第九話 将軍の悲壮
元々、ハルムートは下級貴族の長男として生まれた。
資源が乏しい地帯を治めていたハルムート家は、前国王の政権下で利権を握る大貴族達とは、程遠い家柄であった。
そのハルムート家に、王国から従者がやってきた日のことである。
騎士として息子を訓練に出さないかと、申し出がきたのだ。ハルムートの父であった男は、多額の金銭と引き換えに、息子を送り出す事に決めた。
王国側としても素性の知れない者を騎士として訓練し育てるよりも、貴族の生まれで気品があり、信頼に足りうる者を登用できる方がよかったのである。
無論、貴族側にも見返りはあった。
治める土地が貧相で、経済的に余裕がなかったハルムート家は、息子の代わりに多額の金品を受け取ったからだ。
さらに、王国に実子を差出した箔が付くと言う事で、よくこの様な取引は行われていた。
しかし、送りだされた本人は騎士になると言うことで、貴族から侍従の扱いになり、家族とも縁を切らねばならなかったのである。
ガウル・ハルムート自身は、まだ当時七歳であった。
だが、家の経済状態をよく理解していたし、何よりも、自分より多額の金銭を選んだ父と母には未練がなかったのである。
ただ、そのことがガウル・ハルムートを、騎士の道へ推し進めたのではない。
当時ガウルには、三つ歳下の弟がいたのだ。そしてガウルは、弟のことを家族の中で誰よりも愛していた。
二人は兄弟仲がよく、弟アヴァンは兄のことを慕っていた。ガウルも、弟の面倒を良く見ていたし、生まれつき病弱であった弟のため、よく看病もしていたのである。
しかし、その弱い命の炎をともし続けるには、薬などを購入する多額の金銭が必要であり、ハルムート家にはその余裕がなかったのである。
ガウル・ハルムートは幼いながらにその事実を理解し、己の身を犠牲にして、弟を救おうとしたのであった。
だが、現実は残酷なものであった。
ガウルが訓練施設に入った事により得た多額の金銭を、両親は子供の薬代に使うことはなかったのである。
毎夜外出し、遊びほうけ、派手な生活を送り続けた挙句、その資金を食い潰したのだ。
そしてガウル・ハルムートが家を出た半年後、病床に伏していた幼い命の炎は儚くも消えたのである。
死の直前にも、子供の面倒を召使に任せていた。
息子のそばに居る事のなかった親は、葬儀の時に下手な三流役者の様な演技で、周囲の同情を買っていた。
騎士になるためにハルムート家から離れていたガウルは、弟の死に目に立ち会うことができなかったのだ。
何とか葬儀にでる事が出来たのは、当時、うだつの上がらない王子として周囲から白い目で見られていたアバイトのお陰だった。
何よりもガウルを悲しませたのは、人伝いに聞いた弟アヴァン・ハルムートの病床での最後の言葉である。
アヴァンは薄れ行く意識の中で、天井を見つめながらこう呟いたそうだ。
「おにぃ...あいたいよ...あいたい...よ......」と。
弟の死を機に、ガウル・ハルムートは自分の名前の中に、弟アヴァンの名を入れた。それは幼き日の記憶と共にある、大切な弟の存在を決して忘れないためである。
そして、ガウル・アヴァン・ハルムートは、己が愛する弟のため、唯一、手を差し伸べてくれたアバイトに、その身を犠牲にしてでも彼を守り、付き従うことを誓ったのである。




