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第八話 王国守備隊長

城内には厳重に管理されている区画が二つある。それは王族達の住まう王宮区画と、もう一つは罪人を収容しておく地下牢である。


 地下牢には、強盗、殺人、窃盗、傷害にいたるまで、ありとあらゆる種類の犯罪者が収容されていた。

 しかし、ほとんどの者はその牢屋からひと月もせずに、刑の執行という形で出る事となる。

 他国からの旅人や商人、そして出稼ぎ労働者などの流入が多いこの国では、犯罪も後を絶たず、些細な罪でも重く罰していた。

 鉱石資源により肥大化した国の影の一部分である。

 

 地下牢へと繋がる入り口へ、二人の男がやって来きた。ウィードは暗い足元を照らすための鉱石灯を壁から取ると、一つをハルムートへと手渡した。

 

 この鉱石灯には、陽光石と言われる鉱石がガラスランプの中に入っている。このランプの中の鉱石へ息を吹きかけると、ほのかな光を放ち始めるのである。

 この国で、もっとも一般庶民の生活に普及している鉱石であると言っても間違いないものなのだ。

  

 二人はの灯りを頼りに、長い細階段を下りていく。すると鼻を刺激する独特な臭気が漂う場所にでた。

 恐らく囚人達の排泄物の臭いが、淀んだ空気の中に漂っているのだろう。

 

 昼間でもつねに薄暗く、時折、闇の中から不気味なうめき声がしてくる。初めて来た者であれば、異様な雰囲気に足がすくんでもおかしくはない。しかし、ハルムートは平然と進んでいった。


 王の次に強い権力を持つこの男が、普段足を踏み入れるような所ではないのは確かなのである。だが、そのような素振りを一切見せることのないのを、ウィードは不思議に思っていた。


 通路を挟み込むようにある牢屋には、ぼろ布を身体に巻いただけの罪人達が力無く横たわっていた。


「たの...む...ここから...出してくれぇ.....」 


 今にも死にそうな目をした者達が、慈悲を求めて手を伸ばしてくる。


「ふっ。ここも昔と変りないな」


 顎に蓄えられた白髪混ざりの髭を、右手で弄びながらハルムートはつぶやいた。

 ほんの一瞬、罪人の伸ばす手へと視線をやったように思えたが、それ以降は二度と見る事はなかった。


「前にもここへ、おいでになった事が?」


 前方を歩くウィードは、ハルムートへと問いかけた。その言葉の持つ意味に、興味があったからである。


「エウィード守備隊等。お主が生まれるよりも、もっと以前にな。まぁ昔の事だ」


 そう言うと、ハルムートは会話をうち切ってしまった。


「そうでしたか」

 

 ハルムートの言葉へ若干の疑問を感じたものの、ウィードは己の立場を弁えていた。そのため、それ以上の疑問を持つことを止めたのである。


 アーク・ウィードは三十三歳の男である。

 その長いライトグリーンの髪と、数々の武勲を戦場で上げて来たとは思えない華奢な身体つきとが、初めて会う者に驚きを与えるほどであった。

 

 クレムナント王国守備隊の隊長になったのは、三年ほど前の事である。


 王国守備隊とは、外敵からの城の守りはもちろんの事、内部に潜む不穏分子の摘発及び鎮圧などに対する、武力措置が認められている部隊でもある。


 戦場での戦いとは異なる能力が要求されるこの役職には、比較的に年齢を重ねた騎士が就いてきた。


 しかし、前任者が原因不明の病で倒れたのをきっかけに、その部下であったウィードが急遽、守備隊長へと抜擢されることになったのである。

 

 ただ、当初は反発も多く、その功績を方々(ほうぼう)へと認めさせるのに大変な苦労があったのだ。

 

 十三歳で初めて戦場に立ったウィードは、今日まで数え切れないほどの武勲を上げ続けた。

 敵の手を読み、相手の戦術を逆に利用する事に長けていたのだ。この男の戦い方は、つねに目を見張るものがあった。


 有名な逸話として、霧の谷の戦いがあげられる。


 断崖に囲まれた谷間で、自軍の三倍の戦力差の敵と対した時のことだ。

 予め用意していた敵軍の鎧を味方の兵士へと装備させ、濃霧の中をゆっくりと進軍させたのである。

 

 近づいて来たウィード部隊の影に、一時は臨戦態勢を取った敵軍であった。

 しかし、潜入させておいた工作兵によって偽の情報を流していたため、出発が遅れた味方の後発部隊だと誤認させたのだ。

 

 これによって難なく敵の部隊へと接近する事の出来たウィード部隊は、そのまま奇襲攻撃を仕掛ける事に成功した。

 ここで普通の指揮官ならば、そのまま乱戦へと持ち込んだかもしれない。だが、ウィードは第一陣にて仕掛けた攻撃をすぐさま止めさせ、次の瞬間には一気に兵を引いたのである。

 

 敵の軍はまさに絵に描いたような混乱状態に陥った。

 ウィードの部隊は敵とまったく同じ鎧を装備していたため、味方と敵の判別がつかない状態になっていたのである。

 敵の兵士は疑心暗鬼陥り、互いに攻撃し合って、やがては総崩れとなったのである。

 

 霧が晴れると、谷は敵の死者であふれ返り、見るも無残だったという。

 この時、ウィードの部隊には軽症者が数人でたものの、ほぼ無傷で戦いに勝利したのだ。



 このような卓越した戦略眼と、用意周到な準備を駆使して、ウィードは数多の戦場で武勲を上げ続けた。


 そして、クレムナント王国に駐在する兵士の八割を指揮する、王国守備隊長に任命されるまでになったのである。

 

 ウィードの実力を誰よりも買い王国守備隊長の座へと、アバイトへ強く推薦したのはハルムートであった。


 国王の右腕として、すでに誰よりもアバイトからの信頼を得ていたハルムートは、反対する者達の声を力ずく退け、ウィードを隊長へと見事に抜擢させたのである。


  だがしかし、この一件をよく思わない者も多くいたのは事実である。王国内での権力を完全に掌握しつつあるハルムートに、逆らえる者はおらず、時が来るまで息をひっそりと潜めるしかなかったのである。


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