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第百三十五話 思わぬ再会

「シュバイク様ー!」


「シュバイクさまぁぁぁっー!」


「シュバイク王子ー!」


 老若男女の歓声。中でも目立つのは女性達の黄色い声である。

 南門を抜けた王子一行は、民衆が大挙として集まる大通りの中を進んでいく。先頭は勿論、シュバイクである。その後ろにウィリシス。そしてバウザナックス率いる騎士団。そして魔道議会のセリッタと、ハドゥン族が続く。

 人々はスカイブルーの美しい髪をなびかせる王子を瞳に映すと、大気を震わすような大きな声を上げた。その中には、守護騎士ウィリシスに向かって歓声を飛ばす者もいる。


「きゃぁぁぁー!ウィリシスさまぁぁぁぁっ!」


 前方を進む王子の人気に、負けずとも劣らない声である。

 慣れた様子で群集の中を進むシュバイクに対して、ウィリシスはどこか居心地が悪そうであった。沿道の人々へ笑顔を見せる王子とは対照的に、渋い顔つきで守護騎士の青年はじっと前を見つめていた。


「ちょ、ちょっとっとっと、ごめんなさいねー。うぐぐぐぐぐぅぅーっと!」


 民衆が立ち並ぶ最前列から、顔を出した少女がいた。ダークブラウンの短髪が、前で綺麗に切りそろえられている。紫色の布地の服は、ゆったりとしたチェニックのようだ。肌は少し日に焼けていて、黒い瞳はつぶらだった。

 目の前を通る王子や守護騎士に声を飛ばす人々の中で、少女は誰かを探しているような素振りを見せていた。大通りを進む隊列にじっと目を凝らしていたのだ。


 シュバイクが過ぎ去り、ウィリシス、そして騎士団が通り過ぎていく。騎士団の隊列の最後尾が見えた時である。少女は声を上げた。


「あっ!いたぁー!ラ・ミ・ルゥゥーーーーッ!」


 変声期前の甲高い声は、群衆の中にあっても良く響いた。すると黒髪の魔道師の後ろで、力なく馬に跨る少女はふと顔を上げたのである。


「ここだよぉーっ!ラミルゥーーーッ!」


 ダークブラウンの短髪の少女は、ローズピンクの髪の少女に向かって声を張り上げた。さらに両手を上に挙げて、それを大きく左右に振る。


「ミルミル、どうかした?大丈夫?」


 魔道師のセリッタが、後ろに座るラミルへと問いかけた。ハドゥン族の集落で見た悲惨な光景から、まだ立ち直れないでいる弟子を心配していたのだ。


「い、いま…きき覚えのある声がしてきたようなきがして……」


 ラミルは弱弱しい言葉で答えた。


「泣き虫ラミルッ!こっちだって言ってんだろ、ボケェェェッ!」


 沿道から叫ぶ少女の言葉つきは、突然豹変した。


「えっ!?やっぱり!今のはっ!」


 ラミルは声のするほうへと、目を凝らす。しかし、ひしめく人々の数はあまりに多い。その中からたった一人を探し出すのは、不可能のように思えた。


「なに今の。ラミルの知り合い?」


 セリッタにも、確かに聞こえたようである。二人して群衆の方へと目をやると、声の主を探し始めたのである。


「あれじゃない?何か子供?が、こっちに向かって手を振ってる気がするけど。ミルミル分かる?薄紫色のチェニックの子」


 通りを進む茶馬から、斜め右の方向に居たのだ。その少女をラミルが見た時、声を上げた。


「ア、アラルおねえちゃんっ!?」


 ついにラミルは、自分の名を呼ぶ少女の存在に気づいたのである。だがそれに驚いたのは、セリッタである。


「えっ!?アンタなに!?姉がいたの!?」


「はいっ。でもこの国から出て行っちゃったと思ってたのに…また会えるなんて……」


 ラミルは目頭を押さえ込んだ。多くの人々が熱い視線を注ぐ中で、涙は零せなかったのだ。


「行っていいわよ」


「え?」


 投げかけられた声に、ラミルは驚いていた。


「久しぶりの再会なんでしょ?議会への報告は私がしておくから、あんたは少し遊んできなさい。子供らしくね!ほらっ!行った行った!」


 セリッタの優しい心遣いだったのであろう。久しぶりに見た弟子の顔に、安堵の表情を浮かべたのだ。そして馬を止めると、降りるようにと促したのである。


「あ、ありがとうございますっ、セリッタ様!」


 馬上から身体を滑らせるようにして降りると、そのまま沿道に立つ少女の方へと向かって駆け出した。


「こ、こらっ!それ以上前にでるなっ!」


 沿道から前へと進み出ようとした少女を、兵士達が止めていた。


「ああっー!うっさいなぁ、もうっ!私の妹がいるんだってばぁっ!」


「嘘をつくなっ!大人しくそこで立って見ていろっ!それ以上前に出ようとするなら、ただではすまさんぞっ!」


 兵士は少女の腕を掴んだ。しかしそれを振り払おうと、必死に抵抗していた。


「おねぇちゃーんっ!」


 するとそこへ、ラミルが声を上げながらやって来た。そして兵士達へと頭を下げながら、言ったのである。


「ごめんなさいっ!その人は私の姉なんですっ。離してあげてくださいっ」


 新米であるが、魔道師の肩書きを持っているのだ。黒いローブに身を包む少女の言葉に、兵士達は渋々拘束を解いた。


「もうっ、だから言ったでしょっ!」


「おねえちゃんっ、久しぶりっ!会いたかったよぉー!」


 不満を漏らす少女へと、ラミルは勢いよく抱きついた。


「ごふっ!ぐ、ぐるぢいってばっ!」


「あ、ごめんっ。久しぶりにお姉ちゃんに会えたから、嬉しくて…」


 アラルの身体から離れると、ラミルはぎこちない笑みを見せた。その瞳にはうっすらと、涙がたまっていた。


「あ!また泣くんでしょ~。もう泣き虫なのは、変わってないんだから…ばかっ」


 背格好が似ている二人。顔もそっくりで、まるでそれは双子のようである。違うのは髪色と、肌の色合いくらいだろう。やや日に焼けた肌をしているアラルに比べると、ラミルは白い透き通ったような肌だった。


「だってだってだって…ひどいよ。『私はお金が稼ぎたいの!』とか言って、勝手に魔道議会から飛び出しちゃうんだもん。あれからもう二年だよっ!?何処にいたの!?ずっと心配してたんだからっ!」


 ラミルはついに、泣き出してしまった。大粒の涙が零れ落ちるのを、止められなかったのである。すると姉は、そんな妹を優しく抱き寄せた。


「はぁ…ごめんね。心配させて。議会勝手に抜け出したから、この国には居られないと思ってさ。ちょっと他国まで出稼ぎにいってたのよ。そのお陰で色々経験できたんだよ?後でいっぱいお土産話を聞かせてあげるからさっ!」


 アラルは優しい言葉つきになった。抱き寄せた妹は、その腕の中で泣きじゃくっていた。


 魔道議会の新米導師ラミルには、姉がいた。それがこのアラルである。アラルは自立心と好奇心が強く、気弱で内気だが真面目な妹アミルとは正反対の性格だった。


 十年以上も前の事である。まだ赤子だった双子の少女たちは、孤児院の入り口に捨てらていた。それが五歳になったある日、院から魔道議会によって引き取られたのだ。


 二人はともに魔法の才能の片鱗を見せた。将来を有望視される、魔道師の卵だったのである。だが姉であるアラルは、外の世界への好奇心を抑えられなかったのだ。


 日に日に高まる、まだ見ぬ世界への冒険心。それが爆発した時、議会を飛び出して行ったのである。妹を連れて行こうともしたが、気弱なラミルは魔道師の下で生きるのが合っていると判断したのだ。それが二年前の、十歳の頃である。


 お金を稼いで大金持ちになるという野望を抱え、アラルは必死に働いた。王国から出て、他国で商人の使いっぱしりとして生きていたのだ。主人を転々と変え、様々な商売の知識を吸収した。


 そしてとある国で、少女はある人物に出会った。それがクレムナント王国へと戻ってくるきっかけになった、鉱石商のアウルス・ベクトゥムである。


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