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第百四十五話 罠に落ちた将軍

 シュバイクとウィリシスは南門へと向けて馬を飛ばしていた。

 世界樹の紋章を掲げた、三千を超える部隊が平原へと姿を現したからである。その部隊を迎え入れるために、南門へと急いでいたのだ。


 後方から続くのはバウザナックスと五十名の騎士達である。馬に跨り、前方を行く二人を必死に追いかける。


 大通りを抜けると、巨大な門へと行き着く。そこは敵に攻め込まれた際の防御の要である。横幅十メートル、高さ八メートルの頑丈な木製の扉。両開きでアーチ状になっている。


 左右を円筒状の塔によって挟みこまれており、敵が押し寄せてきた時にはそこから弓矢や投石を放つ。ラミナント城の門と比べると、道幅も高さも相当なものである。城下町全体を囲む城壁に作られている南北の門は市門と呼ばれ、人の出入りがもっとも激しい場所であるのだ。

 そのため管理は厳重になされており、常に王国守備隊と警備兵が目を光らせている。


「警戒態勢を解いて下さいっ!彼らは敵ではありませんっ!」


 市門へと辿り着くと、シュバイクが馬上から声を張り上げた。すると一人の兵士がすぐさま駆け寄ってきたのである。


「シュバイク王子。良いのですか?あれは滅亡したはずの国の紋章。敵による何らかの策ではありませぬか?」


 恰幅かっぷくのよい髭面の男だった。鎖帷子を着込んでおり、腰には鉄の剣を下げている。明らかに守備隊の兵士である。


「彼らは旧精霊国の者達です。同盟契約を結んだので、敵ではありません。兵長、心配せずとも大丈夫です。どうか部下に警戒態勢を解くように伝えて下さい」


 シュバイクは落ち着いた態度で言った。先ほどの王宮での出来事など、一切感じさせる素振りはない。ブラウンの瞳を見開き、引き締まった顔つきであったからだ。

 それを隣で静かに見ていたウィリシスは、内心では安堵していたはずである。


「か、畏まりましたっ。すぐに警戒態勢を解けぇ!門を開け放ち迎え入れる準備をするのだっ!」 


 守備隊の兵長が指示を出すと、部下達はすぐさま動き出した。閉ざされた門のかんぬきを取り払うと、十人程の男たちが力一杯扉を手前へ引いたのである。すると地面を擦る音を立てながら、南門は開かれた。


 放たれた門の奥には、壮大な草原が広がっている。揺るやかに蛇行して続く一本道の先に、ゆっくりとこちらへ向かって進んでくる隊列が見えた。


「コウマ殿、精霊国の紋章を掲げたのは正解だったようだな。しかし此処からどうする?隊の出自を偽ったのが露呈すれば、我等の信用は無くなるぞ」


 三千を超える兵の先頭で馬を進めるのは、金色の長髪の男。隣で馬にまたがる栗毛頭の男へと言ったのである。


「うーん。向こうの迎えに話の分かる者が居る事を願うしかない。きっとゲベル将軍が出したであろう使役魔法は、予定通りには到着していないはずだ。総統派の者達によって妨害工作にあっているのは確実だろうからな。とすれば、今は祈るしかない。まぁケイオス殿心配するな。なるようになるさ」


 コウマは能天気であった。


「まったく……思慮を働かせた上での決断なのか。それとも唯の思いつきなのか。私にはコウマ殿の考えが時々解らなくなる」


 ケイオスは深いため息をつきながら言った。


 首都ザイラスのクルーゼル要塞を経ったのは六日前である。商業町ラウラファへと到着すると、五百名の守備兵を加えた三千五百の兵は、町の南に流れる大河から船で出発した。


 連合公国から帝国領へと流れるアラメクス川。それをさらに進むと、クレムナント王国の南西部に行き着く。三千を超える兵士を船に乗せて、帝国領を進むのはあまりにも目立つ行為であった。


 しかしコウマ達は敵の目に付きながらも、悠然と川を進む事に成功させたのである。それは年に四回程行われる、死者の送り出しの行事に紛れ込んだからであった。


 帝国の民は死した者達が巨大な川を超え、天の国へと入ると信じている。宗教観から来る思想は、様々な風習を生み出すのだ。その一つに送り川の儀と言うものがあった。


 供養祭くようさいの名で幅広く知られているそれは、アラメクス川を使って死者を送り出すという儀式である。死んだ者達の肉体を小船へと乗せて、家族が岸から送り出すのだ。


 つねに侵略と侵攻を行っている帝国では、一般兵の死者が後を絶たなかった。年に一回行われていた儀式は何時しか半年に一回程に増え、今現在では四半期に一回ほど行われている。


 だが悲しみに耐えられない人々は、身内が死ぬ度に川に船を流し死者を送り出していた。そしてコウマはこれを利用したのである。


 小船に積み重なるように、船底に寝そべって敵国の領内を過ぎ去ったのだ。要は死んだ振りをしたまま、いとも簡単にクレムナント王国まで辿り着いたのである。


 こうして王国へと入ったコウマ達は、国境近くの町で馬を買い揃え、一気にラミナント城へと向かって駆け出した。丸二日程ほど船で寝ていただけの者達は、鈍ったからだを暖めるかのように凄まじい速度で突き進んだのである。


 そしてその五日後、ついに彼らはラミナント城を囲む平原へと辿り着いたのだ。しかし首都ザイラスを経ってから、毎日続けていた定期連絡は二日ほど前から途絶えていた。


 それは何者かが意図的に、使役魔法による情報の交換を阻んでいる証拠であったのだ。となれば、首都から王国へと出された書簡も、到着しているとは考えにくかったのである。最悪の状況は、ゲベル将軍からの書簡が偽装され、援軍であるはずの自分達の部隊が敵だと誤認されてしまう事である。


 それらを考慮すると、コウマはサラナイファの兵という立場よりも、精霊国の王の呼び声に応えて集まった援軍という立場を取った方が得策だと考えたのだ。

 その方が王国側との最初の接触で、事が滞りなく進むと判断したのである。



 この一連の推測により、コウマが下した決断はおおむね正しい。だがそれが示す一つの事実は、切迫したバゥレンシアの状況を意味していた。

 ゲベル将軍が、コウマとケイオス達を王国へと派遣した後の事である。その情報は総統であるチェイス・リーベンス派の者によって、すぐさま三国に伝えられた。


 それを受けた三国の代表者達は、バゥレンシア北和国の将軍の背信行為を追及すべく、四カ国会議の開催を提案。総統であるルーベンスはこれを承諾。すぐさま会議の詳細が、各国へと通達された。


 この時、ゲベルとコウマ達が交わしていた定期連絡の使役魔法であるはと。それは南和国の上空で捕縛され、情報を偽装されていたのだ。何日も互いが偽りの定期連絡を受けていた事になる。


 さらにゲベルの放った王国側への援軍の知らせを、ルーベンスが偽装していた。これによってゲベルの立場は、さらに危うくなる。王国に出したはずの使役鳩が、帝国へと向かったからである。


 帝国側はこれを快諾し、バゥレンシア北和国は知らぬ間に帝国との密約を交わした状態となっていた。


 何も知らずに四カ国会議へと向かったゲベルは、ルーベンスの罠に陥ちた。即時に捕らえられ、牢獄へと収監されてしまったのである。これはルーベンスと帝国が裏で繋がっていたからに他ならないのだが、三国の代表達は見事に騙されてしまった。


 事在る毎に総統であるルーベンスの案に口を出し、難色を示すゲベルの存在は邪魔でしかなかったのである。連合内でも強い兵を兼ね備え、それを指揮する男が居なくなれば、帝国側としても願ったりかなったりである。奇しくもお互いの利益が重なったのであった。


 こうしてゲベルの言い分が認められるには、王国への援軍として派遣したコウマとケイオスが生きて帰り、身の潔白を証明するしか手立てがなくなってしまった。


 知らぬ間に張り巡らされた策略が、バゥレンシア北和国を窮地に追いやっていた。ゲベルは薄暗い牢内で、唯祈るしかなかったのである。二人が勝利を手に、無事に祖国へと帰ってくる事を。



「テェアッ!ハァッ!セヤァッ!」


 白馬に跨る王子は、颯爽さっそうと平原を進む。スカイブルーの美しい髪は風によってなびいている。

 後ろから一馬身ほど遅れて駆けるのは、守護騎士のウィリシス・ウェイカーである。さらにその後方から、バウザナックスと騎士達が馬に乗って続く。


 南門を飛び出したシュバイク達は、白地の旗に掲げられた世界樹へと向かって疾走した。そして隊列の手前十メートル程までやって来ると、突然馬が鳴き声を上げた。


ヒィィィィィィィィンッ!


 白いたてがみを振り乱しながら、白馬はその場に脚を止めたのである。王子が握る手綱が力強く引かれたため、停止の合図と受け取ったのだ。

 そして王子は馬上から、先頭の二人の男へと向かって声を張り上げた。


「私はクレムナント王国第五王子のシュバイク・ハイデン・ラミナントだっ!確認したいっ!お前達の所属は何処だっ!?」


 王子の呼びかけに、栗毛頭の男が前へと一人で馬を進めた。


「まずは聞いて頂きたいっ!私達は精霊王の呼びかけに応え、クレムナント王国への援軍にやって来た!敵ではないっ!所属は世界樹の旗を掲げているが、サラナイファ連合公国のバゥレンシア北和国である!」


 栗毛の男が答えると、王子の顔は途端に曇った。


「サラナイファ!?何故、バゥレンシア北和国がっ?所属を偽り城へと近づいた理由をお聞かせ願いたいっ!」


 五メートル程の距離。声を張り上げて、理由を問いかけた。

 互いの間に張り詰めた空気が満ちた。それを誰もが感じ取っていたはずである。王子の後ろで待機する守護騎士は、すでに魔力を高めて何時でも動ける状態にいた。


「帝国の大軍団が、クレムナント王国へと侵攻しようとしてるとの情報を得たからなのです!多くの鉱石資源によって国の軍備が支えられている北和国は、三国の了解無しに軍隊の派遣を決定しました!それが我等です!」

 

 栗毛の男がそう言うと、王国側の兵はざわついた。帝国が迫っているなど、想像もしていなかったからである。


「帝国がっ!?それは本当なのですかっ!?証拠はっ!?」


 スカイブルーの髪の王子は、まだ少年である。しかし堂々とした態度で、相手へと問いを投げかけた。


「最初の情報は、我が国の商人達からの些細なものでした。帝国が市場しじょうの作物を買いあさっていると、そのようなものです!しかし此処までの途上でさらに新たな情報を得たのです!それは南西部の町から、帝国への使者が出されたとのものでした!たしかあの土地は長年帝国と争ってきた、ディキッシュ家の者の土地ですよね!?だとすれば、その理由は我等よりも王子が知っておられるのではっ!?」


 栗毛の男の言葉に、王子は何かを理解したようであった。そして背後で待機する己の守護騎士と顔を見合わせたのである。



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