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第一話 王子 シュバイク・ハイデン

 シュバイクには四人の兄と三人の姉がいる。

 腹違いの兄姉であるが、実際のところは血さえも繋がっていない。

 それを知るのは母のレリアンのみだが、兄達はシュバイクとの違和感を肌で感じているようであった。

 

 その日もシュバイクは兄達と剣技を磨くべく、訓練に励んでいた。

 

 真夏の太陽が頭上に位置し、日差しが肌を焼くような熱を放つ。


 広大な城内の敷地には王族が憩いの場として使う広場がある。そこには一面に緑の芝生が敷き詰められ、備え付けられた噴水には雄々しい姿の獅子が彫られていた。獅子から放たれる咆哮は水の流れとなっており、広場を四角く切り取っている。

 

 そんな場所から聞こえてくる男達の勇ましい声が宮殿内に響き渡ると、侍従の女達は一人の男を見たいがために集まってくるのだ。


「きゃー!」


 騒がしい女達の声を聞きつけ、暇を持て余して宮殿へ毎日のように足を運んでくる貴族達も広場に集まり始めた。

 

 ここ最近の猛暑により、訓練中の王子達が上半身を露にして剣を握る姿を一目見ようと集まってくるのである。

 しかしそれは、端整な顔立ちに、美しいスカイブルーの髪をなびかせるシュバイクを目当てにしてのものがほとんどであった。

 

 剣を振るうたびに体中にしたたる汗が飛び散り、貴族や侍従の女達から悲鳴にも思えるような歓声が上がる。

 シュバイクに注がれる熱い視線。その中に冷たい眼から放たれる殺意が、入り混じる。兄である他の四人の王子達は、怪訝な顔つきであった。

 

 広場には五人の王子の他に、王国騎士の姿がある。王位継承候補者である彼らを、守ることを第一の任務として与えられた、守護騎士と言われる者達である。 

 王子達はそんな守護騎士の隊長指導の下で、剣技の型を中心とした訓練に励んでいた。


「剣を振るう時はつねに身体の中心軸を維持!体内に留めている魔力ハールを一定に保ちつつ、攻と守に素早く力の波を切り替える!」


 剣術訓練を取り仕切るのは総隊長ハギャン・オルガナウスという男である。

 革製の軽鎧を身にまとい、獅子のたてがみのような髪と髭が印象的だ。ハギャンは二メートルを超える大男で、目つきは鋭く眉は太い。頬骨から顎にかけてがっちりとしており、野太い首は筋肉の塊のような身体へと繋がっている。


 昔城内に侵入した〔野獣人やじゅうじんバリリガウス〕を、この国で唯一、素手で倒したことのある猛者はこの男くらいであろう。

 

 野獣人バリリガウスとは、熊のような鋭い爪と獅子のような牙を持つ獣人族のことである。トロールと言われる獣人族の亜種と考えられており、体長は五メートルから最大で七メートルもある生き物なのだ。


 ハギャンは腕を後ろで組みながら、王子達の型を鋭い眼つきで観察している。そして時折、怒声が放たれるのだ。


「レンデス様!剣を握る拳に込める魔力は、つねに一定量を保つのですぞ!そこを疎かにしては攻撃の基点となる力が減少しますぞ!」


 第一王子の長男レンデス・エデン・ラミナントは、ダークグリーンの髪にパープル瞳が印象的な男である。鍛え抜かれ肉体は引き締まっており、すらっと伸びた背と相まって中々の身体付きである。


「ナセテム様!全身を包む魔力の波が弱まっていますぞ!肉体を包む魔力が切れる事、それすなわち戦闘では死を意味するのです!」


 第二王子の次男ナセテム・ハイドラ・ラミナントは、がっちりとした体格で、無骨な顔つきである。日に焼けた浅黒い肌に、赤茶色アガトの瞳。坊主頭の燃えるような緋色の髪の毛が、印象的な男であった。


「サイリス様!斬撃を繰り出す際の魔力は刀身へと満遍なく込めるのです!相手の斬撃を受ける際も同じですぞ!」


 第三王子の三男サイリス・エデン・ラミナントは、長男レンデスと同じ女性から生まれた。第一妃の息子であるサイリスは、兄と同じようにパープルの瞳を持っている。しかし髪はダークブラウンで、目つきの鋭いレンデスと比べると、幾分か温和な顔つきであった。

 兄と似て、背はすらっと伸びていて体は引き締まっている。


「デュオ様!指輪リングから魔力を全身に行き渡らす過程で大事なのは、速度と量です!つねに意識しながら剣を振るうのですぞ!」


 第四王子の四男デュオ・ハイドラ・ラミナントは、第二妃を母に持ち、次男ナセテムとは文字通りの兄弟である。常に何を考えているか分からない無骨な顔つきの兄と比べると、穏やかな人物に見えた。

 それはまん丸い顔と、ふっくらした身体付きであるからかも知れない。髪は長くもなく短くもない、ダークブラウンの髪である。赤茶色アガトの瞳は兄と同じであった。


「シュバイク様!何度言ったら判るのですか!その様な甘い斬りこみでは敵どころかケーキを切り分ける事もできませんぞ!やる気がないのなら優しい母君の元で、お人形遊びでもしている方がいいですぞ!ワッハッハッハッ!」


 性質の悪い冗談が、重低音の鼓膜を震わせる声にのせられて広場に響く。ハギャンの人一倍の巨体と、その大きな声はどこか他を圧倒するものがあった。

 スカイブルーの長い髪を汗で湿らせ、一見すると美しい女性のような顔立ちの王子は、自分へと投げかけられる嫌味に無言で耐えていた。


「ハギャン殿!その言葉、シュバイク様への侮辱ですぞ!」


 毎度訓練時に繰り返されるなじりに業を煮やしたのか、ハギャンの笑い声を裂くように一人の男が突如として言い放った。

 

「ほぅ…この私に楯突くほどの覚悟が?ウィリシス」

 

 ハギャンの視線の先に立っているのは、一人の若い男だった。

 シュバイクよりも少し年上であろうか。二十代前半と言った所だ。

 その場にいる守護隊の面々と顔つきを見比べると、あまりにも若すぎる容姿ではある。だが、まだ少年の面影が残るシュバイクとは対照的に、ウィリシスという男には精錬された力強さが一本の芯となって通っている。


 ウィリシスは、ハギャンの脅しともとれる言葉に臆することなく、前へと歩みでた。 


「私はアバイト国王より、シュバイク様の守護の任を与えられたのです。王子の尊厳を踏み躙る者は誰であろうと、許す訳にはいきません」

 

 ウィリシスの口調は穏やかなものに思えたが、その目はしだいに鋭さを増していく。

 鮮やかなライトイエローの短髪に、珍しい銀褐色シルバーの瞳を持つ青年はハギャンを前にしても一歩も引く素振りを見せない。それ所か殺気さえ放っているように思える。

 

 広場の周囲で見ていた者達も只ならぬ気配を感じたのか、皆口をつぐんで二人を注視していた。熱を帯びた空気が一瞬にして氷付いたのを、その場にいる誰しもが感じたのである。 


「止めるんだ!ウィリシスッ」


 ちょうど右の手が剣の柄へ伸びようとしていた時、咄嗟とっさにシュバイクはウィリスの手を掴んだ。


「ですがシュバイク様!このような侮辱を毎回甘んじて受け入れていては、ますます相手が思い上がるだけです!」 


 そう言いながら静止を振り切ろうと、相手の身体を押しのけようとした。だが、そんなウィリシスの耳元でささやく様にシュバイクは言った。


「お願いです、兄さん。やめて下さい。僕なら大丈夫ですから。それに、ここで事を大きくしては肩身の狭い母上に余計な迷惑をかけてしまいます……」


 僅かな呼吸の後、ウィリシスは右手を柄から引いた。どこか悲しげな顔つきのシュバイクを瞳に写すと、思い改めたかのように元いた場所へと戻っていった。

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