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第百二十話 完璧な筋書き

「祖父上、正直申し上げますが貴方の考えは理解できませぬ。しかし、互いの利益のために協力し合う事は出来るはず。私に兵を貸して頂けたのなら、その恩は必ずやお返し致します。どうか我等に救いの手を」


 ナセテムはそう言いながら、膝を床へと着けた。そして頭を下げて、頼み込んだのである。


「あ、兄上っ。そこまでしなくともっ!」


 デュオは驚いていた。人に頭を上げるような人間ではないと、知っていたからである。


「我等兄弟の命運は、祖父上の手にかかっているのだ。お前も頭を下げぬかっ!」


 相手を圧倒する勢いで、ナセテムは声を荒げた。意地や誇りなど、この男にとっては対して気にも留める事のない些細なものなのかも知れない。もしくは、そんなものさえもかなぐり捨ててでも得たいものがあるのか。きっとどちらかなのであろう。

 デュオは兄の見たこともないような険しい顔つきに、黙って従うしかなかった。自分達の立場を判っていない訳ではなかったのである。しかし一国の王子として生まれ育った故に、膝を床につけ頭を上げるという行為そのものに抵抗があったのだ。だが兄であるナセテムがそうしている以上、自分がしない訳にもいかなかったのである。


「ナセテム、デュオ。頭を上げろ。お前達と私は同じ血が流れる親族なのだ。それを忘れるな。私はお前達のためなら、何だってするつもりだ。兵が欲しいと言うのならば幾らでも貸してやろう。その見返りも求めやしない。だがな、クレムナント王国の城はそれだけでは落とせんぞ」


 ハイドラは静かに言った。含みを持たせた言い方に、ナセテムが気づいた。


「強力な軍隊を誇るスウィフランドの力を持ってしてまでも、陥落させられないと?」


 ナセテムは立ち上がると、ハイドラへと問いかけた。言葉の真意を探るためである。


「ああ。ラミナント城は、我が軍でも突破できない強力な魔法によって守られている。魔道師達の集団が、いざとなれば魔法を発動するだろう。そうなれば手出しは出来ず、ただ徒労とろうに終わる。幾ら平原を埋め尽くす大量の兵で攻めた込んだとしても、魔法を解除出来なくば全ては無意味に終わる」


 そう語るハイドラの表情は、何処か憎しみに包まれているようだった。喉の奥から手が出るほどに欲する国が、決して己が物にならない理由なのであるからだ。 

 ナセテムとデュオは初めて聞いたのである。自分達の城がスウィフランドの軍隊でも突破できない強力な魔法によって、守られている等とは初耳だったのだ。


「そんなの全く知りませんでした。祖父上様、それは本当なのですか?」


 デュオがハイドラへと問いかけた。如何に自分の祖父の言葉だとしても、すぐには信じられなかったのである。


「間違いない。我が国が同盟を結んだのも、はっきり言えば、その魔法の解除方法を探るためだったのだからな。あの城を陥落させる事が出来るならば、どうの昔に私が自ら兵を率いてやっているのだ。だがどれだけの密偵を放っても、全くと言って良い程情報が掴めない。恐らく魔道師達は独立した機関として、王家や民衆からは距離を置いてその魔法の秘密を隠しているのだろう」


 ハイドラがそう言うと、僅かに赤茶色アガトの瞳の中に悲しみを見せた。だがナセテムとデュオが気づくことはなかった。


「そうだったのか...だから父上は魔道議会の過大な権力に目をつむっていた訳だ」


 ナセテムは、物分りの悪い弟の横で妙な納得をしていた。クレムナント|《王国》というだけあって、王の力は常に絶大だったはずである。貴族は王の政策に従い、民はそれを支える。しかし魔道議会との関係になると、そうはいかなかったのだ。

 議会は王家とは独立した機関で、王の下にあるものではない。生まれてからそれが普通の事のように存在していたからこそ、ナセテムはそこに気づけなかったのである。


「そう言う事だ。恐らく今はまだ議会の連中も、どの王子に付くかは決め手はいないだろう。だが無闇に兵を動かし刺激すれば、城を守るために奴らも決断せざる負えなくなる。そうなれば自然と、城を手中に収めている第五王子のシュバイクに味方する事となるはずだ」


 ハイドラは冷静な分析をしていた。現実を少しづつ、二人につきつけていったのである。


「くっ、そうなればシュバイクが一歩も二歩も、我等より玉座へと近づく訳か」


 ナセテムは奥歯をかみ締めるような、苦い顔つきをしていた。何よりもこの男が欲しているのは、王位なのである。玉座を手に入れるためならば、どんな事でもするつもりなのだ。そのためにあらゆる策を巡らせてきた。己の守護騎士までもを犠牲にしたのも、ナセテムなりの考えがあったからこそである。しかし現実は、思った以上に甘くはなかった。


「そ、そんな...まさかシュバイクはそこまで計算してて?」


 デュオはナセテムの思案から何歩も遅れていた。だがそれは、愚鈍である以上に、考え方の方向性が違うからである。だからこそ、兄が聞かなかった事を口にしたのだろう。


「いや、そこまで考えての行動ではないはずだ。あれは何かしらの私怨しえんがからんだ、衝動的しょうどうてきなもの。そんな気がする。祖父上、教えて頂きたい。我等が王家の椅子へと座るには、如何どうすればよいのですか?」


 ナセテムは、ハイドラに教えをう姿勢を見せた。人に頭を下げる男ではない。それは確かなのだ。


魔道議会まどうぎかいの連中はハル・エルドワールの意思に従い、王家のいさかいには距離を取るはずだ。しかし城が危険になれば別の話。ならば、王家のいさかいとなる範囲内で決着けっちゃくをつけるのが望ましいだろうな」


 ハイドラは思った以上に、クレムナント王国の内情に精通していた。しかし今、その事に疑問を持つ者は居なかった。

 

「それは幾らなんでも無理なのでは?」


 ナセテムが問いかけた。答えを探るが故に、見えなくなっているものがあるのだろう。そんな二人にハイドラは、非常に難しい道を提示した。


「無理ではない。お前達はクレムナント王国の王子なのだ。まずは堂々と部下を率いて、ラミナント城へ帰ればいい」


「なっ!?城に帰ると?そんな事上手くいくはずがっ」


 デュオは無意識に声を上げた。城から脱出したのは、己の身を守るため意外の何物でもないのだ。それをむざむざと戻れば、殺してくれと言わんばかりの事だと。そう思ったのだろう。


「上手くいくさ。お前達はシュバイク王子が欲しいものを持っているのだからな」


 ハイドラはそう言いながら、にやりと笑った。


「欲しいもの?」


 デュオは無邪気な顔で問いかけた。それに答えたのは隣にいたナセテムである。


「戦力...か」


 ナセテムが漏らした言葉。その言葉にハイドラはゆっくりと頷いたのである。


「そうだ。お前達には私が付いている。第一王子と第二王子が貴族をまとめて戦の準備をするのなら、戦力差はかなりのものになっているはず。そこでお前達がわが国の兵を援軍として呼ぶと言えば、シュバイク王子もその申し出は断れないだろう。そして共に邪魔者を排除した後、最後に城内でシュバイク王子を暗殺すればよい。それで全てが丸く収まる」


 ハイドラは己の脳内に描く筋書きを、ナセテムとデュオに披露した。


「なるほど。そうすれば魔道議会をあざむけるし、味方の兵を難無なんなく城へと引き入れる事もできる。シュバイクと共にレンデスやサイリスを打ち倒した後なら、民も、そして残った貴族達も我等を王位継承者として認めざる負えなくなる。まさに完璧な方法だ」


 ハイドラの筋書きに、ナセテムは活路を見出し始めていた。シュバイクの信用さえ得られれば、後は如何どうとでもなる。そう思ったのだ。

 

「兄上、確かにその方法なら上手くいくかもしれませんね。希望が沸いてきました」


 弱気なデュオでさえも、前向きな態度を見せた。

 こうして同盟国スウィフランドへと逃げ込んだ二人の王子は、これから取るべき策をハイドラの提案したものへと決めた。そして策を実行すべく準備に取り掛かり、この三日後、クレムナント王国へと向けて十名程のスウィフランド兵を率いた部隊がアルテセグオンを出発したのである。

 そしてその中には、十三騎士団を取り纏めるセルシディオン・オーリュターブの姿があった。この男はハイドラから直接、ナセテムとデュオを守るためにとつけられたのである。だがそれは建前で、ある密命を受けていた。

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