。

 オーリュターブ自身は鬱陶うっとうしい他人の存在など、邪魔でしかなかったからであろう。

 そんなオーリュターブに一歩も引く事なく、部下として職務をまっとう出来る存在は稀であった。


 女は相手の顔を覗き込みながら、意地の悪い笑みをさらに浮かべた。

 

 レイン・フィースは、まだ訓練生時代の青さが残る騎士である。普段はオーリュターブの補佐と事務処理を担当していた。

 ライトブラウンの髪色に、長い髪を止め具で押さえており、目鼻立ちはすっきりと整っている。女性と言うよりは、何処か少年の様な雰囲気を持っていた。


「なんの用だ」


 視線をほんの一瞬だけ、レインの方へと流したオーリュターブは、すぐに前方へと向き直った。


「あっ、そうでしたっ!えっと、人材育成科からの報告です!魔道剣士十名、魔法烈士五名の育成完了。予定数まで三ヶ月ほどあれば終了する。との事です!」


 丸秘と書かれた黄土色のファイルを受け取ると、レイン・フィースから渡された報告書にオーリュターブは目を通した。


「三ヶ月か...笑わせてくれるな。かかり過ぎだ。二ヶ月で済ませろと伝えろ」


「はいっ!了解ですっ。あ、これは個人的な見解なのですが。人材育成科のパナフェッタ騎士団長は、人材育成費を私的に流用している疑いがあります。なので、育成期間は一ヶ月で済ませる事も可能なのではないかとは思いますが?」


「解っている。だから二ヶ月なのだ」


「え?と、言いますと?」


「奴の育成費の私的流用の情報は、すでに掴んでいる。奴もそれは薄々感じている頃だろう。だから、三ヶ月という期間を提示し、こちらに鎌を掛けて来ているのだ。だから二ヶ月と提示し、私が奴の流用を黙認させたと思わせる。実際は奴を駒として使うために、流用の事実となる証拠を用意している時間稼ぎだ」


「あっ。なるほど!流石、セルシディオン団長!そして、その証拠を私が集めると言う訳ですね」


「無論そうなるな。それで、例の連絡が取れなくなっている下級潜入兵の件はどうなっている。消息は掴めたのか?」


 オーリュターブがそう言うと、一瞬にしてレインの顔は曇った。

 普段から笑顔を絶やすことのない女性なのだが、この時ばかりはどうも様子が違うようだった。


「それが、一週間ほど前の定期連絡から一切音沙汰がありません。他の潜入兵に連絡を取り、出来得る限りの捜索をしたのですが。恐らくもう、生きてはないかと...」


 そう言うと、レインの声は最後には震えていた。


「そうか、残念だ」


 下級潜入兵とは、言わば使い捨ての駒のようなものだった。

 それを、オーリュターブはもちろんの事、レインも承知している。

 スウィフトランドでは、多くの者が騎士になるべく、切磋琢磨している。しかし、十三騎士団へと所属し、その称号を得られるのは、才能、技術、知識、経験を兼ね備えた極一部の者だけなのである。


「うぅ......だめだ...もう、私の馬鹿...泣かないって...決めたのに....うぅぅぅぅ......」


 オーリュターブは自分の執務室の扉で立ち止まった。

 そして口を開いたのである。

 それは、オーリュターブと言う人間の恐ろしさを知る者が聞いたら、信じられないような言葉だったのであろう。


「大切な者を失う痛みは...よく分かる。泣きたい時には泣け。笑いたい時には、自然と笑うようにな。そうすれば、きっと気持ちは今よりも楽になる」


 オーリュターブはそう言うと、自分の執務室へと入ってしまった。


 根っからの明るい性格と、ずば抜けた事務処理能力を買われ、オーリュターブの部下として登用された女には兄がいた。

 その男は、クレムナント王国の牢獄で、短い生涯を終えた者である。


 元首であるハイドラは他国との外交上、水中都市の外へと出る機会も多かった。

 しかし、オーリュターブ自身は二年以上も太陽の下に立っていなかった。

 暗い水中都市の最下層で、日々、忙殺されていたからである。

 そしてその日も、太陽の下に立つことはなかった。 

 

 外では夕日に照らされた湖が、煌びやかな光と共に夜の闇に姿を隠そうとしていた。

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