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第百七十話 因縁の対決

お願いアドゥルテ私のヴァ・問い掛けにアルザ・ナス・応えてフィト…。貴方の力が必要なのミフォ・レン・ザイト・フォ……。」


 老婆は唱えた。最強の召喚魔法により、最強の男を呼び出す言葉を。


「ま、まさか……!」


 静かにその場に佇んでいたオーリュターブは、眼を見開いていた。

 老婆から感じられる魔力が高揚し、自身を圧倒し始めている事を肌で感じていたのだ。


「クレムナント王国をキンガ・ルス・守るためアルビードこの国にワース・アル・ケス・生きる全ての人々をドゥーラ・コマス・ガル・守るためアルビード貴方の力をユィ・エンゼ・ヴィヴィド!」


 叫ぶように、願うように、老婆は叫んだ。


冥界へと旅立ちアル・バナス・イィド・人柱となりし者ザザス・ウィザス・ナイッサ軍神ルンガウル・アヴァン・ハルムートォォォーー!召喚ミザス!」


 老婆の全身が光輝に包まれた。巨大な光の柱がそそり立つ。


「くっ!これほどの魔力っ!やはり、あの男が私の前にっ!」


 そしてついに光の中からあの男が姿を現した。

 全身から迸る魔力と光を放ちながら、老齢の男は口を開いた。


『儂を呼び出すとは……ついに運命さだめの時が来たのだな……全て儂の予想していた通りになったか。なぁ、アルンドゥーよ。そうなのだろう……?』


 覇獣ガウディスの毛皮で出来た漆黒のサーコートを羽織り、腰には帯広の刀身が印象的な魔鉱剣を下げている。背中越しに、そこへ居るであろう老婆へと問い掛けたのである。


「はぁ……はぁ……。そうよ。全ては貴方が死する前に言っていた通りになったわ。ただ違うのは一つ、貴方をこの場に召喚したのはアルではないわ。私よ、ガウル。ベルンドゥーよ。」


 憔悴しきった顔。皺だらけの顔は生気がなく、全ての魔力を使い果たしてしまったかのように見える。

 そしてそれが何を意味するのか、オーリュターブにもハルムートにも分かった。


『ベル……か?何故だ。約束ではアルが私を召喚する手筈だったはず。お前は召喚魔法に向いてはいない。故に、私を召喚すればその命が無くなる事も分かっていたはずだ。それが何故…?』


 ハルムートはベルンドゥーの倒れ掛かった身体を瞬時に支えた。


「死んだっていい。最後に、最後に……貴方に会いたかったのよ……」


『そうか……天で待っておれ。全てを片付けたら儂も逝く』


 二人は見つめあった。そして老婆は静かに息を引き取った。

 究極の召喚魔法の代償を、ベルンドゥーはその命で支払ったのである。

 そんな光景を静かに見ていたオーリュターブは吐き捨てるような言葉で言った。


「ふん。茶番だな。お前を殺すために私はここまで生きてきた!ガウル・アヴァン・ハルムート覚悟しろォォォォォっ!」


 オーリュターブは即座に動いた。

 ハルムートの背中から切り込むように剣を振り抜いたのである。


「なにっ!?」


 完璧に相手の死角から攻めたはずなのだ。しかしそこにハルムートの姿は無かった。


『ベルの亡骸事、斬ろうとするとはな。リディオ・ウェイカー。お前をあの時殺せなかった事、今も後悔しているぞ。王国に生じた歪は、お前の存在によってより大きくなってしまった。元を正せばあのガルバゼン・ハイドラが全ての始まりだがな……』


 ハルムートは死したベルンドゥーを抱えたまま、悠々と相手の攻撃をかわしていた。

 そして静かに離れた場所へとその身体を置くと、剣を抜いてオーリュターブの方へとゆっくり歩き始めた。老齢な姿であるが、身体に宿る生気と魔力は常人を遥かに超えている。

 

 頬には深い切り傷が刻み込まれており、瞳は黄土色をしている。髪は後方へと流し、綺麗に揃えられた顎鬚が目を引く。すでに死んでいるハルムートを召喚するにあたり、ベルンドゥーの記憶が色濃く反映されているのだ。

 

「全てはこのクレムナント王国のためだったとでも言うつもりか?戯言を抜かすな!嘘と偽りで塗り固められたこの国に何の価値があると言うのだっ!」


 オーリュターブは殺意を込めた言葉で言った。


『価値の問題などではない。それが正しいと信じる信念よ。全てを捨て去った貴様には分かるまい。』


 ハルムートの言葉を聞いたオーリュターブは、激情に駆られた。


「捨て去って等いない!お前に奪い取られたのだ!ふざけるなぁぁっ!暗黒の女神よ。闇の力を怨敵に示せぇっ!」


ギィィィアアアアアアアアアアアアアアアアッ!


 オーリュターブは動くと同時に呪文を唱え、頭上に暗黒女神の像を再び現出させた。そしてグラフォーゼンを倒したときのように、数千本の剣を放ったのである。


『かつては人でありし者。暗黒の女神フーワ。現世に縛られし鎖を儂が断ち切ってやる。炎よ、我が剣に纏まといて、眼前の敵を焼き滅ほろぼさん...ハァァァッ!ハァッ!』


 迫り来る数千の刃を前に、ハルムートは勢いよく魔鉱剣を横に振り払った。刀身に纏う炎が剣風と共に飛び去り、一瞬にして全てを飲み込んだ。


「くっ!ぐぅぅぅぅ!これはっ!お、己ぇぇぇぇ!」


 極炎の中でオーリュターブは身を焼かれていた。その炎によって体を焼かれるのは初めてではなかったのだ。それを今、思い出しているのである。


ギィィィィィアアアアアアアアアアアッ………!


 現出した暗黒の女神像もまた、ハルムートの放った炎に焼かれながら苦しんでいる。しかし次第にその声から悲鳴が収まり始めたのだ。


………アア…イタミト…ニクシミガ…キエテイク…ワタシノ…イルベキ…バショハ…ココジャナイ………


「な、何を言うっ!?お前は私の僕!我が敵を討ち滅ぼす事こそが、お前自身の救済であろう!その身に刺さる剣の痛みと憎しみを忘れるなっ!奴を殺せっ!」


 オーリュターブは焦っていた。

 命よりも重い契約を交わして、その魂を現世へと縛っていた暗黒の女神が、ハルムートの力によって解き放たれようとしているのだ。

 それを必死に食い止めるべく呪文を唱えるが、やがて女神フーワは晴れ渡った笑顔を浮かべて光と共に消え去ってしまった。

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