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第十話 沈黙の掟

※今回の話の中には、一部残酷なシーンが含まれています。


 ほのかな光を放つガラスランプが、歩く者の足元を辛うじて照らしている。

 幾人もの罪人達が収容されている牢獄を通り抜けていくと、ついに大きな扉の前へとたどり着いた。

 扉を守るように二人の衛兵が立ちはだかっていたが、相手の顔を確認すると、すぐさま深々と頭を下げた。


「ウィード守備隊長に...ハ、ハルムート将軍!このような場所へ御出でになられるとは!」


「将軍自らが罪人へ面会に来た。扉を開けさせるよう、中の兵士に伝えろ」


「はっ!」


 ウィードの指示に、衛兵はすぐさま応えると、扉についた小窓から中の兵士へと合図を送った。


「ウィード守備隊長とハルムート将軍が御出でになさった!扉を開けるぞ!」


 中にいるであろう兵士と外の衛兵が、何重にも掛けられた錠前を同時に解除していく。すると、巨大な扉は音を立てながら開いていった。

 

 この扉は鋼鉄製で、特殊な仕組みで出来ている。外と中の両方から、ボルト式の錠前を動かさなければ開かないのである。

 

 二人が中へと足を踏み入れると、生ものが腐ったかのようなひどい臭いが鼻腔を刺激した。

 特殊監房と言われるその場所は拷問や尋問を行うような、通常の犯罪とは異なる重要人物を収容する場所である。

 ここへ連れてこられた者達は、生きて出て来る事はないと言われていた。


 監房から一人の男が、兵士の手によって引きずり出されて来た。

 顔はやせ細り、紫色をしたアザがその大半を埋め尽くしている。

 元の顔の原形が分からないほどに腫れており、目に宿る生気は今にも消えそうで、それはもう時間の問題のようにも思えた。


「うぅ......ぅ......」


ハルムートの前へと連れてこられた男は、うなだれながら言葉にならない声を絞り出した。


「ウィード守備隊長、相当この男を痛めつけたようだな」

 

 ハルムートは冷たい目で男を見ながら言った。


「はい。なかなか口を割らないもので、つい...」


今にも死にそうな男の前で、ウィードの表情は何一つ変わることはなかった。


「だ...のむ......だずけて...くれぇ......」


 男は声を震わせながら、ハルムートの黄土色の瞳を見た。


「無駄な命乞いはするな。お前はもう、ここから生きて出ることは叶わんのだ。今、お前が考えなければいけないこと...それはいかに楽に死ねるかと言う事だけだ。お前が使い魔を召喚し、誰と連絡を取っていたのか。それさえ言えば、今、ここで苦しまずに殺してやらんこともない」


 ハルムートの残酷な一言が、男の抱いていた儚い希望を打ち砕いた。


「うぅぅぅぅぅ......!ぐそぉっ......!」


 ウィードの腰に掛かる剣の鞘から、七色の輝きを放つ刃が引き抜かれた。

 クレムナント王国の騎士だけが持つことの許されている、魔鉱剣である。

 両刃でできた細身の刀身は幾重にも研磨されており、その見た目からは想像も出来ないほどの鋭い切れ味を発揮する。

 

 使い手の魔力ハールを吸収してから、その力を放出する触媒にもなるのだ。魔剣技を扱う者にとっては、なくてはならない武器の一つである。


 その魔鉱剣を右手に持つと、ウィードは静かに男の背後へと回った。ハルムートの合図一つで、その者の首を切り落とすためである。


「お前は何もしなくて良い。ただ、ワシがこれからかける魔法に、静かに身を任せればいいのだ。さすれば、お前を楽にしてやろう。だがもし、この魔法の力に逆らえば...どうなるか分かるな?」


 そう言うと、ハルムートは左手の平を男の顔へと向けた。その中指には漆黒の魔力指輪ハールリングが、激しい光を放ちながら、術者の魔力を吸収しはじめている。


「すま......な...い...妹よ...許して...くれ...」


 男は己の死を悟ったようである。アザで押し潰された瞳から涙を零しながら、何かを呟いた。


「闇の精霊ディルクよ!死の輝きを放つお前に、我が命じる!この者の奥に隠されし真実を暴きだせぇっ!」


 ハルムートが呪文を唱えると、左手からおぞましい瘴気が放出された。

 それは闇を纏いて、次の瞬間には監房全体を覆いこんだ。そして強烈な光を発すると同時に、男の口から体内へと入り込んでいったのである。


「ぐぅうぅゆぅぅぅぅぁがうぁぁぁぁぁぁ!やめろろおおおおおおああああああああああ!」


 闇の精霊の侵食を受けた身体は、拒絶反応を示す事が多い。

 男は突然小刻みに震えだし、そして絶叫を上げながらのたうち回った。

 やがて口から大量の泡を吹き出したかと思うと、冷たい石畳の上で動かなくなったのである。


「馬鹿な奴め...」


 事切れた肉の塊と化した者に、慈悲もない言葉を吐き捨てる。


『ケッケッケッ!食ってヤッタ!食ってヤッタ!コイツの魂を食ってヤッタ!』


 事切れたかに思えた肉体が突然動き出し、喋りだした。

 しかし、その眼は真っ黒で、生きている人間のようには思えない。


「どうだ、ディルク。その男の魂を取り込んで、何か分かった?」


『ハルムートの旦那、分かったことは一つあるゼ!それはなぁ、こいつは沈黙の掟によって縛られてたって事ダ!だから大した情報は何も引き出せなかったナ!アッハッハッハッ!』


「沈黙の掟...か。騎士が主と結ぶ、誓い、に似たようなものじゃな」


『アァ、その通りダ!だが、少し違う所があるナ。それはなぁ。互いに一定の利益や見返りがある契約とは違い、掟は一方的に他者を縛るために行うのが基本ダ。だからコイツは誰か巨大な力を持つものに、駒として使われていたって考えるのが妥当だろうナッ。まぁ簡単に言えば、情報を流さないために予め口封じをされてたってことダ』


「なるほど。やはりそうか」


『コイツの中で俺様とぶつかり合った力は、相当な魔力ハールの持ち主だゾ。ハルムートの旦那や、魔道議会のジジババと同程度かそれ以上ダ。まぁ、せいぜい寝首をかかれないように、気をつけるコッタナ!じゃあ、俺様は帰るゼ!アバヨォー!』


 闇の精霊は男の肉体から黒煙となって噴出すと、そのまま跡形もなく消え去った。

 ウィードは己の役割が終わった事を確かめると、静かに魔鉱剣まこうけんを鞘へと収めた。


「ハルムート将軍、これから如何なさいますか?」


 ウィードが問いかけた。

 しかし、そのハルムート自身は、右手で顎髭を弄びながら、思案に耽っている。そして暫くすると、重い口を開いた。


「不本意ではあるが、やはり魔道議会の五大老師達に会わねばらなんな...。ウィード守備隊長は城下町に密偵を放ち、何としてもこやつ等の仲間を見つけ出せ」


「はっ!」


 二人はその後、足早に地下牢を後にした。

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