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第百四十八話 城下の秘密

「意図的に情報を隠している。そう仰りたいのですか?」


 シュバイクは困惑した顔つきで言った。眉を潜め、不快感を露にしていた。それは無論、思い当たる節が無いからである。


「はい。何か隠しているのなら、正直に話して頂きたいものです。でなければ立案した作戦そもそもが、無駄になり兼ねないのですから」


 栗毛の男は、面倒な建前で己の本心を隠す事はしなかった。

 情報とは武器である。戦とは剣を交える事だけではない。それを理解しているからこその言葉なのだ。


 室内には僅かだが、重苦しい空気が流れた。それは王子と栗毛の男の間に、静かな緊張感が漂っていたからである。しかしそれを察知して、回避しようと口を開いた者がいた。


「コウマ殿。私達は国の存亡を懸けているのです。情報等、隠しているはずがありません。現状を打開出来る策がないから、このように話し合いを重ねているのですし。それを分かって頂きたい」


 第二席に座るウィリシスであった。二人の間に出来た隔たりを取り除くべく、シュバイクを庇護ひごしたのである。


「それならいいのですがね。どうも腑に落ちない点が多すぎるのですよ」


「と、言うと?」


 ウィリシスが問いかけた。シュバイクは黙って聞いている。そして他の者達も同様に、静かに耳を傾けていた。


「はっきりと言わせて貰います。クレムナント王国の保有する領土は、どの国にとっても喉から手が出る程に欲っするもの。にも関わらず、隣国のオルシアン帝国は攻めあぐねている。周辺諸国を武力で支配下に置く水中都市国家スウィフランドとは、同盟契約を結んでさえもいる。数万の軍をいとも容易く導入できる二国に挟まれているにも関わらず、この国は何故、これまで無事にいられたのでしょうか。そこに隠された秘密があるのでは、と私は思うのですよ」


 栗毛の男の洞察力の高さ。それはこの場に居る者の中でも、明らかに群を抜いていた。


「それはこの国がラミナント王の下に一つとなり、多くの貴家を束ね、王国騎士と言う強力な戦力を要し、魔道議会と言う魔術に卓越した力を持つ集団が居るからなのでは?」


 第三席に座るバウザナックスが言った。その言葉こそ、誰しもが持っていた答えである。だが栗毛の男はそれに納得はしなかった。


「普通ならば……そう考えるでしょうね。確かにそれもあながち間違いではないと思います。だけど私の求めている答えでもない……そう感じるのです。言うなればバウザナックス殿が今いった事は、どの国にも当てはまる確かな事実でしかありません。私が求めているのは、それを遥かに凌駕する疑問なのですよ」


 次第に重苦しい空気は増していく。しかしその発端となった男は、まるで気にしていないようである。


「自身も何が疑問なのかを、はっきりと解ってはいないではありませぬか。そのような漠然とした問いだけをぶつけられても、答えなど持ち合わせてはいませんぞ」


 バウザナックスは、苛つきを態度に出し始めた。

 根っからの騎士であるこの男は、曲がったことや、遠回りな言い方を極度に嫌っていたのだ。それが栗毛の男の発する言葉尻によって、刺激されてしまったのだ。

 

 結局の所、答えを持ち合わせてはいないのだ。だからこそシュバイクを始めラミナント王家に属する者達は、栗毛の男の扱いに困るだけであった。


「もう良い。その疑問にはワシが答えよう」


 一人の老人が口を開いた。

 薄茶色のローブに、禿げた頭。顎から伸びる長い髭が目に付く者である。


 手詰まりな状態へと入り始めた話し合いに、推進力を持たせる発言であったのは間違いはない。だがそれを妨害するかのように、別の老人が言ったのである。


「何を言うつもりじゃっ。止めろ」


 第七席に座るベルハンムであった。

 隣の第九席に座るアベンティンの方を向くと、長い眉の下から淡褐色の瞳を覗かせたのだ。そして鋭い眼光を放ちながら機先を制した。


「強大な軍事力を誇る二国が、王国の敵となろうとしているのだ。情報を出し惜しみしていては、我等の首を絞めかねんぞ。それを解っておるのか?それに……」


 禿げ頭の老人は、最後の言葉をにごした。

 二人は数秒ほど、互いに視線を合わせたままであった。そこには他の者に悟られないように交わした、暗黙の了解があったのだ。


「シュバイク王子に味方すると言ったのだから、約束を守りましょう」

 

 二人の間で交わされているであろう確かな意思のやり取り。

 それを他の者に悟られぬように、あえて第十席に座るベルンドゥーが口を開いたのだ。自分へとその場に居る者の意識を集めるためである。そしてそれは見事に成功した。

 シュバイクやウィリシス、そしてコウマやケイオスは老婆の方へと視線を流した。


「そうじゃな。ならば……仕方ないか」


 皆が老婆から視線を戻した時には、すでにベルハンムは落ち着き払っていた。だからこそアベンティンは話し始めたのである。クレムナント王国が如何にして、城を守り抜いてきたのか。


「これは……本来なら王にのみ告げられる城下の秘密じゃ。だが状況が状況故に、話さねばならんだろう。だから心して聞くが良い。これは他言無用じゃぞ。下手に民へと漏れれば、不要な混乱を招きかねんからな。それを約束して貰えるというのならば話そう。どうじゃ?皆々方みなみながたよ」


 アベンティンはゆっくりと首を動かし、席に座る者達の顔を順番に見ていった。視線が合う度に、相手は深く頷いていく。ハドゥン族のモルナだけは、セリッタを通して意志を確認した。

 静寂に包まれた室内。老人はついに重い口を開いた。


「五百年以上も前の事じゃ。クレムナント王国の建国を影で支えた大魔道師がおる。その者の物語をなくしては、全てを語れない。この国の者でなくてとも知っておるはずじゃ。その者の名はハル・エルドワール。摩訶不思議な力であった魔法。それを人々に共通の概念として認知させた、偉大なるお方じゃ。肉体に宿る生命力。それが放つ不可思議な力を魔力ハールと呼ぶじゃろう。その名は、ハル・エルドワールの名からきておる」


 アベンティンはそう言いながら、話を続けた。


「この王国は小さな村から始まったとされる。当時はまだ小国が乱立し、力がものを言う時代じゃった。だからこそ初代国王に仕えたエルドワールは、外敵から国を守る方法を必死に探した。彼女は魔道師である。魔道師とは世の理を解く探求者である。そして彼女は見つけたのじゃ。人々を……いや、小さな村であった国を守る魔法をな」


 誰もが老人の話を静かに聞き入っていた。

 大魔道師ハル・エルドワール。それはクレムナント王国の者でなくとも、魔法を扱う者ならば一度ならず、二度以上は必ず聞いた事のある名前である。


「大魔道師エルドワールの偉業はな。魔法の仕組みを解明し、多くの人々にそれを理解させた事にあるのじゃ。肉体に宿る生命力を魔力へと変換し、それによって事象を生み出す。変換過程で必要な魔鉱石という物の存在を公にする事で、より多くの者が魔法を扱えるようになったのは皆が知る所じゃろう」


「それが国を守る魔法とどのような関係が?」


 アベンティンに問いかけたのは、金色の長い髪の男である。

 バゥレンシアの騎士であるこの男もまた、魔法を扱う者の一人である。だからこそある程度の知識には精通していたのだ。

 それに老人が述べた言葉の内容は今の所、魔法や剣術と言った、戦う事に関する才能が全くと言っていいほどにない栗毛の男でさえも知っている事実であった。


「あのお方は魔鉱石を必要としない魔力の変換方法を、術式によって編み出したのじゃ」


 室内は騒然とした。誰しもが驚き、そして戸惑っている。魔道議会の導師であるセリッタと、他の四人の老師だけは落ち着き払っていた。


「ア、アベンティンさん。どういう事ですか?魔鉱石が必要無いなんて。そんな事聞いたことないですよっ。それならもしかして、本来は必要の無い者を僕達は身に着けていると…そういう事ですか?」


 シュバイクはその場に居る誰しもが抱いていた疑問を、いの一番に口にしたのである。


「それは間違いであり正しくもある。人間と言う一固体が魔法を発動するのに、魔鉱石が必要である事は変わりない……普遍たる事実じゃ。しかし大魔道師エルドワールは見つけたのだ。魔鉱石を必要としない方法。それは術式を利用し、大地を触媒にする」


「大地……?もしかしてそれは魔方陣の事ですか?あれは呪文を術式に変換したものですよね?」


 ウィリシスが老人へと問いかけた。


「そうじゃ。その通りだ。大地や建物の壁。そして床等。それらに予め術式を描き、陣の上に立つ人間の魔力を消費して発動させる配置型の魔法。言わば外的要因に起因するもの。ワシらが普段扱う魔法は、肉体内部から力を作用させる内的要因に起因するもの。そして大魔道師エルドワールが生み出した……城や城下を守る究極の魔法。それは前者じゃ」


 アベンティンがそう言うと、ウィリシスがさらに疑問を投げかけた。


「魔方陣が、ですか?魔道師の方々には申し訳ないが、あれは酷く扱いが難しい印象で、複雑な術式を組まなければ発動も出来ない代物のように思えます。しかも発動条件は限定的で、用途は限られている。そんなもので国が守れると?」


 ウィリシスの見解と解釈はおおむね正しい。


 魔方陣は呪文を術式に変換し、それを円の中に描くものである。必須な記号は円の内部に描く術式と、それらを繋ぐ六芒星ろくぼうせいである。


「だからこそ。と言う物じゃな。一般的に知られておる魔方陣の解釈は、ウィリシス殿の言う取る通りじゃ。陣を描くための知識は、古代文字を知らなければ不可能。さらに陣を描いてもそこに人が立たなければ何の意味もなさない。言わば子供の落書き程度のものにしかならん。さらに魔方陣があれば敵はそれを避けるように動く。罠として配置されていた場合でも、その上に乗らなければ恐るるにたらんからな」


 深く息を吐くと、そのまま言葉を繋いだ。


「しかしな、その魔方陣が知らぬ間に己の足元にあったとしたらどうじゃ?それが城下全体に張り巡らされている。いつでも発動できる強力な魔方陣がな」


「な、何だって!?」


「城下全体に!?信じられん…」


「まさかそんな……」


 アベンティンの言った言葉。それは魔道議会が隠してきた秘密の一つであった。


 シュバイクは勿論の事、ウィリシスも知らなかった事実である。室内に居る者達は動揺を隠し切れずにいた。誰もが顔を見合わせていた。不安を感じているのだ。


 どんな効果があるのかも解らない強力な魔法。それを発動する陣が、足元に描かれていると知ったのだ。只事ではないはずである。

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