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第十一話 鉱石商人の企み

鉱石商人のアウルス・ベクトゥムは、城内の宮廷にも出入りを許されていた極僅かな人物である。


 この男は根っからの商人気質で、金の臭いのする所には必ずと言っていいほどに姿を現す男であった。


 ベクトゥム家は鉱石資源が豊かなクレムナント王国で、国内では採れない鉱石に目を付け、それを買い付けて来る事で財を築いてきたのである。


 そして、アウルス・ベクトゥムはその一族の三代目であった。


 貴族や王族を中心とした高位な者へ向け、希少価値の高い鉱石を販売する手法は、後に多くの者達が真似をし始めることとなる。


 新芽が温かい空気と陽光により、すくすくと育ち始め、各国を繋ぐ経済の動きもさらに活発さを増しはじめてきた頃。


 他国からクレムナント王国へと繋がる山道には、沢山の商人や旅人達で賑わいをみせていた。


「ご主人様ぁ~。お腹が空きましたよぉ~。少し休憩しましょうよ~」


 大きな馬車を引く馬の手綱を持ちながら、薄紫色の布地でできた服を着る少女は言った。歳は十代前半のようである。

 ダークブラウンの前髪が、綺麗に切りそろえられているのが印象的であった。


「うるさい!黙れ!何度言ったら分かるんだ!早くクレムナント王国へ帰って、ハルムート将軍に頼まれていた品物を渡さねばらんと言っているだろう!他の商人や貴族どもも挙って将軍へ取り入ろうと必死なのだ!ワシ一人が出遅れる訳にはいかん!分かったら、さっさと馬に鞭を打て!このばか者がっ!」


 後ろの客車から小窓越しに、豚鼻の男が怒鳴り声を上げている。

 しかし、女はそんな主人の怒りを気にするでわけもなく、我が道をゆく態度であった。


「はぁ~、まったく。なんでわたしはこんな主人の下で働くことを選んじゃったのかなぁ。金にはがめついし、その上、ケチでデブでブタでさぁ」


「おい、アラル。聞こえてるぞ...」


「ひぃーー!」


 クレムナント王国の城には、毎日ひっきりなしに貴族や商人達が、王族達に気に入られようと数々の品物を献上しにやって来る。それは、ハルムートに気に入られるための行為である。

 そして、このアウルス・ベクトゥムは、そのハルムートから直々に、ある魔鉱石まこうせきを買い付けてきて欲しいと頼まれていたのだ。

 そのためアウルスにとって今回与えられた仕事は、王家に近づく絶好の機会であった。


 肥満体であるアウルスは、その膨れた風船のような身体つきが印象的な男である。とは言え、金の匂いをかぐと何処からともなく現れては、機敏かつ俊敏に動くのだ。

 アウルスを知る周囲の者からは、《風船ねずみ》と呼ばれていた。

 ダークブラウンのひげに、押しつぶされたかのようにに見える豚鼻。

 その下には立派に蓄えられた髭だけが、大商人たる由縁を自信と共に表している。そんな男であった。


 

 城内にある来賓館では、一年を通して様々な催し物(ホーフ)が開かれている。


 毎夜開催される交流会(サランカーティス)には、五人の王位継承候補者が出席し、貴族達との交流を図る場にもなっていた。


 色とりどりの装飾品や美術品で飾られた来賓館の大広間。


 それ以外には、公用として使われる大小様々の小部屋が二十以上あり、談話室、客室などに加え、国賓が寝泊りできる寝室もあるのだ。


 どの部屋もとても豪華なものばかりで、クレムナント王国の経済力の豊かさを物語っていた。


 この来賓館を挟み込む様にしてあるのが、王族警備隊や城内で働く従者や使用人の居住区画である。

 王族が住居としている王宮は、来賓館から繋がる階段のさらに奥にある。


 ガウル・アヴァン・ハルムートはいつもの様に日々の雑務に追われ、訪れる貴族や商人の相手をこなしていた。


 国内の経済の均衡を取るのには、様々な人々からの情報を集め、精査する必要があったのである。

 

 王宮に篭り、客人の前にもほとんど姿を見せない国王に代わり、実際の実務をこなしていたのがハルムートであったのだ。

 そのため、この男の機嫌を取り、信頼を得る事が、貴族や商人の間での金脈へ近づく唯一の方法だと知れ渡っていた。

 

 裏では、ガウル・アヴァン・ハルムートの事を《影の王》と呼ぶ者さえいたほどである。


 アウルス・ベクトゥムも例外ではなく、王国が握る独占収益のお零れに預かろうと、躍起になっていたのだ。

 そして丁度、金脈へと繋がるであろう土産話を持って帰ってきたのである。

 

 ハルムートは、下級貴族の生まれではあったが、貴族達の礼儀や仕来りにはうんざりしていた。


 そのため、ほとんどの者とは、来賓館の大広間で立ち話をするような形で済ませてしまうのである。


 一人につき、二、三分ほどの会話の中で用件を聞き、次の者へと移っていく。横に付き添う衛兵が、押し寄せてくる人の波を制止しながら、その波を見事に乗りこなすハルムートは流石と言ったところである。


 多い日には、数百人の者とこう言ったやりとりを交わす事もあるほどであった。


 正午から始まる謁見は、途中に二度、三度の休憩を挟み、日が落ち始める頃まで続くのだ。


 むらがる人々の波をかき分け、ハルムートの前まで辿り着いたアウルスは、矢継ぎ早に用件を伝えた。


「ハルムート様!鉱石商人のアウルスで御座います。頼まれていた魔鉱石まこうせきを届けに参りました!」


 まだ他の者と話をしている最中だった老年の男は、会話をひとしきり終えると、真ん丸い身体に手と足が生えた様な男に向き直った。


「風船ねずみのアウルスか。ご苦労であった。魔鉱石は私の部下に渡しておけ。今回の品物はいかほどだ?」


 そう言うと、ハルムートは極鳥ごくちょうバラディアの羽根で出来たガウンの中から、金よりも価値の高いと言われる、虹石にじせきの硬貨が入った布袋を取り出した。


 おびただしい程の石の輝きが、袋を開けた時に漏れ出し、その光を目にした誰もが唾を飲み込んだ。

 先ほどまでの騒々しさが嘘のように、大広間は静まり返っていた。


「いえいえいえいえ。滅相も御座いません。今回の代金は結構で御座います」


「ほう...」


「私からハルムート様...いえ...アバイト国王への忠誠の証として受け取ってくだされば幸いで御座います」


 アウルスを見るハルムートの眼つきが、一瞬だけ鋭さを増した。


「何が望みだ?」


 その言葉を待っていたかのように、アウルスはやや綻ぶ口元を隠しきれずに答えた。


「旅先にてクレムナント王国に関わる重大な話を耳にしましので、出来れば後でハルムート様のお耳に入れる時間を下されば...それだけで満足で御座います」


 その場に居る者達の注目を集めるアウルスは、ある種の快感を覚えていた。

 尚も黄土色の瞳を鋭く光らせ思慮を働かせているであろうハルムートは、そんなアウルスをじっと見ていた。


「ここでは言えぬ事なのじゃな?」


「はっ」


「ふむ...では今日の夜半過ぎに、お前の邸宅に使いの者をやる」


 そう言うと、ハルムートは次の者へと会話を移していった。この場に居た殆どの者が、アウルスの会話の内容を気にせずにはいられなかっただろう。


 だが、津波の様に押し寄せる人の中で、ハルムートとの接触を持つ方が今の自分には重要な者ばかりでいたのだ。

 広間はまた元の騒々しさへと戻っていった。

 

 しかしこの人波の中で、アウルスの後を追う様に来賓館を後にした者がいた。

 満足気な表情を顔一面に出し、軽やかな足取りで来賓館を出た所で、その男に声をかけられたのである。

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