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第百五十話 鍵

「ならば仕方ないな。ワシらとは意見が合わないと言う事じゃ。戦いになればある程度の協力はするが、こちらはこちらで好きにやらせて貰うぞ」


 禿げ頭の老人はそう言いながら、ゆっくりと席から立ち上った。それに続くかのように、四人の老師達も次々と立ち上がる。


「まだ話は終わってはいません。何処へ行くおつもりですかっ?」


 シュバイクは強い口調で問いかけた。

 すると別の老人が口を開いた。ベルハンムである。


「これ以上の話し合いは無用じゃ。アベンティンと意見が合うのも気持ち悪いもんだが……。シュバイク王子、約束は守る。できる限りの協力はする。しかしな、それ以前に我等は魔道議会の導師なのだ。譲れん物もある。どう戦うかは若い者たちで好きに決めるがええさ」


 投げやりな言葉を残して、老師達は扉へと向かって歩いていく。しかしシュバイクは黙ってはいなかった。


「都合が悪くなれば逃げるのですか!?子供の戯言だと一蹴し、それで全てを終わらせるおつもりですかっ!?本当は老師たちは怖くて仕方がないのでは!?変化に巻き込まれ、己の見失うのではないかと!どんな思いと経験を超えてここまで来たのかは…僕には到底解り得ない事だと思います!しかし!この国の民を守りたい。それが可笑しい事だと!?人の命よりも大事なものが、この城と城下には在るとでも言いたいのですか!?答えてくださいっ!」


 投げかけられた言葉の数々。それに答える事もなく、老師たちは室内を出て行く。しかし最後の男だけは違った。

 それはグラホォーゼンである。扉の前で立ち止まると、振り返る事もせずにそのまま言ったのである。


「シュバイク王子。貴方はあまりにも多くの秘密によって守られていた故に、この王国の実態を正確に捉える事が出来なかったのだ。人の命よりも大事なものが、この城と城下に存在するのか。その問いの答えを知りたくば我等ではなく、己の守護騎士へと聞くがいい。その男はすでに騎士としての誓いの一つに背を向けたのだからな。モルナ・アイヴァン・ザンガッソ。彼女がここに居るのが何よりもの証拠だ。なぁ、そうだろう?ウィリシス・ウェイカーよ」


 グラホォーゼンがその名を呼んだ時、第二席に座る青年の顔色は途端に青ざめた。


「えっ?どう言う事ですかっ!?」


 シュバイクの問い。それに答える事無く、男は室内から出て行った。

 残された者達の視線は、一人の青年へと注がれていた。


「ウィリシス。何か知っているのですか?」


 シュバイクは席から立ち上ったまま、ウィリシスを見ていた。


「皆さん申し訳ありませんが、この話し合いの続きは明日の朝からでも宜しいでしょうか」


 ウィリシスは、席に腰を下ろす者達へと視線を流した。それに何かを察したのか、次々と席から立ち上がった。セリッタやモルナ、コウマやケイオスを含めた全員がその場を後にする。

 広々とした室内にはたった二人の男しかいない。壁際に設置された窓の外には、すでに闇が満たされていた。話し合いが行われてから、長い時間が経過していたのだ。


「ウィリシス兄さん。何を知っているの?」


 シュバイクは問いかけた。しかし青年は口を噤んだままであった。

 静かに椅子から立ち上ると、夜の闇が広がる窓際まで歩いていく。そしてその遥か先を見つめながら、言ったのである。


「シュバイク。君は神の存在を信じるか?」


 唐突な質問である。

 じっと窓の外に広がる城下を瞳に収めながら、シュバイクへと問いかけたのだ。


「神……?騎士や民の多くが信奉するドゥーク神のこと?それとも魔道師達の崇めるエルドワールのこと?それが何の関係が?」


 困惑した顔つきで、シュバイクは答えた。疑問ばかりが頭に浮かんでいるのだろう。背を向ける青年へと向かって投げかけた問いは、不安に駆られる心の様相を如実に物語っていた。


「それは王家と議会が作り出した偶像ぐうぞうだ。本当の神はもっと別の所にいる。確かな存在としてな……」


「偶像?もっと別の所にいるって、どういう意味?」


 ウィリシスの醸し出す雰囲気は、先ほどまでのものとはまったくの別物になっていた。


「足元……地上から遥か下に続く地下通路の先に……この世界を創造した神が囚われている。魔道議会も王国騎士も、その神を守る事を使命としているんだ。結果的にそれが国を守り、民を守っている事に繋がっているにしか過ぎない。そして守護騎士と呼ばれる五人の騎士は、神をこの世へと解き放つ事の出来る《鍵》を守る者達……」


「鍵……?それってまさか……」


 ウィリシスはゆっくりとシュバイクの方へと向くと、静かに言ったのである。


「シュバイク……お前の事だ。そしてレンデス様やナセテム様、サイリス様やデュオ様の事でもある」


 銀褐色の瞳と視線を交わしながら、シュバイクは唯唖然としていただけである。相手の眼から注がれるそれは、悲しみと苦しみが交じり合った負の感情そのものであった。

6月13日の更新はお休みします。

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