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第百七十一話 似た者同士 ※挿し絵あり※

挿絵(By みてみん)

「何故だ。何故、暗黒の女神は私の前から姿を消したのだ」


 決して感情を表に出さない男であったはず。そんな男が呆然と頭上を見ていた。


『召喚獣と主を真に結びつけるのは契約等ではない。心と心を通わした上に生まれる信頼なのだ。それがお主に解るか?』


 ハルムートは黄土色の瞳で真っ直ぐ相手を見つめている。


「どこまでも癇に障る奴だ。召喚獣との信頼だと?戯言ばかりを。笑わせるなっ」


『悲しき男だな。霊界の妃とまで言われた女神を、暗黒面へと引きずり込んだか。そこまでして己の僕にするとは。セルシディオン・オーリュターブという怪物を、この世に生み出してしまった償い。その後始末しっかりと着けねばならぬな』


「ハルムートォッ!お前は一体何様のつもりだァッ!」


 オーリュターブは怒りを込めた言葉を吐き出す。と同時に消えた。

 次の瞬間には刃と刃がぶつかり合う。熱を帯びた刀身に力を込め、ハルムートは相手の剣をはじき返す。勢いのままにオーリュターブの開いた脇腹へと剣を振りぬくが、空を切る音だけが虚しく響いた。


『姿を消しては現れる…姿隠しの(ルイビジブル・)魔法(ファルーア)とは違うな。空間転移魔法の一種だろうが…腑に落ちん。呪文も唱えずに高位魔法を発動させる事等、不可能に近い・・・何かしらの特殊な仕掛けがあると考えるのが妥当だな』


 体勢を直しながら、ハルムートは言った。視線の先には何事も無かったかのように立つオーリュターブの姿があった。


「転移によって生じる僅かな空間の歪みを見抜いたか。だがそれで全てを理解したと思うなよ!吸魂(ヴァロメセント)!」


 黒く淀んだ瘴気がオーリュターブの左手から放たれると、ハルムートへと襲い掛かった。


『魔法攻撃で距離を取りつつ相手を牽制し、隙を見て転移魔法で攻込む、か。最初に見せた激情とは裏腹に、至極全うで冷静な判断だ。食えぬ男よ。ならば、爆ぜろ!大爆発(グラン・バニカ)!』


 迫り来る暗黒の瘴気へ向って、ハルムートは左手の平を向けながら呪文を唱えた。すると魔力が一点に集約され、そこから凄まじい爆発が巻き起こった。


 暗黒の瘴気と魔力の爆発が衝突し、轟音が響く。激しい衝撃と共に爆風が二人を飲み込んだ。


「ウォォォォォォォッ!」


『ハァァァァァァァッ!』


 視界を覆う噴煙が舞い散る中、鎬を削る。

 息もつかせぬ一進一退の攻防。オーリュターブは消えては現れ攻撃を絶え間なく仕掛けていく。斬撃を防がれた次の瞬間にはまた距離を取り、吸魂(ヴァロメセント)を放つ。合わせてハルムートも大爆発(グラン・バニカ)で応戦していく。


『熱風連波!』


 ハルムートは攻撃の合間を狙い呪文を唱えた。すると、体から熱を纏う風圧が幾重にも渡って放出されたのである。


「ぐっ!」


 鈍い痛みが腕を貫く。オーリュターブの体は、後方へと大きく吹き飛ばされた。その際に腕を胸の前に置き、魔力を込めて攻撃の威力を削いだのである。だが、革の腕宛は塵となって燃えつき、下の皮膚は酷く焼けただれてしまった。


『魔鉱剣に注いでいた魔力を、即座に腕へと回したか。その二本の腕のみに損傷を抑えるとは、見事な反応速度。だがそれにしても、なるほどな。お主の転移魔法の仕掛けはそういう事だったのか。』


「ちっ。」


 ハルムートはオーリュターブの両腕を注視している。そこには、焼けた皮膚に魔法印が浮かび上がっていた。


『己の身体に魔法印を刻み込み、肉体そのものを魔法陣と化す。呪文の詠唱を省ける訳だ。だが考えついてもまず普通の者ならやらん。魔法印を体に刻み込む時の痛みに人間が耐えられるはずもないからな。』


 幾多の戦いを経験してきた男であるはず。そんな男が驚嘆していた。


 魔法陣とは本来、壁や床等に描くものである。発動に際し必要とされるのは陣の上に立つ者の魔力。呪文を必要としない反面、発動条件は限定的であり、防御型又は迎撃型の罠として利用されるのが殆どである。


「痛みとは慰め。怒りとは絶望。憎しみとは糧。ガウル・アヴァン・ハルムート、それがお前に分かるか?」


 オーリュターブの表情はどこか悲しげだった。先ほどまで怒りに満ちていた男の顔つきは一変していた。


『分かる。分かるぞ、リディオ・ウェイカー。わしもお主も似た者同士ということだ。目的のために手段を選ばず、臆することなく真っ直ぐに進める者はそういるものではない。ん?それは・・・』


 ハルムートはオーリュターブと言葉を交わしている時、ある事に気づいた。


「これか?私は有りとあらゆる魔法攻撃を無にする。お前に受けたこの火傷さえ、この通りすぐに完治する。それ故にあの木偶(グラホォーゼン)も私の力を見謝ったのだ。」


 自分の腕を相手に見せながらオーリュターブは言った。ハルムートは複雑な顔つきであった。


『魔導議会の最高導師でさえも木偶呼ばわりか。お主をあの時殺せなかった事、やはり悔やんでも悔やみきれんな。後の事を考え少しでも魔力を温存しておきたかったが仕方なし。本気を出すとしよう。』


 熱を帯びた幅広の刃。刀身には古代文字が光る。ハルムートは剣の握る拳へ力を込める。そして静かに呪文を唱え始めた。


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