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第百三十七話 連鎖の始まり

  城下町の中心地に聳え立つ城は堀に囲まれており、一本の吊橋によって繋がっている。有事の際はこの橋が上げられ、敵の最後の侵入を阻むのである。


 民衆の熱い歓声に送られながら、一行はラミナント城へと入っていった。橋を越えて、門をくぐる。すると、最初に目に付くのは巨大な銅像であった。

 入り口の広場は高い壁に囲まれており、中央には初代国王ドゥーク・ラミナントの像が建っていた。天へと向かって剣を掲げている姿は、一人の男の偉大さを物語っている。


 出迎えたのは、百名近い王宮警備隊の兵士達である。彼らは列を組んで直立不動の姿勢で立っていた。その中から、一人の男が前と進み出たのである。


「シュバイク・ハイデン・ラミナント王子。お帰りをお待ちしておりました。来賓館の大広間にて、魔道議会の五大老師がお待ちしております」


 見るからに体格の良い、屈強な面構えの男。鎖帷子を着込み、腰には剣を下げている。


「そうか、解った」


 シュバイクはそう言うと、白馬から降りた。それに続くように、ウィリシスや他の騎士達も次々と下馬していく。すると兵士達がすぐに駆け寄ってきて、馬の手綱を引いていった。


「セリッタさん。ハドゥン族の方々にも、ここで闘牛からは降りてもらうように伝えて下さい。警備隊の兵士達が牛を預かり、繋ぎ場へと連れて行きます」


「分かったわ」


 広場へと入ってきたセリッタの後ろには、二十頭近い牛の群れが続いていた。その前までウィリシスが進むと、ハドゥン族の者たちへの指示を頼んだのである。

 全ての取次ぎはセリッタを通して、モルナへと伝わる。そしてモルナが仲間達へと再び指示を出すのである。

 

 牛は鼻息が荒く、充血した眼で周囲の者を睨み付けている。下手な肉食獣よりも獰猛なのだ。僅かな合図一つさえあれば、二本の角を持って敵へと目掛けて突進する。


「ウィリシス。モルナが言うには、牛は兵士達には預けられないそうよ。どうやらハドゥン族の命令しか聞かないみたい。だから半数の者達はここに残していくと言っているわ」


「分かりました。ではモルナさんと他のハドゥン族の方々は、私達について来て貰うように言って頂けますか」


「了解よ」


 ウィリシスとセリッタのやり取りが終わると、一行は来賓館へと向けて歩き出した。広場を抜けるには、半円状のトンネルを進まなければならない。王宮区画に行くにも、来賓館へと進むにも、このトンネルしかないのである。

 出入り口を一箇所に絞ることで、守備をしやすくするための構造であった。


 トンネルを抜けると、そこには緑豊かな庭園が広がっている。


 城内の入り口には、石畳が敷き詰められていた。息が詰まるような高い壁に囲われた場所であったのだ。それに比べると、百八十度の風景の変わりようである。


 先頭を歩くのはシュバイクで、その後ろにウィリシスが続く。セリッタとモルナはその後ろから、楽しそうに談笑を交わしながら歩いてきている。ここ数日の集落での生活で、大分距離を縮めたようである。

 そして十人ほどのハドゥン族の男達が続き、その後方からはバウザナックスやニールズが騎士達を率いて歩き進む。


 ハドゥン族のモルナは、黒と緑を基調にした長いスカートタイプの服を着ていた。中には革のズボンを履いているのだが、見た目の印象は大分女性的に見える。

 最初にウィリシスと戦った時の服に比べれば、お淑やかで物腰も柔らかい。艶やかな黒髪は、セリッタにもで教わったのか、頭の後ろでくしを使ってまとめていた。褐色というにはあまりにも黒いその肌も、今は際立って美しくさえ見えるのだ。


 そしてハドゥン族の男たちもまた、原始的な衣服とは違うものを身にまとっていた。王国民の服に近いもので、幾重にも折り重ねた生地をつなぎ合わせたものである。色合い豊かなローブのような、ゆったりとした衣服である。


 やがて来賓館の大広間の入り口が見えて来た。すでに二人の兵士が扉を開け放って、両脇に立っている。


 赤い屋根と白い壁。壮麗な建物の入り口上部には、獅子の顔を象った巨大な彫刻が鎮座している。開いた口に飲み込まれるかのように、その中へと入っていく。


 真紅の絨毯が敷き詰められ、頭上に輝くのは巨大なシャンデリア。奥には王宮区画へと続く大階段があり、その前に五人の魔道師が立っていた。


 魔道議会の最高位。五大老師とも呼ばれる者達は、薄茶色のローブを身に纏っている。決して派手な井出達ではないが、気品と上品さが伺えた。

 シュバイクの姿を瞳に映すと、ゆっくりと五人は歩を進めてきた。そして互いが広間の中央で歩み寄ると、ついに対面したのである。


「シュバイク王子。よくぞ戻られましたな」


 はげ頭の老人、アベンテインは静かに口を開いた。顎から伸びる白い髭は、腰元あたりまで伸びている。

 シュバイクが山間部の部族を味方につけると言った時、一番にそれをあざ笑った者である。


「ええ、命懸けでしたから。まずは紹介させて貰います。ハドゥン族の族長モルナ・アイヴァン・ザンガサッソさんです。山間部の部族代表としてここまで足を運んで頂きました」


 シュバイクはそう言うと、後ろに控えるモルナの方を見た。するとセリッタが通訳をし、言葉の全てを伝えたのである。

 モルナは前へと歩き出ると、老師達へと会釈をした。すると驚いた事に、老婆がハドゥン族の言語を口にしたのだ。その問いかけに、モルナは答えているようだった。


「ハドゥン族の言葉を、理解できるのですか?」


 シュバイクが疑問を投げかけると、もう一人の別の老婆が口を開いた。


「ええ、多少はね」


 その老婆は真っ白な髪を、頭の上で団子状に纏めていた。ベルンドゥーと言う魔道師である。モルナと話をしているアルンドゥーとは、顔つきがそっくりであった。

 その見た目から違いを出すために、髪型を変えているのだ。団子状にしているベルンドゥーに比べ、アルンドゥーは長い白髪を綺麗に腰まで流していた。


「シュバイク王子、どのような経緯で彼らを仲間に出来たのですか?」


 体格の良い騎士のような体つきの男が、シュバイクへと問いかけた。優に七十を超える老人達の中にいては、五十代後半であろうこの男は目立っていた。

 珍しく王国騎士出身の魔道師で、その名をグラホォーゼンと言った。


「簡単な事です。今までの過ちを全て謝罪し、これから起こるであろう戦いへの協力を仰いだのです」


 シュバイクは淡々と答えた。その後にグラホォーゼンはさらに疑問を投げかけた。


「何の取引もなく、ですか?」


「取引という程のものではありません。唯、彼らに約束したのです。全ての戦いに勝った後には、この土地を明け渡すと」


 王子の言葉に、その場に居た者が大きな動揺を見せた。バウザナックスやニールズ、そしてその部下である多くの騎士達である。

 だが五人の魔道師達は、対した表情の変化も見せなかった。


「そうですか。やはり、そのような事になりましたか」


 グラホォーゼンの太い眉が、一瞬だけ歪んだように見えた。だがそれが気のせいだったのか。それとも何か隠し切れない想いの現われだったのか。シュバイクには、解らなかったのである。


「部族を味方に付けたのです。数日前に交わした約束を、守って頂きたい」


 シュバイクは冷静な態度で、五人の魔道師へと言った。それに対して口を開いたのは、頭の上にふさふさとした白い髪を蓄える老人であった。


「いいじゃろう。約束は約束じゃ。ワシ等魔道議会は今日より、シュバイク・ハイデン・ラミナント王子の味方へと付く。おぬしらも異論はないな?」


 八十を超える老齢でありながら、しっかりとした口調と態度で言った。それはベルハンムと言う男である。彼の問いかけに、他の四人は静かに頷いた。


「ではこれからの戦いに備えて話し合いましょう。それには、少し問題がありますね。まずは落ち着いて話し合える部屋へと移動してから、各自の持っている情報を統合しましょうか」


 シュバイクの提案に、ベルハンムはすぐには頷かなかった。


「その前になぁ……シュバイク王子、貴方にいくつか悪い知らせを伝えねばならん。ハドゥン族の集落から、ここまでの道程で疲れたじゃろう。他の者達には休息を取らせよう。その間にどうじゃ、少し庭園までワシと二人で歩かんか?」


 ベルハンムは、相手の心を解きほぐすかのような優しい言葉尻で言った。四人の他の老師達は口を噤んで、黙っていた。


「悪い知らせ…ですか?解りました。ここでは言えない話ならば仕方ないですね」


 シュバイクはベルハンムの言葉に、困惑した顔つきを見せた。しかしすぐに切り替えたのである。相手の表情から、何かを汲み取ったのかも知れない。


「ウィリシス、後を任せていいかい?」


 シュバイクは隣に佇む青年へと問いかけた。


「ええ。お任せください」


 ウィリシスは短い言葉で答えた。シュバイクはそれを確認すると、ベルハンムと共に庭園へと向かって歩き出した。


 先ほどは急ぎ足で抜けた場所であった。しかしベルハンムの歩調に合わせて歩き進むと、心地よい日差しや、頬をなでる風、小鳥のさえずりまで、その全てを感じる事ができたのである。


「うーん、いい天気じゃなぁ。なんとも言えぬ気持ちよさじゃ」


 ベルハンムが言った。独り言のような言葉である。周囲を見渡せば、緑の絨毯の上に、所々背の高い木が生えていた。


「そうですね。で、悪い知らせとは何なのですか?」


 シュバイクは適当な相づちを打つと、老人へと問いかけた。すぐに戻って、これからの事を話し合いたかったのだろう。今はこうして平和に見える国も、近い内に戦火によってその様相を変える。それを解っていたからなのである。

 気づけば、二人は庭園の中ほどまで歩いてきていた。そこでベルハンムはやっと足を止めたのである。


「そうじゃな…ではまずはアバイト王の事じゃ。ハルムートを手にかけた時、奴から何か聞いておるか?」


 ベルハンムはシュバイクの方へと向き直った。そして真剣な眼差しで、問いかけたのである。


「父上の事ですか。ハルムート将軍が言っていたのは、『自分が死ねば魔道議会が王の延命魔法を停止し、その死を公表する手筈になっている』と。そう聞きました」


 ブラウンの目は鋭く、目の前にいる老人を突き刺すように見ていた。


「その通りじゃ。やはり知っておったのだな。アバイト王はすでに廃人となり、魔法の力無くしては命の炎を灯し続ける事もできん。だから、王子の誰か一人がこの城へと戻ってきた時点で…われ等は延命魔法を停止する事にしていたのじゃ。それに関して、異論はないか?」


 残酷な現実である。しかしベルハンムは相手を思いやるような、優しい素振りを見せた。すでに決まり言っていた話であるはずなのに、シュバイクの了承を得ようとしていたからである。

 だからこそ平静な状態のまま、答える事が出来たのだ。


「ええ、ありません。それが父上の意思でもあるのなら……そうなんですよね?」


 シュバイクの言葉に、ベルハンムは息を呑んだ。そこまで見抜かれていたのなら、隠すものも何もないと思ったのである。


「ああ、その通りじゃ。これはアバイト王の意思でもある。まだ意識が確かであった頃、王は言った。『ハルムートが死んだ時、私の命も終わる。後は息子達に任せたい』とな」


 それは明らかな、アバイトの遺言であった。


「そうですか……」


 ベルハンムの言葉に、シュバイクは視線をそらした。顔を左下へと背けたのだ。それは受け入れがたい現実から、目を逸らしているようにも思えた。だが実際の所はもっと深い部分にあったのだ。


 実の父ではない男の死。それを今、どう受け入れてよいのか、解らなかったのである。そして記憶の中にあるアバイトの姿が果たして、どこまで本当のアバイトだったのか。それすらも解らなかったのだ。


「そしてな。もう一つ……あるのじゃ……」


 言葉を濁した老人の顔は、神妙な面持ちだった。


「もう一つ?何なのですか?」


 この言葉の直後、シュバイクの中に大きな衝撃が走る事となる。それこそ一番受け入れがたい現実だったのだ。そしてそこから始まる負の連鎖が、怒涛の勢いで襲い掛かってくるのだった。

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