第百八十一話 岩窟の王
ひび割れた大地。その狭間へ飲み込まれていく兵士たち。
「うわああああ!」「助けてくれぇっ!」
至る所から聞こえてくる悲鳴。悲痛な叫び。残った者達は大地に身を寄せ合うように固るしかない。
魔獣ガルディオンを駆けさせる一人の青年。狭間を次から次へと飛び越えていく。
スカイブルーの束ねられた髪の先が風に靡く。
しかし突如として眼前を塞ぐように、黒い影が飛び出してきた。
「うらっあぁぁぁぁっ!」
野太い二の腕を振りぬき、ガルディオンの顔面を殴りつける。
ヒィィィィィィッン………!
脚を止めた魔獣が大きく後方へと倒れ込む。その背に跨る青年は投げ出され、地面へと叩き落とされた。
「くっ。な、何だっ!?」
シュバイクは剣を構えて、視線の先へと問いかけた。
「がっはっはっはっはっはっ!外の空気は気持ちがいいなーっ!ん?ワシか?ワシはぁアルガッド・オードイル・モルスコスッ!」
筋骨隆々のたくましい肉体。太い二の腕に、毛むくじゃらの顔の男は言った。
「まってくだせぇ、オヤッサン~!」
大地の狭間からもう一人の男が這い出てきた。
その男は毛むくじゃらの男よりも少し若い風貌である。整った顔立ちだが髭は濃く、眼は丸みを帯びていた。
「おうおうおう、やっときたかムッド。ワシはぁ今からコイツと喧嘩するかもしれん。」
「け、喧嘩ですかい?地上にやっとあがれたってのに何があったんですかい?」
モルスコスとムッドと言う男はシュバイクの存在を気にせずに話し始めた。
「ま、まってくれ!今アルガッド・オードイルと言いました!?その名はもしや岩窟の王の名では!?」
シュバイクは構えていた剣の切っ先を地面へと下ろしながら言った。
「ん?しっとるんか?そもそもお前は誰だ?」
「幼き頃、父に聞いたんです。西にあった国の民の王の名が確か………アルガッド・オードイル・バルサコスだったとっ!」
眠れない夜に、昔話のように聞かされた話。シュバイクはその話を思い出していた。
「バルサコスはワシのじーちゃんの名だ。その名を知ってるってことはおめぇもしかしてラミナントか?ザイザナックもいるのか?」
モルスコスの瞳は鋭く光った。そして握り拳を胸の前で作る。
「まっ、まってください!僕の名はシュバイク・ハイデン・ラミナントです!ザイザナック王は父に討たれ死にました!貴方の敵ではありませんっ!」
「おみゃはバカか?見た限りここは戦場だろ?てことは、仲間以外の奴わぁ敵なんだ!」
モルスコスはそうい言いながら、シュバイクへ向かって駆けだした。
そして野太い腕を振り上げると、作った握り拳を叩き下ろした。地面がえぐり取られる。シュバイクは間一髪で後方へ飛んだ。
「シュバイク様!大丈夫ですか!?」
後方から追いかけてきた金色の光を纏う者。その瞳は銀褐色にライトイエロー髪色をしていた。
「ウィリシス!」
青年の顔は少しだし安堵を浮かべていた。ひたすらに眼前の敵を薙ぎ払い、前へと向かって進んでいたシュバイクにとって、その顔は見慣れた安心感を取り戻すのに十分だった。
だが次の瞬間。その顔は一気に青ざめた。それは左腕の肘当たりから先が切断されて無かったからである。
「そっ、その腕はっ?」
その瞳は揺らいでいた。
「気にするな、シュバイク。腕の一本くらいどうってことはないっ!」
そういいながらウィリシスは半身を引いて騎士の構えをとった。
「がっはっはっはっ!お前気に入った!面白いやつだっ!ワシと喧嘩するかっ!?」
ぼろ布をまとった男は、脚に魔力を込める。そして高く跳躍した。
「来るぞっシュバイクッ!」
「はいっ!」
降り降ろされた両の拳が大地を大きくえぐり取った。
「まーた避けられたかっ。すばしっこいやつらだのー!」
モルスコスは血気盛んに襲い掛かってきた。しかしそれをムッドという男が止めた。
「まってくだせー!オヤッサン!あっちにいい考えが!」
端正な顔立ちに強靭な肉体の男は口を開いた。
「なんだがや?喧嘩の途中で割ってはいるなや!」
「いい考えがあるんだす!その奴がラミナントなら喧嘩しないでいっぱいうまいもん鉱石をもらう方法があるんだす!」
ムッドの言葉にモルスコスは拳を下した。頬が少し緩んだように感じる。
「うまいもん、食えるんか?」
「そうだす!この国にはいーっぱいうまい鉱石があるだす!だったらそいつを仲間にして敵を倒してやれば、上手い鉱石もらえるんじゃないっすか!?」
シュバイクとウィリシスは互いの顔を見合っていた。目の前の毛むくじゃらの男達の会話についていけてないのだ。
「な、何の話ですか?鉱石ならこのクレムナント王国で採れますが…?」
スカイブルーの髪の少年の投げかけに、モルスコスの目の色が変わった。
「それだ!それがほしい!ワシらの力をお前達に貸してやる!だからその代わりにうんまーい鉱石をいっぱいよこせ!」
モルスコスの突然の要求にシュバイクとウィリシスは互いの顔を見合った。
「ワシらって貴方方二人ですか?」困惑した顔つきで問いかけると、モルスコスは自信ありげな表情を浮かべて答えた。
「いーや、ワシら全員だっ!!」
「「「オヤッサーーーーンーーーッ!」」」
大地の隙間から湧き出るように、筋骨隆々で髭ずらの達がでてきた。
「なっなんだっ!?」
ウィリシスはシュバイクの横で身構えた。割れた大地からひしめくように出てきたのは、クレムナント王国の遥か北西から穴を掘り続けてきた岩窟の民達である。
「おまえらーーーよーくきたなーーー!」
モルスコスが声を張り上げると、一斉に歓声が沸き上がった。その間も次から次へと強靭な肉体を持つ者たちが、大地の隙間から這い上がってくる。
「なんて数なんだっ。」
シュバイクとウィリシスは大地にできた孤島で、周囲を囲まれていた。
「ラミナントの坊主。ワシらの力を使え!その代わり代価はいただくぞ!この国の鉱山まるまる一つだっ!それでよければ敵を粉砕してやるわっ!」
モルスコスの言葉に岩窟の民は沸き立った。極上の鉱石が眠る土地、クレムナント王国。その場所を目指してただひたすらに地中を掘り進めた彼らは飢えていたのだ。
「ど、どうする?シュバイク。クレムナントの鉱山はこの国の国力を支える一つでもある。それを一つとなると大事だぞっ」
困惑した顔つきでウィリシスは言った。
「この戦いに勝てなければ鉱山処の話ではありません…その条件飲みます!アルガッド・オードイル・モルスコスッ!」
「がっはっはっはっ!話の分かる奴だラミナントの坊主!おっしゃあ!杯は後で交わせばいい!お前達!この戦を終わらせるぞーーーーっ!」
モルスコスは右の拳を天高く上げて声を張り上げた。
オオォォォォォォォォォォーーーー!!!
周囲から歓声が上がる。
「シュバイク、いいのか?」
心配そうな顔でウィリシスは問いかけた。
「今やるべき事はレンデスとサイリスを討ち取ることです。そのためなら鉱山の一つくらい!」
シュバイクの言葉に熱が籠った。
「分かった。ならば行こう。倒すべき敵の元まで。」
冷静な表情でウィリシスはそれに答えた。
大地は至る所でひび割れを起こし、王国軍と貴族隊連合、両軍の役半分を飲み込んだ。
シュバイクに追走してきていたはずの騎士達も今は一人もいない。いるのはシュバイクがもっとも信頼を置く、自身の守護騎士だけである。




