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第百五十三話 創造と管理

 水中都市国家からクレムナント王国を目指していたナセテム達が、城下を囲む平原へとたどり着いたのは、この五日後の事である。


 その間にラミナント城ではシュバイクを始め、ハドゥン族、バゥレンシア、貴族等の代表達が連日連夜顔を揃えて会議を開いていた。議題は部隊配置と部隊間の意思疎通を、如何にこなすかに絞られた。この二つが最終的な問題となったのだ。


 だが部隊間の連携に関して、問題の解決したのは予想外の人物であった。それは島国アンリカリウスから来訪した、ロッソ・零・リューとその二人の仲間である。


 シュバイクが山間部の集落から城へと戻ってきた時、零は合う約束を取り付ける事に成功した。そしてその約束通りに、二日後の夜に三人が宿泊する空飛ぶ子豚亭へと馬車が遣わされた。

 

 そして零はついに、王宮でシュバイクと対面したのである。


 王宮区画にある応接間。

 そこは贅の限りが尽くされた煌びやかな装飾の施された部屋である。そこに入った三人は、スカイブルーの髪の少年とライトイエローの髪の青年によって迎え入れられた。


 空のように青い髪。海のように蒼い瞳。

 王子と皇子が互いに伸ばした手を重ねあい、握手を交わす。するとそこで不思議な光景が起こったのである。

 それはシュバイクがハドゥン族の集落で、ミレーナ・アイ・リューネと言う精霊国の王と血の契約を交わした時に起きた現象であった。


 互いの体から神々しいまでの光が放たれたかと思うと、二人の記憶が結びついたのである。そしてそこで二人は瞬時に理解したのだ。目の前に居る男が、自分と同じ特別な力を持つ者であると言う事を。


「な、何だこれはっ!?」


 閃光の如き輝き。あまりの眩しさに、大柄の男は戸惑いながら声を上げた。太い腕で目を隠しながらも、何とか目の前の二人の男を視界に捉えようとしていたのだ。


「まっ、まさかっ!これはあの時の!?」


 守護騎士の青年は、一度見た事のある光景だったのだ。

 脳裏に浮かんだのは紛れも無く、精霊王と名乗る少女と契約を交わした際の輝きである。だからこそ驚きからすぐに、不安、そして危機感へと自身の感情は目まぐるしく変化をしていったのだ。


 今目の前で起きている現象が、ハドゥン族の集落で起こった時のものと同じであるならば、それは良からぬ結果を生みかねないと思ったからである。

 

「零様ぁっ!駄目ですっ!手を離してくださいっ!それ以上はいけませんっ!」


 つぶらな瞳の女が叫んだ。褐色の肌である。

 人間が放つ魔力を目で見る事の出来る特殊な力を持つが故に、今、何が起こっているのかを理解していたのだ。

 それは二人の放つ巨大な魔力が交わりあい、互いの身体へと吸収されていると言う紛れも無い事実であったからである。本来なら人の持つ魔力が、赤の他人と交わりを見せるはずなど決して無いからなのだ。

 不用意に他人の魔力を体へと取り込んでしまえば、拒絶反応が起こって死に至るからだなのである。


「「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」」


 二人の男は握った手を離せぬまま、絶叫を上げ続けた。そしてやはり、その精神は異空間へと飛ばされたのである。


「うぐっ!がはぁっ!」


「うはっ!ぐおぅっ!」


 シュバイクと零は胃液を吐き出しながら、倒れこんだ。膝を落として、手を付いたのである。


「な、何が…はぁ…はぁ…どうなってんだ……」


 口元についた唾液を、袖で拭い取る。零は苦しそうな顔つきで言った。


「はぁっ…はぁっ…おそらく…異空間へと…はぁっ…飛ばされたのです……」


 それに答えたのは、シュバイクである。隣で同じように《下》へと手を付いてた。


「異空間……だと?」


 零は辺りを見渡した。するとそこは真っ暗な闇の中のようである。しかしその中に無数の点が、光を放ちながら輝いていた。


「た、たぶん……でも僕の知っている場所では…ない……」


 シュバイクも零と同様に、辺りを見渡していた。瞳に写るのは、どこまでも続く漆黒の闇である。だがその中で輝く光の数々には、異様な煌きがあったのだ。

 しかも手や膝を付いているはずの床と思わしきそれは、床ではない。下も上も右も左も、何処までも続く漆黒の闇が広がっているのだ。まるでそこに浮かんでいるかのような、不思議な感覚に陥っていた。


「どういう事だ…?シュバイク王子…あなたは…何か知っているのか…?まさか、あなたも俺と同じ…力を……?」


 零は隣にいるシュバイクへと問いかけた。困惑の中に不安を感じている顔である。苦しそうでもあるが、それよりも答えを求めたのだ。


「やはり零さんも…僕と同じ力の…持ち主なのですね…ぐぅっ!」


 シュバイクは全身へと力を込めて、何とか立ち上がろうとした。しかし思った以上に、肉体と精神へ受けた衝撃が大きかったのである。

 力を込めた膝は、震えて上手く動かすことさえも出来なかったのだ。


「シュバイク王子も…大切な者を失いながら…何度もやり直してきた…のか?そういう事か?」


 零はすでに立ち上がる事を忘れているようだった。それもよりも気になる疑問が、問いとなって次々と口から出てきてしまったからかも知れない。


「何度も?いえ…僕が経験したのは…たった一度…です。この手で…最愛の者を手にかけた時に…」


 投げかけられた問いに答えるシュバイクの顔は、何処か悲しげだった。それは人に言えるような体験ではないからである。


「手にかけた…?己の手で殺したのか…!?」


 零は瞳を大きく見開いた。シュバイクの言葉に、驚きを隠せなかったようである。


「はい……」


 シュバイクは唯一言、呟くように答える事しか出来なかったのだ。


「そ、そうなのか……」


 零は相手の顔つきから、何かを感じ取ったようである。投げかけたい問いはまだまだ多くあったはずなのだ。しかしそれは出来なかったのである。


 ……やっと……来たか……


 唐突に響いてきた声。二人は顔を上げた。すると闇の中に浮かぶ強い光の塊を見たのである。それは人間の形を作ってはいるが、明らかに人ではない。光が人の形であると言う事実だけであるからだ。 


「だ、だれだっ」


 零は方膝に手を付きながら、何とか立ち上がろうとしていた。と同時に光の方へと向かって、威勢良く言ったのである。


 ……私は……お前達を創り出した……創造主……


 光は言った。声から察するに、明らかに男である。暖かな渋みのある声。父性を感じさせる。


「創造主……?まさか……神だと?」


 シュバイクが問いかけた。口から出た神と言う言葉に、違和感を抱きながらも言ったのである。それはウィリシスから数日前に、神の存在を聞かされたから、そう言えたに過ぎないのだ。


 ……神か……お前達が……私をどう呼ぼうと……それは構わない……

 ……聞け……力を持つ者よ……世界は今……崩壊の一途を辿っている……

 ……幾度と無く繰り返される……同様の現象が……すでにシステムに……

 ……致命的な損傷を……与えてしまっているのだ………だから……

 ……再起動を……しなければ……この世界は……終わる……


 光の言葉は、シュバイクと零の理解を遥かに超えたものであったはずだ。だからこそ、何をすべきかも検討が付かなかったのだ。


「せ、世界が終わる…!?それはどう言うこと何ですかっ!?」


 シュバイクは光へと向かって問いかけた。


 ……たった一つの……些細なバグから……生み出された……新たなバグ……

 ……僅かな時の中で……すでに手に負えない程に……増殖してしまった…… 

 ……構築されたプログラムの……全てを飲み込もうとして……いるのだ……

 ……管理者を探せ……そして管理者を救い出すのだ……彼女を解き放て……

 ……さもなくば……世界は終わる……全てが無に帰すのだ……


 光の言葉に、零が食いかかった。


「ばぐ…?何のことを言っているんだっ!ちゃんと説明しろ!ぷろぐらむ?かんりしゃ?こうちく?何の事なんだ!お前は一体何者なんだっ!?彼女とは誰の事だっ!?世界が終わってるどういう意味だっ!」


 立ち上がる事も出来ないでいるが、それでも気迫だけは見せた。その勢いにシュバイクが乗った。


「もしかして……彼女とは神ゼスラムのことですかっ!?そうなんですかっ?」


 シュバイクの言葉に、光は反応した。明らかに先ほどまでとは違う様子を見せたのである。


 ……ゼスラム……そう……彼女の名は……ゼスラムだ……

 ……そして私は……オルダム……私が世界を設計し……

 ……彼女が世界を……管理した……しかし……

 ……自らが生み出した人工知能に……自由を奪い取られた……のだ……

 ……世界を再起動させるための……唯一のコードは……彼女の中に……ある……

 ……そのコードを……悪意ある者に……渡しては……いけない……

 ……ゼスラムを……解放するのだ……そうすれば……世界は再び……


 最後の言葉を言い終える前に、光はその輝きを失って闇の中に姿を消し去ってしまった。


「世界は再び……?おい!世界がどうなるって言うんだ!答えろっ!」


 零の問いかけに、闇は何も答えはしなかった。ただ漆黒の中に浮かび上がる無数の煌きが、淡い光を放ち続けているのみだったのだ。


「ゼスラムとオルダム…一体どういう事なんだ……クレムナント王国には一体何が隠されているんだっ」


 シュバイクは自問自答しながら、己の中に答えを見つけだそうとした。しかしそれはあまりにも無意味過ぎたのだ。理解も出来ぬ言葉の数々に、ただ頭を悩ませ続けるだけだった。


 そして再び、二人の身体から強い光が放たれた。すると急激に意識が縛られ、全身に稲妻が走るかのような痛みを感じたのだ。


「「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――」」


 気づけばシュバイクと零は、王宮区画の部屋に戻っていた。床へと倒れ込んだ二人に、必死に問いかけてきたのはもっとも信頼する仲間である。


「シュバイクっ!大丈夫かっ!?」


 ウィリシスは銀褐色の瞳を見開きながら、シュバイクへと問いかけていた。


「零様ぁっ!零様ぁっ!大丈夫ですかっ!」


「零様っ、零様っ!大丈夫ですかっ!?お願い、目を開けてっ!」


 べグートとユーファもまた、零へと必死に問いかけていた。そんな問いかけが暫く続いた後、二人はゆっくりとまぶたを開いたのである。


「うぅ……ここ……は?」


 シュバイクは空ろ眼であった。まるで夢から目覚めたかのように、目を擦りながら起き上がったのである。そしてそれは隣に倒れていた零も同じであった。


「ここ?ここは王宮区の応接間だ。大丈夫なのか?」


 ウィリシスは不安げな顔つきである。シュバイクが意識を失ってから、ほんの数秒ほどしか経ってはいないのだ。にも関わらず、自分の居た場所を理解できていないのである。


「え……?応接間……じゃあ、戻ってきたんだね……」


 何かを理解したようである。辺りをゆっくりと見渡しながら、室内を確認していた。


「零様、大丈夫なのですか?何が起こったのかと心配しましたぞ」


 ベグートは立ち上がろうとする零を支えながら、言った。


「うっ……あ、ああ……大丈夫だ」


 全身を包む違和感。異様な感覚に襲われながらも、零は冷静に何かを考え始めていた。そして隣でうずくまるシュバイクへと向くと、口を開いたのである。


「シュバイク王子。俺と貴方はどうやら、この国で会うべくして会ったようだ……運命……そんな言葉を信じる性質ではないが……これから戦いが起ころうとしているなら、協力させてくれ。そして全ての決着が着いた時、覇空石を俺達に譲ってくれないか?」


 零はそう言いながら、シュバイクを真っ直ぐに見ていた。


「どうやら、そのようですね。運命……そんなもの……僕も信じてはいませんが。協力して頂かなくても、覇空石は差し上げますよ。今日はそのつもりでここにお呼びしたのですから」


 シュバイクが答えると、ベグートとユーファは驚いた表情を見せた。そして互いに顔を見合わせて、喜び始めたのである。しかし零はそれに頷かなかった。


「いや、俺達も戦うよ。きっとそのために此処まで長い道のりを超えて…やって来たんだ。今はそれを確信している。この国でやるべき事がある。それが俺達の国にも必ず…巡り巡ってよい影響を与えるはずだ。そう確信している」


「なっ!?零様本気なのですかっ?このまま王国に滞在し続ければ、危険な目に合うだけでは済みませぬぞっ!異国の者である我らが、ここで命を懸けて戦う理由など無いのではっ!?」


 ベグートの言葉は、もっともな正論であった。それをシュバイクとウィリシウの前で言ってのけたのは、この男だからこそである。

 しかし今回ばかりは、ユーファもそれに同意せざる負えなかったのだ。


「そ、そうですよ。零様。戦いになれば、死んじゃうかも知れないんですよっ?それを分かっているのですか?」


 二人の言葉に、零は静かに口を開いた。


「ああ。だが、俺には感じるんだ。言葉で説明できない何かが、ここへ俺達を導いた。だから、力になりたい。シュバイク王子とこの国の民のために……な」 


 ここまで言い張る零には、それなりの覚悟と確信があっての事なのだ。そしてそれを二人は感じ取っていた。だからこそ、零に従い、そして何処までも着いていくと決めていたのである。


 こうして新たな仲間が、シュバイク達に加わった。

 零たちはたった三人である。しかし異国で生まれ育った彼らは、特別な鉱石技術を持っていた。それは貝殻と半鐘石はんしょうせきと呼ばれる鉱石を使った、通信技術である。


 手持ちサイズの貝殻に、透き通る緑の半鐘石を填め込むと、互いの音声を同じ原石から取り出した石全てに伝えられるのだ。


 これを使って、戦闘の際の命令系統を最適化し、ハドゥン族へは通訳を通して軍令を通達するのだ。こうして連日連夜の議題は、ある程度解決の目処が立ったのである。


 城下の鉱石職人を急遽雇い入れ、出来る限りの貝殻と半鐘石の通信道具を作っていった。その間に互いの部隊を混ぜた合同演習を幾度となく行い、統率に磨きをかけたのである。


 そしてさらにその数日後の事であった。水中都市国家へと避難したはずの、第二王子と第四王子が戻ってきたのだ。


 これには流石のシュバイク達も、疑念と不信感によって臨戦態勢を取った。だが相手は十人程の人数である。ナセテムはシュバイクとの対話を王国側に要求し、これを受諾。

 数十人の王国兵と騎士達に囲まれたまま、一行はラミナント城へと入城した。


 ナセテムは最初から最後まで、ただの思い違いによる衝突であったと主張。これを突き通す事によって、見事に活路を見出した。そして迫る敵の大軍によって窮地に立たされていたシュバイクに、水中都市国家の援軍を要請をすると言い出したのだ。


 これには意見が真っ二つに分かれた。賛成側はシュバイクを含む、バゥレンシアの者達。反対意見はウィリシスを初め、貴族連合やハドゥン族の族長であるモルナである。


 結局の所、意見は平行線を辿り、最終的な判断はシュバイクに委ねられた。シュバイクとしては全てを納得した上での事ではなかったのだ。しかし迫る敵があまりにも強大な故に、ナセテムとデュオを受け入れ、水中都市国家の援軍を受け入れるしかなかったのである。


 こうしてクレムナント王国のラミナント城には、三人の王子が手を組む形で集まった。それに対抗するのは、オルシアン帝国と同盟を結んだレンデス率いる貴族大連合である。


 オルシアン帝国の首都ウルガスから放たれた軍令によって、支配地域から続々と兵が集まりつつあった。その数は優に五万を超える大軍である。それが王国の西の国境を越え、やがてディキッシュ家の領地へと入ったのだ。


 エデン達は各自が兵を収拾し、すべての準備を揃えつつあった。その数はグレフォード家の兵力と合わせると二万を超えていた。

 そしてラミナント城を取り囲む平原へと向かって、進軍したのである。補給路を確保しながら、村や町を制圧。その勢力は次第に増していったのである。


 これに王国側は対した反応を見せる事はなかった。すでに各町や村の人々は、多くが城下町へと逃げ込んでいたからでる。そして協力的な貴族達を集め、彼らの兵力は人々を保護しながら、共に城下へと向かった。


 全ての避難民と兵を城下へと取り込むと、南門と北門の二つは硬く閉ざされたのである。この二門が二つ同時に閉じ、守備を固めるのは、前政権下で起きた王子の反乱以来の事であった。


 戦いの時は、刻一刻と近づいていた。

第六章はここで終わりとなります。

次回から、最終章に入ります。

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