第百四十九話 強き意思と若き力
「一体それは、どのような効果を発揮する魔法なのですか?城下に住まう人々に害は無いんですよね?」
誰もが動揺を隠し切れずにいたのだ。
しかしその中でシュバイクだけが、平静を保たせていた。民を想う強い気持ちが、聞かねばならない事を明確にさせたのだ。
だが内心では、怒りや不満を抱えていたはずである。魔方陣が城下に張り巡らされているとすれば、それは足元にいつでも起爆できる爆薬を仕掛けているのと同じだからであるのだ。
そのような事が許されていいものなのか。魔道議会と言えども、甚だ疑問なのである。
「問題はそこじゃな……。この魔法の効果はな。城を中心として城下全体を包みこむ、巨大な防壁魔法を展開する所にあるのだ。一度発動すると城壁から展開され、まる天井のように全てを覆いこむ。しかし魔方陣は先ほども言った通り……陣の上に立つ者の魔力を消費する事によって発動するものだ。ここまで言えば分かるな?何故、この事実が隠されてきたのか……」
アベンティンは最後の言葉を濁した。それが罪悪感から来るものである事を、シュバイクはすぐに察知したのだ。
「まさか……魔法を扱えない者の生命力を強制的に、陣の力で魔力へと変換させている訳では…そして発動の際の魔力の源に利用している……?」
シュバイクの問いに、アベンティンは口を噤んだ。四人の老師達も皆が顔を伏せた。
「答えて下さい!どうなんですかっ!」
普段、人前で見せる事のない顔つきである。眉間に皺を寄せ、眉をつり上げていた。それは明らかに怒りの現れである。
「その通りだ。巨大な魔防壁を展開し、維持するための魔力は莫大。到底百や二百の人間の持つ魔力量では不可能なのだ。だからこそエルドワールは考えたのだ。陣の上に立つ全ての者から、強制的に魔力を吸収する方法をな。そしてその結果、病人、老人、女、子供に至るまで、全ての者から魔力を吸い出す術式を生み出したのだ」
シュバイクの問いに答えたのは、第十席に座るグラホォーゼンであった。
魔道議会の五大魔導師と呼ばれる者の中では、五十代後半であるこの男はあまりにも若い。しかも筋肉質の体つきで、薄茶色のローブを羽織っていてもそれは一目瞭然であった。
その顔はダークブラウンの髪を後ろへと流し、額を出している。揉み上げから顎鬚までがぐるっと、骨格のよい顔を包むように生えていた。
「信じられない……それでは国を守るために、民を犠牲にしてきたと同じ事ではありませんか……そんな事をクレムナント王国の王達は、許してきたと言うのですか?まさか……父上……いや、アバイト王もそれを黙認していたと?」
ダークブラウンの瞳の中に、黄金の輝きが放たれた。シュバイクは鋭い目つきで老師達を見ていた。
席に座る者達は、固唾を呑んで見守っていた。誰も口を挟む者はいなかった。口を挟む隙もなかったからである。
魔力とは、肉体に宿る生命力。そこから搾り出す命の煌きと言ってもいいものである。だからこそまずは基礎訓練である、魔力の絶対量意を増やす事から始めるのだ。
いかに強力な魔法を唱えられるようになろうとも、それを扱う魔力量が少なければ意味はない。直に消耗し、戦闘では役立たなくなるからだ。
著しい疲労感から、最初は体を動かす事ができなくなる。やがて限界を超えても魔力を消費し続ければ、肉体の各部の機能を維持する器官が停止する。それは即ち。死を招くという事なのだ。
そして病人や老人子供は、絶対的な魔力量が少ない。それ故に他の健康的な者よりも早く、魔力消費による影響が表れると言う事なのである。
「大を救う為に小を犠牲にする。それが歴代国王達と我等の間に結ばれてきた密約だ。無論、シュバイク王子の育ての親である……アバイト王も例外なくな……」
グラホォーゼンの言葉に、室内の空気は一瞬にして凍りついた。
民に仕え、民を守るために存在していると公言していた魔道議会が、その実は民を犠牲にして城と城下を守っていたと事実。そしてそれを歴代の王は、了承していた。それが唐突に明かされたのだ。
「そんな……そんな事許されるはずがないっ!王は民に尽くし、彼らを安寧の世へと導く為の些細な存在にしか過ぎないんだっ!いくら魔道に精通した導師であろうとも、人の命を勝手に奪い取る事など許されはしないっ!」
シュバイクは椅子から立ち上がると、その勢いを持って老師達を糾弾した。
「そんなもの…現実を知らない子供の言う戯言よ。私達だって好きでそのような方法を取っている訳じゃないの。でもね、聞きなさいシュバイク王子。敵にこの国の領土が侵され、多くの民が苦しみながら死んでいく時、貴方は彼らに何て言うの?『私の力不足で国を守る事が出来なかった。申し訳ない』とでも言う?それとも己の死をもって償うのかしら?どちらにしてもそれは結局、唯の自己満足でしかないの。どんな犠牲を払おうとも…王の役割は国を守り抜き、次の世代へと繋ぐこと。それ以外に在りはしないのよ」
刺々しい口調で言ったのは、第十一席の老婆であった。
それは老師ベルンドゥーである。頭の上に乗せた団子状の髪が束ねられている。
「国は王の為に在らず!王は民の為に在る!幼き日に聞いたアバイト王の言葉……僕はそれを信じている!例えその裏でどんな密約を交わしていたとしても、僕の中で王の在り方は変わらない!魔道議会であろうともそんな魔法を使う等、僕は絶対に許しはしないぞっ!」
シュバイクの言葉には熱が篭っていた。それはシュバイク自身が一番驚いていた事かも知れない。
愛する者を守るための戦いだったはずなのである。そしてその愛する者は、己の守護騎士であるウィリシス・ウェイカー以外に居ないはずだったのだ。
しかし、内なる想いを打ち明けた今。狭められていた視野が広がりを見せた。そして本当に守らなければいけない、大切なものの存在にやっと気づき始めたのだ。
多くの命を犠牲にして得た答え。それは魔道議会や嘗てのクレムナント王とは、まったく別のものだった。
そしてその想いが自分の放つ言葉へと力を与えた時、人の心を動かしたのだ。
「許す。許さないの問題ではないのじゃ。使わねば守れぬのなら、使うまでのこと。それだけじゃ」
過熱するシュバイクとは正反対に、アベンティンは冷ややかな態度で言い切った。
しかし、そこで口を開いたものがいた。それは金髪の男。第十七席に腰を下ろすフラガン・エンリュ・ケイオスである。
「ふざけた事を……。私はシュバイク王子の意見に賛同するぞ。人の命を愚弄するかのようなお主等の言動。虫唾が走る。敵であるなら喜んで、我が剣を抜き去り、その首を刎ねている所だ。ふっ、国を守るための強力な魔法だと?そんなもの発動させはせんさっ。何故なら、我等バゥレンシアの騎士が命を懸けて守るからだっ!人は天の下に平等なのだ!命の重さを今一度考えるがいいっ!」
最後には拳で机を叩きつけながら、熱弁を振るうが如く言った。
そして次に口を開いたのは、第十八席に座る栗毛の男。コウマ・レックウである。
「私もシュバイク王子の意見に賛成ですよ。確かに戦術的に見れば、有用な方法でしょう。多くの敵に囲まれても、それを一切阻む事の出来る防壁を展開出来るなど……これほど強力な魔法はありはしない。しかし戦いが終わってみればその悲惨さは目に浮かびます。多くのか弱き者達が命を奪い取られ、愛する者がそれを腕の中で抱きながら泣き叫ぶ姿が!」
普段は温和でどこか気の抜けた顔つきの者である。それが熱を帯びた言葉を放ったのだ。
そして最後に話始めたのは、第二席に座る青年であった。
「その通りです。シュバイク様は何も間違ってはおられない。これは国を守るための戦いである以上に、民を守るための戦い。彼らはこの城下から逃げ出さずに、来るべき日に備えているのです。それはラミナント王家を信じ、共に戦う覚悟をしているからこそ!私はどんな事があろうとも、民を守りぬく!この命が尽き果てるその時まで!それが我等クレムナント王国の騎士!そしてこの国に生きる人間としての誇りであるからだっ!」
古き時代の波を切り分け、若き力が立ち上がろうとしていた。それはシュバイク・ハイデン・ラミナントという少年の強き心が、そうさせたのである。




