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第百四十七話 話し合い

 ラミナント城へと戻った王子達は、王宮区画にある一室で話し合いを重ねていた。


 燦々と光輝くシャンデリア。天井から吊り下げられている陽光石は、黄金で出来たチェーンによって繋がっている。ひし形に加工された百個以上もの石が、流れ落ちる滝を表現しているのだ。


 室内の壁は木目調である。赤みを帯びた茶色で、渋みと落ち着いた雰囲気を醸し出してた。

 中央に置かれている長方形の机は、壁と同じ木材で出来ている。備え付けられた椅子は二十脚程。その中の一脚だけを残して、残りの椅子には人が全て座っている。


 上座に位置するのはシュバイクである。斜め右にウィリシス。その向かい側にハドゥン族の族長モルナ。隣には通訳として魔道師のセリッタが同席している。


 そしてその向かい側にバウザナックスとニールズ。さらに魔道議会の五大老師が座り、二百名の貴族からなる代表者六名。そしてコウマやケイオスは最も遠い下座に位置していた。


 この時守護騎士であるウィリシス・ウェイカーは、シュバイクによって臨時の将軍職へと任命されていた。バウザナックスは王国の臨時守備隊長に就き、副隊長は二ールズである。


 これまでに得られた情報が、各々から伝えられた。

 レンデスとサイリスへ放った追撃部隊の謎の壊滅。そしてアンタルンの町で起きた悲惨な戦いの現状。

 愚者の森で王子が出会った予想外の人物。ハドゥン族が仲間となった経緯。

 さらにバゥレンシアからの三千を超える援軍が、クレムナント王国へと出発した理由。

 そして王子が城を空けた七日間に起きた国内の動き等である。


 それら全ての情報を統合し導き出された結果は、差し迫る緊迫した状況を意味していた。


「差し向けられた部隊から全員生き残っているとすれば、シュバイク様の殺意に気づいたのは当然の事。だとすれば対抗すべく、既に戦いに備えていると考えるの妥当ですね。とすればレンデス様とサイリス様は帝国と手を結び、ナセテム様とデュオ様は水中都市国家と手を結んだ。そういう事になりますね」


 第二席に座るウィリシスが言った。その意見に他の者が口を挟むことが無かったのは、異論のない証である。


「だとすれば孤立無援の厳しい戦いを迫られるのは、時間の問題という事になりますな」


 第七席に座る魔道議会の老師ベルハンムが言った。齢八十を超える老人である。しかし明朗な言葉つきで、年齢を感じさせない気迫に満ちている。髪は白髪だがふさふさとしており、長い眉毛が瞳を隠していた。


「幸いと言って良いのかしら。城下を含め、貯蔵している食料は十分な量があるわ。戦いになったとしても一年は持つでしょう。しかし長引けば長引く程、兵は疲弊し、民は不安を抱く。国内の情勢は傾き、やがて新たな脅威を呼び込む可能性もある」


 第九席に座る魔道議会の老師アルンドゥーが、ベルハンムの言葉を繋いだ。七十歳を超える老婆である。長い白髪を腰元あたりまで流しており、気品ある薄茶色のローブを身に纏っている。

 隣の席に座る老婆と顔がそっくりであるのは、双子だからである。髪型が違うだけで、他にはこれといって相違点がない。


「確かに……しかし今の現状でもっとも考えなければなら無いのは戦力の確保です。帝国と水中都市国家が攻め入ってくるとすれば、僕達の兵力では到底防ぎきれません。王国騎士と守備隊を合わせても四千程。味方となって頂ける貴家の兵を加えても六千。そこに山間部の部族を合わせて一万。魔道議会の導師の方々を入れて一万八百。バゥレンシア北和国からの援軍三千五百の兵を統合して、合計約一万五千。この数だと、自由に動かせる兵力は三千も満たないでしょう」


 シュバイクの言葉に、誰しもが口を噤んだ。圧倒的な不利な状況下である事を、改めてかみ締めたのである。

 広大な敷地を持つクレムナント王国の城。それを取り囲む城下は、他国を遥かに凌駕するものがあるのだ。そのために町を囲む巨大城壁は、十キロ以上にも渡る。


 二つの門を重点的に防御して兵力を配置したとしても、一定感覚で見張りは置かなければならない。それらを考えると、自ずと兵は随所に分散する事になるのだ。守備側の利点と欠点は、常に隣り合わせなのである。


「問題はそれだけではありませんよ」


 第十八席に位置する男が口を開いた。

 栗毛の髪。毛先が丸まっている。独特な言葉つきと、空気感を醸し出している。


「コウマ中尉。どのような問題が?」


 シュバイクが問いかけた。すると穏やかな口調で栗毛の男は答えた。


「えっとですね。まず現状の戦力を分散して配置し、守備に当たるのは妥当な方法なのですが。問題はその配置の仕方にあるのです。王国兵と、言葉の通じない山間部の部族兵。さらには指揮系統の異なるバゥレンシア兵が混在する部隊では、戦闘の際に最大限の力を引き出せません。となれば混在させないよう、各自の部隊を纏めて配置しなければならないと言う事です。するとそこに生まれてくるのは各部隊の活用方法の制約です」


 シュバイクは息を呑んだ。戦力の数ばかりに気をとられ、最も根本的な事を見落としていたからである。


「と言う事は今の戦力をいかに適材適所で配置し、上手く活用するかに懸かっている訳ですね」


 柔軟な思考で見事な対応を見せた。だがそれに答える栗毛の男は、不可解な事を口にしたのである。


「ええ。一見すると城塞戦では守り手が有利のように思われます。しかしこれほど広大な敷地を有する城と城下となれば話は別。大規模な城塞戦を想定しているなら、一万近くの常駐兵が本来城に居なくては不備に対応出来ない。そう思われるのですが……。私は不思議で仕方がないんですよね。どうやってこのような巨大な城が、これまで多くの敵の攻撃に耐え抜いてきたのかと……もしや我々に隠している秘策でもあるのでは?そう疑ってしまいますよ」


 この言葉に反応を示したのは、十九人程いる室内の中でたったの五人だけである。彼らは解っていたのだ。どうやってこの城が多くの敵を退けてきたのかを。

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