第百五十六話 激突!シュバイクの狙い ※挿絵あり※
「恐れずに突き進めぇぇぇっ!空よ!我の許に風を呼べっ!」
先頭を駆けるシュバイクが、蒼空の大剣の先端を空へと向けた。そして呪文を唱えたのである。
すると突如として、頭上から突風が吹き込んだのだ。一陣の風と言うには、あまりにも強力な空気の圧。それが全ての矢を一瞬にして呑み込むと、敵へと向かって吹き抜けた。
「ぐはっ!」
「ぐあぁっ!」
「うぐうっ!」
クレムナント王国軍へと向かって放たれたはずの矢は、貴族大連合軍の第一陣へと目掛けて降り注いだのである。
ダウンバーストと呼ばれる下降気流。地面へと突き当たり、暴風を生み出す。空気の塊が、勢いよく落ちてきたと考えるのが正しい。
そして通常ならその風は水平方向へと広がり、あらゆる物を巻き込んで吹き飛ばすのだ。しかしこの時巻き起こった風は、一定方向へのみ広がりを見せた。
「ぐぅぅぅぅぅぅぅっ!何だ、この風はっ!」
ベリン・エデン・ディキッシュ率いる七千の騎馬隊に、風速五十メートルにも及ぶ強風が襲いかかった。巨大な樹木でさえも吹き飛ばす威力である。
木に比べれば僅かな重量の人間や馬等、軽くさらって行くのは必然であった。
ヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンッ……!
浮き上がる馬体。無我夢中で前へ前へと駆けようとも、すでに蹄は大地から離れている。次の瞬間には地面へと叩きつけられる。
崩れた前線へと向かって、ついにクレムナント王国軍が突撃する。
「「「ウァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」」」
魔獣ガルディオンの屈強な躯体が、立ち上がろうとする敵兵を轢き殺していく。あまりにも一方的な展開であった。瞬く間に敵軍を蹂躙する。凄まじい速度を緩める事無く只管に突き進む。
「応戦しろおおおおおっ!ウオォラァァァァ!」
地面に倒れ込んだダンヴァィオンの背からすぐに降りると、ベリンは背中に装備する巨大な斧を振り回した。襲い来る王国兵を一人、二人と確実に仕留めていく。
三日月状の刃は鉄の鎧ごと、見事に叩き斬る。血が飛び散ったかと思うと、肉片が空を舞う。馬の胴体をも切断し、落馬した兵士の首目掛けて斧を振り下ろす。
予想外の敵の攻撃から始まった初戦。隊を率いるベリンは見事に奮戦していたが、全体を見れば勢いは遥かに王国軍が勝っている。
「止まるなぁぁぁっ!駆け抜けろっ!」
両軍が入り乱れる中で、先頭集団を牽引するシュバイクが叫んでいた。蒼空の大剣を魔獣の背から振り抜きながらも、決して速度を緩めはしなかった。
「まさかっ!?」
駆け抜ける王国軍の兵士を一人でも多く仕留めるべく、ベリンは斧を振り抜いていく。しかしそこで気づいたのだ。
一向に馬脚を止める気配の無い王国軍は、勢いを削ぐこと無く次々に横を駆け抜けていく。その先にあるのは第二陣。さらに奥には味方大将が座する本陣である。
「クソがっ!端から狙いは我等の大将かっ!」
時すでに遅し。
ベリン部隊から抜け出た王国軍の先頭集団は、二千人の歩兵部隊へと迫る。その後ろには千人の弓隊が位置している。
さらにその後ろには、ベリンの弟ゼナン・エデン・デキッシュが指揮する五千五百の第二部隊。これが本陣への最後の壁となるのだ。
「太郎丸っ!来いやぁぁぁっ!――――――ちっ、駄目かっ!」
ベリンは魔獣を呼びつけようと、声を張り上げた。しかしとち狂ったかのように暴れる巨大な熊は、主人の存在にさえも気づいてはいない。
駆け抜ける馬を鋭い爪で捕らえると、牙を持って命を奪う。落馬した兵士は武器を抜き去り、熊へと何とか反撃を加えようとする。しかしすぐに大きな手で打撃を受けると、血を吐き散らしながら地面へと倒れ込んだ。
「うぉぉぉぉぁあああああああああっ!」
ダンヴァィオンを己の許へと呼びつける事を諦めたようである。ベリンは振りぬいた斧で王国兵を馬上から叩き落すと、その馬を奪って背に跨った。
そしてそのまま王国軍を追いかけたのである。
第一部隊と王国軍との戦闘を、遥か後方から眺めていたのはゼナンである。丘陵の上に陣を敷き、眼下で起こる戦いを観察していた。
「何て事だっ。奴等の狙いはこの先にある本陣か!玉砕覚悟にも程があるっ。堅牢な城壁に囲まれている城を背に、何故そこまでしてシュバイク王子は突撃をかけてくる必要があるのだ!?」
兄ベリンと比べると、体の線は細い。しかし鍛え抜かれた体である事は変わりないのだ。黒鉄の鎧に身を包み男は目が鋭く、ややつり上がっている。知的な印象を受けるのは、眺めの髪を後ろで纏めているからかも知れない。
「ゼナン様っ!敵が迫っております!第一部隊の第二陣第三陣に命令を!」
馬上に跨るゼナンに駆け寄ってきたのは、鎖帷子を身にまとうひげ面の男であった。
「第一部隊の第二陣は、何としても槍衾にて騎馬隊を食い止めろっ!第三陣は弓矢にて第二陣を援護するのだっ!我等第二部隊は本陣前の最後の砦!臨戦態勢のまま、この場で待機せよっ!」
ゼナンの指示により、歩兵を中心とした第一部の二千人と、弓隊を中心とした千人が動いた。そこへ迫るのはシュバイク・ハイデン・ラミナントを先頭とする王国軍である。
ベリン隊との交戦をへて、ついには敵部隊後方から抜け出したのだ。
「槍衾!?やはり敵もこちらの意図に気づいてしまったか!」
シュバイクは魔獣ガルディオンの背から、前方に敷かれた槍の壁を目にした。地面へと塚を突き刺して固定する。鋭い切っ先が丁度馬の躯体へと突き刺さる角度。それをもって騎馬隊を迎え撃つのである。
「シュバイクっ!ここは俺に任せてくれ!」
先頭で駆けるシュバイクの横へとやってきたのは、守護騎士ウィリシス・ウェイカーである。金色の槍を右手に携えてた。
二人の視線が交わさせる。シュバイクは無言で頷くと、ウィリシスは叫んだ。
「輝きの騎士ウィリシス・ウェイカーが命じる!光よ!我が力の糧となれ!」
先頭集団から前へ抜け出したウィリシスの体は、眩いばかりの閃光を放つ。そして光が収まりを見せたかと思うと、次の瞬間には消えたのだ。
「陣閃光・覇突!」
「「「ぐはああああああああああああああっ!」」」
槍を構える二千の兵の一部が、突如として叫び声を上げながら吹き飛んだ。それを遥か後方で見ていた第二部隊の指揮官は、己の目を疑った。
「なっ、何だあれはっ!?」
一筋の光。稲妻のような形で描かれた残光は、並び立つ槍兵を次々に蹴散らしていく。
「今だっ!敵本陣まで駆け抜けるぞォォォォォォォォッ!」
シュバイクは眼前に開いた槍衾の穴目掛けて、ガルディオンを突撃させた。それに続くように、後方から駆ける王国騎士達も次々と敵の第二陣を突破する。




