第百七十九話 親子
無慈悲なる答え。男はそう感じたに違いない。
「ウィリシス・ウェイカーが…悟………?まさか…そんな………」
考えようとも、思考は働かない。
『信じがたい事実ですか?いえ、本当です。この世界がまだ私の手で管理されていた頃に、彼は来たのですから。』
女性の声で喋る【何か】。人間のように流暢に話すが、どこか心がない。
「お前は一体何者なんだ!?悟がウィリシス・ウェイカーだと?それが真実だとするならば、証拠を出してみろ!」
白き空間へと向かって男は言った。
『私はトライデント・フェニックス社のOmega9開発部室長、室井出辰彦によって産み出された人工知能。通称アザゼム。この世界では管理者と呼ばれる働きを与えられ、人間達には神と言われることもあるもの。それが貴方の最初の問いである【お前は一体何者なんだ】の答えです。そして【悟がウィリシス・ウェイカーだと?それが真実だとするならば、、証拠を出してみろ!】の答えはこちらです。』
アザゼムと名乗る人工知能は、淡々と言葉を繋いでいった。そして最後にハルムートの前へと巨大なスクリーンを創出したのである。
「こ、これは………」
ハルムートは愕然とした。膝を落とし、白い床へと経たりこんだ。
そこに映し出されたのは正に、息子である山上悟が、病院のベッドらしきものの上で静かに寝ている映像であったからである。
「さ、さとる………」
ハルムートの姿は中年の男へと戻っていた。
『これが貴方の求める証拠です。納得しましたか?』
アザゼムは相手の心中を推し測る事もなく言った。
「どうなる………この世界で死んだものはどうなる………?」
山上努は俯いたまま、呟くように言った。
『神経の繋がりが強制的に遮断され、脳の活動が停止します。簡単に言えば脳死です。』
説明文を読み上げるような、抑揚のない声。山上努は人間だからこそ、この声の相手が本当に人間ではないことを理解したのだ。
だが理解した所で、息子が脳死の危機に有ることは到底受け入れられないであろう。
だからこそ、あえて聞いたのだ。
「ならば息子はまだ生きているが、私は死んだということか。」
問いだったのだろうか。確認のような言葉にも感じる。
『貴方は唯一の【例外】です。』
予期せぬ答えに山上努は顔をあげる。
「【例外】?どういうことだ?」
希望の光が僅かに差した。ほんの僅かなその希望に、息子を助け出す道を見出したかったのだろう。
『貴方の【意識】が貴方へと戻る事はありません。何故なら貴方の【意識】はこの場所へと入り込む事で、肉体から切り離されたからです。』




