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第百六十話 錯綜する思惑

 黒き翼をはためかせた竜人ドラゴニックは、一瞬にしてドゥケスとの距離を詰める。そして両脚の鋭い爪を向けて飛び掛ったのだ。


「化け物がっ!来るなら来いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ドゥケスは声を張り上げた。そして双斧を構えて、迎撃体勢をとった。


「ぐぅおぉぉぉぉっ!」


「グアァァァァァァァァァァァァァアァッッ!」


 一瞬の出来事であった。飛び掛った竜人ドラゴニックナセテムの両爪が、ドゥケスの腕を掴んだのである。


 すでに人間と言える様相からはかけ離れている。獲物を狙う捕食者の眼は真紅の中に、亀裂が入った縦軸の瞳。そして皮膚を覆う黒き鱗の数々。陽光が反射して艶めかしく輝いていた。

 大鷲が持つような脚爪。人間ならば五本あるはずなのだ。しかし三本にまで減り、そのどれもが鋭利な刃物のようなである。かかと部分からも一本爪が生えており、捕らえた獲物を決して逃さない。


 二の腕を抑え込まれ、斧を振り抜く事が出来なくなったのだ。攻撃の基点を封じられたために、ドゥケスは慌てていた。


「くっ!くそォォォォォォォッ!」


 全精力を注いで力一杯に振り払おうとするも、両腕に掴みかかった爪は取れはしなかった。


「グワアアアアアァァァァッァアッァァアァァァァッ!」


 鋭い歯が並び立つ口内。大きく口を開けて咆哮を放った竜人は、翼をはためかせて飛翔した。


「なっ!?何っ!?」


 二メートルを超える巨体を軽々を持ち上げて、竜人ドラゴニックナセテムは空を舞う。


 眼下でうごめくのは、王国と帝国の兵である。万を超える軍勢同士がぶつかり合い凌ぎ合う。互いの命を奪うために武器を振るう。平原を埋め尽くす人の数は膨大で、両者が交じり合いすでに乱戦と化している。


「ぐぅぅぅっ!くそぅっ!離せぇぇえいっ!」


 何とか爪から抜け出そうと、ドゥケスは必死にもがいていた。しかし凄まじい脚力で締め付けられる二の腕は、血流が止まり次第に青白くなっていったのである。さらには鋭い爪の先端が食い込み、血が流れ出し始めていたのだ。


 如何に百戦錬磨の猛将であろうとも、身体の自由が聞かない空中では不利である。それに全身から発する魔力は、デュオの忘却の剣によって封じられてしまったのだ。


「グァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 竜人ドラゴニックと化した男は、高らかな咆哮を天へと放った。そして幾本もの牙が生え並ぶ口内を大きく開くと、そこから漆黒の炎をドゥケスへと目掛けて一気に吐き出した。


「ぐぅぅぅぅぅぅわぁぁぁぁぁぁあぁっぁぁあっぁぁぁぁぁあぁぁぁっ!」


 悲痛な叫びが響き渡る。火炎袋の中で熱せられた高温の空気と、ナセテムの特性である黒炎が混ざり合ったのだ。それがドゥケスへと注がれると、全身を絶え間なく炎が焼き続けた。

 


 帝国軍第一部隊の後方には、第二部隊、第三部隊と陣が敷かれている。そしてその後ろに本陣として造られた、仮設の陣が建っているのだ。


 平原の終わり付近に建造されたそれは、十メートル近い木造の塔を中心にして建造されている。

 棘のように鋭い丸太の先端は、見事に削られ磨かれている。幾重にも重なりあい地面から突き出すように、打ち付けられているのだ。それは敵の騎馬隊の突撃を防ぐ役目を担う。

 簡易の城砦と言ってもいいだろう。その面積は数千の兵士が中で待機できるだけの、ゆとりある広さが確保されていた。


「帝王様、あ、あれを……!まさかっ、第一部隊を率いる猛将ドゥケスかっ!?」


 老齢の男であった。木造の塔の天辺から、声を上げたのである。男が指差す方向には、地上から百メートル程の所で黒き翼を広げるおぞましい生物の姿があった。


 そしてこの男の名はアルミラルド・ヴァン・ロックガード。オルシアン帝国軍の将軍である。軍権が確立されている国においては、帝王の次に強い権力を誇る者だ。


 白髪交じりの眉は太く、顎ひげと揉み上げは繋がっていた。頬骨ががっちりとしており、肌は日に焼けた茶色である。筋肉質でいて、身長は百八十を超える。身に纏う鎧は魔獣の皮と、竜の鱗を組み合わせた物である。禍々しい邪気を放っていた。


「暗黒竜の血が……ついに目覚めたのね。ガルバゼン・ハイドラ……奴に一杯食わされたのかしら。竜の力を目覚めさせるために、あえて二人の王子を死地へと送り込んでいたとわ」


 真紅の鎧を纏う女が言った。背もたれが扇状に広がる椅子に腰かけながら、遥か前方を見ていた。


「如何なされますか?竜人は人智を超えた存在。天空の覇者とも呼ばれ、地上戦に優れた戦士団では分が悪すぎるかと……それに大隊長を失ったとあっては、部隊内の士気に大きく影響が出るのも時間の問題で御座います」


 ロックガードが自嘲気味に言った。するとそこへ息を乱しながら、帝国兵が駆け込んできた。


「て、帝王様!ご報告を申し上げます!交戦中の第一部隊を、三千の敵軍騎馬隊が突破しようとしています!しかもその集団を率いるのは、あのバゥレンシア騎士団のフラガナン・エンリュ・ケイオスであるとの情報がっ!」


 真紅の鎖帷子に身を包む男は、声を必死に搾り出した。


「何だと!?ゲバルめ。王国へと援軍に出したのは、もっとも信頼し得る部下……と言う訳か」 


 苦虫を噛み潰すかのような顔つきで、ロックガードが言った。すると椅子に座する女が、口を開いたのである。


「魔道士を含む第二部隊を投入しなさい。敵の勢いを何としても削ぐのよ。続いて第三部隊に命令を出し、攻城兵器の準備をさせなさい。一気に畳み掛けて、ラミナント城へと攻め込むわよ」


 大きく胸元が開いた真紅の鎧。ほっそりとした身体つきだが、男を魅了する胸は形良く突き出ている。


「はっ!第二部隊、第三部隊の大隊長へと通達しろ!第二部隊は前進し、敵と交戦!第三部隊は兵器を整え、攻城戦に備えるのだっ!」


「「「はっ!」」」


 ロックガードは、塔の上層から叫んだ。下では五十名を超える将官が直立不動の姿勢で立っており、将軍からの命令を受けて迅速に動き出した。


「ロックガード」


「何でしょうか?帝王様」


 ローゼスは将軍の名を呼んだ。ロックガードはそれにすぐに答えると、帝王ローゼスの前へと足を動かした。そして膝を落として床へと付けたのである。


「貴方に直接命じるわ。精鋭部隊を率いて、最前線へと赴きなさい。そして直接、竜人ドラゴニックと化した王子を捕らるのよ。四肢を切り落としてもいいわ。命さえあれば状態は問わない。水中都市国家への切り札となり得るあの王子を、何としても我が帝国の手に抑えておく必要があるわ。いいわね?必ず捕らえて、生かして連れてくるのよ」

 

 血のような赤き瞳と、雪のように白い肌。切れ長の目と、厚みを帯びた唇。

 長く美しいあでやかな黒髪を靡かせながら、帝王リゼリアン・ローゼスは言った。


 今まで前を見て決して視線を合わせる事がなかった女が、ロックガードを前へと呼びつけて態々言ったのだ。


「はっ!畏まりました!必ずやこのアルミラルド・ヴァン・ロックガードが、竜人と化した王子を連れて参ります!」


 そう言うとロックガードが勢い立ち上がり、地上へと繋がる螺旋階段を降りていった。

 それを確認したのか、塔の最上部に残る男が口を開いた。


「母上。良いのですか?ロックガード将軍は、全軍を取り仕切る立場の者。それを最前線へと送る等、軍内の命令系統が混乱を招きかねせん。それにもし将軍が前線で命を落とす事になったら、全軍の士気へも影響しかねないかと」


 真紅の鎧に身を包み、帝王の横に立つ若い男。

 それは前帝王の間に出来た、ローゼスの一人息子である。十八歳になり、凛々しい顔つきとなっている。短めの前髪を揃えて、赤き眼は力強い輝きを模していた。


 この息子を何よりも、ローゼスは溺愛していた。事実、戦場へと連れてくる事があっても、戦いに直接関わり合う事の無い場所で常に待機させていた。それが本人にも回りにも、溺愛だと取られていたのは仕方のない事なのだ。 


「アルマシア。貴方は気にしなくていいのよ。あの男はもう要らないの。力を持ちすぎたからね。だから必要の無い者は、処分する。それが私のやり方よ。この国を継ぐ者として、覚えておきなさい。飼い犬は忠実だからこそ、主人に可愛がられるの。それを忘れた犬は、他の犬への見せしめに殺すのよ。いいわね?」


 ローゼスは息子の手を取ると、それを自分の頬へと撫で付けた。まるで愛撫でもするかのような手つきである。

 息子のアルマシアはそれを、下卑たごみでも見るかのような目つきで眺めていたのだ。しかしその冷たい視線を向けられた本人は、まるで気づいていないようだった。


 本陣に聳え立つ塔から降りたロックガードは、側近である数名の部下を集めた。そして帝王から受けた命令を伝えたのである。


「なっ!?将軍自らが最前線へと赴けと?帝王様は、本当にそう仰ったのですか?」


 鋼鉄の鎧に身を包む男は、驚いた表情で言った。


「糞っ、あの売女ばいためっ!ワシを処分する気だっ!何が竜人となった王子を生かして捕らえて来いだ!あんな者捕らえた所で、ガルバゼン・ハイドラへの何の切り札にもなりはせんと言うのに!」


 ロックガードはいきり立っていた。血管が額に浮き上り、怒りを露にしていた。


「ど、どういう事ですか?あのハイドラの血筋の者を捕らえれば、大きな手札となり得るのでは?」


 男が問いかけると、ロックガードは答えた。


「ワシには分かる。あの男は自分以外の全ての命を、何とも思ってはいないっ。二十年ほど前に……竜と化した奴の息子をこの手で殺した時も……ハイドラは笑ってそれを傍観していただけなのだっ!この鎧となった愚かな竜が、ワシに全てを教えてくれている!奴はこの世の全てを何とも思ってはいない!人が足元を這う蟻に、意識を向ける事がないようになっ!」


 ロックガードはそう言いながら、用意されていた魔獣バイロキオスの背を飛び乗った。


「で、ではどうするおつもりで?このまま帝王様の意のままに動き、死する御積りですかっ!?」


 部下の男が問いかけると、ぎらついた眼をロックガードは向けた。


「今はあの売女の思う通りに動くまでだ。それで油断させておく。いいか、近くに待機する別働隊へと伝えておけ!ワシが部下を率いて本陣へと戻って来た時、それが全ての合図だとな!その時にこそ、あの女の首を取るっ!いいなっ!?」


「「「はっ!」」」


 ロックガードに付き従う数人の男達は、声を揃えて返事をした。


「覇山剣を持って来いっ!出るぞっ!」


 ロックガードは一際大きな声を張り上げると、そこに一本の大剣が持って来られた。四人程の兵士が抱えて持って来たその剣を、ロックガードは軽々と片腕で受け取ったのだ。そして背に備わる鞘へと差し込むと、バイロキオスへと合図を送った。


「ウラァッ!行くぞぉっ!」


 駆け出した魔獣に続くように、待機していた数十頭のバイロキオスも次々と駆け出した。

 帝国軍随一の将は、煮えたぎる怒りを胸に秘めながら、最前線へと向かって行ったのである。そして前線ではすでに、暴れ狂う竜人ドラゴニックナセテムによって、両軍に大きな被害が出ていた。


 帝王から受けた命令により、魔道士二千五百を含む、第二部隊一万五千が動き出した。第一部隊から抜け出そうとしていたケイオス率いるバゥレンシア騎士団は、数倍にも及ぶ敵目掛けて正に突撃をかけようとしていたのである。


 そしてその時、平原の北西にある森から、角笛の音が響き渡ったのである。


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