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第百三十一話 母の戦い

 クレムナント王国。

 ラミナント城の城下町から平原へと出るには、南北にあるどちらかの大門をくぐらなければならない。勿論それは、逆に城下へと入る際も同じである。


 普段ならば引っ切り無しに、他国からの旅人や出稼ぎ労働者の多くがやって来る国であるのだ。しかしここ数日は入って来る人を遥かに超える数で、出て行く者たちの方が多かった。


 急いで荷物を纏めたかのような格好で、家財道具一式を荷車に満載させた者さえも多く見られた。まるで沈みかかった船から、鼠が脱出するかのような光景である。


 どの者達も足取りは重く、顔は暗く沈んでいた。ぼろ布を纏ったかのような、薄汚い格好の出稼ぎ労働者達は、大した稼ぎを得る事も出来ずに自国へと帰らなければならないからだ。そして旅人や商人達は、目的を達する事もできずに帰路へとつかざる負えなかったからである。


 それは七日程前に起きた、王宮内での将軍の不審死と、とある事件に起因するものであるのは、誰しもが知っている事であった。


 南門と北門の警備に当る王国兵は、そんな光景を毎日目にしていたのである。彼らでさえも、この先の事を考えると不安で仕方なかったのだ。だがこの国が家であり故郷である王国民は、逃げるよりも戦う覚悟をしている者が殆どであった。

 

 王宮内で将軍ハルムートが命を落とすと、その死はすぐに民衆へと告げられた。しかし死の直接的な原因は伏せられたままだったのである。それが人々の心の中に不安を呼び込み、様々な憶測が飛び交う原因となった。


 さらにそれに続くように発覚したのが、グレフォード家への襲撃事件である。富裕区パルティフランツァに一番の大邸宅を構える貴族だけあって、ダゼス公爵は将軍と同様に大きな影響力を与える人物なのだ。


 事件の詳細は公表されなかったが、当夜、大通りアルベリオンを駆ける数十頭の魔獣が多くの者に目撃されていた。そしてそれを率いていたのは、第五王子のシュバイク・ハイデン・ラミナントであるともっぱらの噂であったのである。


 王家によってすぐさまかん口令が敷かれたが、人の口には戸を立てられなかったのだ。この命令を裏で下したのは、城の留守を授かっていた第三妃のレリアンである。


 彼女はウィリシスを送り出すと、まずは貴族達の説得にとりかかった。肝の据わった女性である事をこの時、多くの王国騎士を含む王国兵が知る事となる。

 

 煌びやかな装飾が施された来賓館の大広間。真紅の絨毯には美しい文様が描かれており、人々の頭上には巨大なシャンデリアが光を放って輝いている。


 約二百名の貴族達。セルプールと言われる高位な者が着るスーツを身に纏い、椅子へと腰を降ろしていた。大広間に設置されていた調度品を全て取り払い、仮設の応接室へと変えたのだ。彼らはすでに、一時間近く待たされていた。


「どうなっているのだ!ウィリシス・ウェイカー殿はどこだ!?我等をこのような場に態々呼びつけておいて、当の本人が居なくなるとはっ!馬鹿にするのもいい加減にしろっ!」


 椅子へと腰を降ろしていた男の一人が、ついに声を荒げながら立ち上がった。


「申し訳御座いませんっ、もう少々お待ち下さいっ」


 ウィリシスの残していった部下達が、相手を諌めるように言った。

 鎖帷子を着込み、腰には剣を下げている。しかしそれは魔鉱剣ではない。そこから察する事が出来るのは、一王国兵でしかないという事実だ。


「お前達では話にならんっ!せめて王国騎士を出せぇっ!我等を誰だと思っておる!」


「何度も申し上げているように、騎士達は事態の収束に向けて各自が動いております。現状が切迫している故に、どうかウィリシス様がお戻りになるまで暫しお待ちをっ」


「ふざけるなっ!何時戻るかも解らない相手を、ずっとこのような場所で待てと言うのかっ!?やってられん!私はもう帰る!」


 ついに我慢の限界へと到達した男は、入り口へと向かって歩き出した。それに続くように、次々と他の貴族達も席から立ち上がったのである。


「ど、どうか皆様お待ちくださいっ!」


 十人程の兵士が必死に問いかけるが、二百名の貴族の怒りを静められるはずもなかった。だがその時である。王宮へと続く大階段から、一人の女性が降りてきたのだ。


「皆さん、お待たせしてしまい申し訳ありません」


「お、王妃レリアン様っ!」


 兵士の一人が声を上げた。喧騒としていた大広間は、瞬く間に静けさを取り戻す。全ての者達の視線が一挙に集まった。そこに姿を現したのは、第三妃のレリアン・ハイデン・ラミナントである。


 水色のドレスに身を包み、美しいスカイブルーの長髪が腰元あたりまで流れていた。透き通るような白い肌に、青い瞳は見る者を虜にする。


 椅子から立ち上がっていた者は、すぐに腰を下ろした。入り口へと向かってすでに歩き出していた者達の足は、その場に止まっていた。


「息子のシュバイクと守護騎士ウィリシス・ウェイカーに代わり、私がお話をさせて頂きます。どうかお席にお戻りください。この通り、お願い致します......」


 レリアンの言葉と行動は、貴族のみならず王国兵をも驚愕させた。ラミナント王家の妃が、その場に居る貴族達へと向けて頭を下げたのだ。王政を敷くクレムナント王国では、決して有り得ない光景である。


 静けさに包まれていた広間へ次に訪れたのは、貴族達の動揺から広がったざわつきであった。


「レリアン様がそこまで仰るのならば.....」


 入り口へと向かって歩いていた男の一人が、呟くように言った。すると周りの人々もそれに同調し始めたのだ。


「そ、そうだな。レリアン様からお話を聞けるのなら......」


 次々と席へと戻っていく者達。ついに先頭を歩いていた貴族の男でさえも、先ほどまで座っていた椅子へと向かって歩き始めた。


「皆さん、有難う御座います。態々足を運んで頂いたのにも関わらず、このような場所で長い時間お待たせしさせてしまって本当に申し訳御座いません。非礼を深く、お詫び致します」

 

 席へとついた貴族達の前で、王妃は再び頭を下げた。

 御付として共にやってきた二人の王国騎士は、レリアンから距離を置いた場所で見守っている。恐らく、貴族達へと無用な威圧感を与えぬようにとの配慮をした結果なのだ。


「と、とんでも御座いません。レリアン王妃、頭を御上げ下さい。今この国で何が起こっているのか、事の真相と、これから王家がどのような対応を取るのか聞かせて頂ければ...それで十分なのです」


 大広間に配置された二百席以上の椅子。五列以上に渡って並べられているその中から、一人の男が口を開いた。

 言葉の端々には、相手の立場を鑑みる態度も感じられた。しかしその真意は、正しい情報さえ与えてもらえれば、後は自分達で何をすべきか判断する、とでも言いたげなものだったのである。


「そうですね。ではまず私の息子シュバイクが、今、何をすべく、何処へ向かっているのかを説明させて頂きます。すでに将軍であるハルムートが、アバイト王の病状を隠し、裏で王権を握っていたと言うのはウィリシスがお話したと思います。そして同時にグレフォード家が、王国の転覆を画策していたの知り、彼らを捕らえるために邸宅へと押し入ったのです。その際にシュバイクは...ザーチェア侯爵を殺害。ダゼス公爵自身は、ザーチェァ侯爵の手によって命を落とされました」


「な、何だってっ!?ダゼス公爵が、ザーチェア侯爵の手によって死んだと?」


 衝撃の事実に、貴族達はどよめきだった。そしてその場にシュバイクとウィリスが居たのならば、二人もまた驚いていた事だろう。何故なら、都合の悪い真実であったからだ。


 シュバイクは事の真相が露見する前に、動いているのだ。ハドゥン族を仲間にして城へと戻って来る前に、知られたくはなかった事実である。

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