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第百十九話 真の反逆者

 至極しごく全うな意見だった。ガルバゼン・ハイドラは狡猾こうかつな男である。勝ち残った方から、最後の利を掠め取ろうと提案したのだ。だが、ナセテムはこれに反論した。


「確かに戦を考えれば、戦略上は祖父上の提案が正しい...しかし、我等は政略上も他の兄弟に勝たねばならないのです。戦いに疲弊した勝者から城を奪い取っても、民や貴族達は納得しませぬ。ならば正々堂々と戦を仕掛け、完膚なきまでに叩きのめす。それこそが真の意味で勝者になるのではないでしょうか」


 ナセテムの赤茶色アガトの瞳は一切ぶれる事無く、ハイドラの赤茶色アガトの瞳を見ていた。互いの視線がぶつかり合い、張り詰めた空気が室内に満ちた。鈍感なデュオでさえも、二人の間の空気が変わった事に気がついたのだ。


「なるほど。あくまでも正々堂々と戦い、勝利を得たいか。そうすれば次の王位継承者として、国内外へと力を示せる。ナセテム、お前はそう言いたいのだな」


 ハイドラはどすの利いた低い声で、ナセテムへと問いかけた。ずっしりと腰を椅子に埋めている男は、血の繋がりのある孫に対して微塵も隙を見せなかった。


「はい。まさにその通りです。祖父上の国は強力な軍隊をお持ちだ。あの邪悪な黒き竜...あれを率いる部隊を貸して頂ければ、私はすぐにでもラミナント城を奪還するために動き出します」


 ナセテムは力強い言葉で言い切った。互いの思惑が交差する中で、最良の選択をしたのだ。だが、現実は思った以上には上手くいかなかったのである。


「それはいささか無理な提案だな」


 ハイドラはナセテムの案を聞くなり、ため息混じりに答えた。


「無理?貸せぬ、と。そう言う事ですか」


 ナセテムの目つきが、鋭さを増した。確かな敵意を感じさせる目である。


「アレはまだ完璧でない。お前達に貸したくても貸せぬ。今回は急務故に、試用段階のものを急遽きゅうきょ遣わしたのだ。黒竜は強力な兵器に成り得るが、扱いもまた難しい。無理な運用をすれば、己の破滅を招く。それ程に危険な物だと理解しろ」


 ハイドラは血気溢れる若き王子をたしなめた。だがそれで引くナセテムではなかったのである。


「何を恐れているのです?強力な力があるならば、使うに越した事はないはず。もしや、アグナマイタ...それが何か関係しているのですか?何か隠している事があるなら、教えて頂きたい。私やデュオは祖父上だけが頼りなのです」


 ナセテムは、オーリュターブが案内役の男と話していた時の会話を思い出した。抱いていた疑問。それをハイドラへとぶつけたのだ。そして血の繋がりを感じているハイドラの心を刺激し、上手く答えを引き出そうとした。


「何故、その言葉を知っている......」

 

 ハイドラの顔色が変わった。予想だいにしない言葉に、不意を突かれたのである。


「ここに来る途中まで、我等を案内していたのは十三騎士団の団長であるセルシディオン・オーリュターブと言う男でした。だが、奴の元に駆けてきた先ほどの兵士が、何かを伝えると、来た道を戻っていったのです。その時、二人の会話から漏れ聞こえてきた言葉。それが、アグナマイタ。ずっと気になっていた。どこか懐かしい聞き覚えのあるような言葉......」


 暫くの沈黙が、室内を包んだ。ナセテムが全てを言い終えると、ハイドラは黙ってしまったのである。そんなデュオは二人のやり取りを、唯静かに見守るしかなかった。

 そして五分近く経った時。やっとハイドラは重い口を開いたのである。


「よく聞け。ナセテム、デュオ。我等水中都市国家は、大きな計画を幾つも同時に進行している。その一つに、人為的に生み出す究極の生物兵器。通称、竜人計画と言うものがある。古の神話の中に、竜になれなかった蜥蜴とかげの話が出てくる......翼を持ち大空を羽ばたく竜を、地から眺めていた一匹の蜥蜴とかげ。恋焦がれるその存在へと近づくために、切り立った崖からその身を投げ出した。翼を持たぬ哀れな蜥蜴とかげは、地面へと打ちつけられてむなしく死んだ。想いを寄せる竜に存在さえも知られる事なく...その蜥蜴とかげを古代の民は、愚か者と呼んだ。だが私は愚かだとは思ってはいない。純朴じゅんぼくなる心に従った、とおとい犠牲なのだと。その蜥蜴とかげを私は決して忘れはしない。そのためにも、竜人計画で生み出された者達にこう名づけのだ。殉教者アグナマイタ、とな。」


 ハイドラがそう言うと、ナセテムの顔色が突如として変わった。察しの良いこの男は、それだけの言葉で何かを理解したのだ。


「竜人計画...?まさか...あの黒竜は......」


 ナセテムは困惑していた。笑い話にしかならないような、信じられない事を頭に浮かべていたからである。


「人間だ。あれは黒竜ではない。黒竜の力を宿した人なのだ。竜人計画とは、人間の体に竜の力を融合ゆうごうさせ、肉体そのものを遥かなる高みへと昇華しょうかさせる事を目的としたものだ。兵士が究極の固体へと進化すれば、戦場ではとてつもない脅威になる。お前達にはその本当の姿を見せぬよう、早々とその場を後にさせたと言う訳だ」


 アイドラは淡々と語った。だがナセテムとデュオは、驚きを隠せなかった。 


「そんな...ありえない...人間に竜の力を宿すなど出来るはずがない!自然の摂理せつりからかけ離れて過ぎている!」


 ナセテムの語気が荒く、そして強くなった。普段から平静を乱さない男である。しかしこの時ばかりは違ったのだ。


「自然の摂理か。そんなものを本当に信じているのか?自然の摂理とは、傲慢ごうまんな神々が生み出した、くだらない規則きそくにしか過ぎないのだぞ。そんなものにとらわれているから、卑屈ひくつ利己的りこてきな世界から抜け出せんのだ。私は違うぞ。神が定めた規則があるならば、それを破り、新たな種を創り出してみせる。それこそが、私に与えられた使命の一つなのだ」


 ナセテムは、対面する男から底知れぬ怒りと憎悪を感じていた。狂気に駆り立てられているようにしか思えない言動が、自分とはかけ離れた思想の持ち主であると実感させたのだ。そしてそんな男が先頭に立つスウィフランドは、一体何を目指して進んでいるのか。それを考えざる負えなかったのである。

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