第百四十六話 轟く武名
短いです。
クレムナント王国側の者達は暫く何かを話し合っていた。それをバゥレンシア側の者は待っているしかなかったのである。
話し合いが終わったのか、王子が再び前へと馬を進める。そして口を開いた。
「事情は大体分かりました。しかしやはりそれらを考慮しても、隊の出自を偽り城へと近づいた事実を消し去る事はできません。申し訳ないが一先ずは代表者だけが城へと来て頂きます。その他の者は城外でお待ちを」
王子はそう言うと、バゥレンシア側の兵はざわついた。ここまでの道程は丸六日。その間にまともな休息を取れたのは最初の二日のみであった。
後は少ない食料と野宿で何とかここまで辿り着いたのだ。それを考えると、到底納得できるものではなかった。
しかし栗毛の男はそれを了承しようとしたのである。それが妥当な言い分だと感じたからだ。
北和国からの書簡が届いていない以上、疑いの目を向けられても仕方がないのである。
だが金髪の髪の男は違った。
「分かりました。では私とケイオ――――――」
「待てっ、コウマ殿っ!」
栗毛の男の言葉を遮ったのは、灰馬に跨る別の男であった。馬を進めて前へと出てきたのである。
金色の長い髪を後ろに流していた。
白金の鎧を身に纏っており、陽光が表面に反射して煌いていた。その風貌は正に絵に描いたかのような騎士そのものである。
「お待ち頂きたいっ!ここまでの道中、楽なものではなかった。兵は疲れており、馬は腹を空かせている。何人かの部下を引き連れ、城下町へ入城する事を許しては頂けないだろうか。野営設備と馬の飼料の確保をしたら、そちらの指示通りに城壁外で待機させる」
金髪の男の醸し出す雰囲気には、威厳が満ち溢れていた。明らかに立場が悪いはずである。しかし一切そんなものを感じさせないような堂堂とした態度だったのだ。
「貴方は?」
王子は怪訝な顔つきを見せた。突然、栗毛の男の裏から出てきた者に、不信感を露にしたのだ。
「まだ名乗ってはおりませんでしたな。この横の男はコウマ・レックウ中尉。ラウラファと言う町の防衛を、将軍より直々に任されていた者だ。そして私はバゥレンシア北和国の騎士団長フラガナン・エンリュ・ケイオスと申す」
金髪の男が名を名乗ると、クレムナント王国の騎士達にどよめきが走った。誰もが耳にした事のある名であったからだ。
「ま、まさかっ、貴方があのサラナイファ連合最強の騎士と謳われる?」
王子の背後から、ライトイエローの髪の青年が問いかけた。眉を上げ、銀褐色の瞳を見開いている。
「最強の定義が武名だとするならば…そうなのでしょうな」
金髪の男は表情一つ変えずに言った。感情の起伏がないように見える。
「ウィリシス、あの人を知っているのですか?」
王子は背後で待機する青年騎士へと問いかけた。その問いにやや食い気味で答える。
「ええ。王国騎士ならば誰しもが一度は聞いた事のある名。アマノ坂での撤退戦はあまりにも有名な話。三万の軍を相手にたった千の兵を率いて立ち向かい、味方が逃げるまで時間稼ぎをしたと言う……しかもそのような逸話がいくつもあるのです」
青年は興奮を隠せないようだった。言葉の端々に熱が篭っていたのが、王子には手に取るように分かったのだ。
「そんなに凄い人なのですか」
「はい。本人を見たのは初めてですが。あの男が本当にフラガナン・エンリュ・ケイオスであるなら、私達にとっては途轍もなく大きな戦力と成り得るのは間違いありません。それに……」
「それに?」
「義に厚く信を示す男とも聞いております。同じ騎士である私も、常にそう在りたいと思っています。あの者が仲間を想って言った言葉。間違った事を言っているとは思えません」
青年は真っ直ぐに相手の瞳を見ていた。自分の中にある純真な心を、無碍にするなと言わんばかりであったのだ。
「そうですね……。分かりました」
王子は青年から離れると、馬を動かした。そして相手と再び向き直ったのである。
「ではコウマ殿とケイオス殿は私達と共に城へ。その他の方々は、とりあえず城壁外での待機をお願い致します。必要な物があればこちらでも用意致しますが、城下町へと入って物資の確保をするのも認めます。但しその際には何人かの守備隊の兵士を付けさせて頂きますが、それで宜しいですか?」
王子の提案に、金髪の男は口を開いた。
「暖かい心遣いに感謝する」
そう言いながら、静かに頭を下げたのである。
こうしてクレムナント王国にやって来たバゥレンシア北和国からの援軍は、何とか戦闘を避けて城へと入る事が出来たのである。




