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第百十八話 ハイドラの思惑

ギィィィガァァァァァアァッッッ!


 黒き化け物は、悲痛な叫びを上げた。千本の剣が無残にも体へと突き刺さり、刃が貫通したのだ。貫通した刃はそのままの勢いで、床へと到達した。化け物の体はもはや、張り付けの状態となってしまったのである。

 そんな化け物の目の前に、オーリューブは着地した。


「まるで蜥蜴とかげの標本だな」


 オーリュターブは冷たい眼で、化け物を見ていた。身体中に突き刺さった剣が、自由を奪っている。それでも尚、何とか脱出しようともがいていた。体を動かして抜け出そうとしているのだ。だがその度に、剣の刃が肉を裂く。傷口は広がるばかりで、大量の血が流れ出ていくだけだった。


グガァッ!ガァァァアッ!


 化け物は鼻先までやって来たオーリュターブに、何とか噛み付こうとしていた。しかし手足を床に固定され、立ち上がる事も出来ずにいるのだ。それはまったくと言っていいほど、無駄な足掻あがきでしかなかった。


「もう少し弱らせておくか。電流ディスベレスト


 オーリュターブは呪文を唱えながら、左手を黒き化け物へとかざした。すると手の平から紫色の電撃が放たれたのである。


ギィィィィィィィィッ!


 凄まじい電流が、化け物の身体を走った。何度も何度もオーリュターブは電流を流し込み、やがて肉が焦げるような臭いが漂った。周囲には煙が立ち込めていた。


流石さすがに強力な雷魔法だな。お前達、吸魂はもう解除してもいいぞ。後は炎を消し、怪我人を運び出せ。それが済んだら、この化け物を別の場所へと移すぞ」


 ピクリとも動かなくなった化け物の前で、オーリュターブは己の放った力に妙な納得をしていた。それはアンタルトンの町で手にかけた、雷鳴の騎士ヴァルヴァロス・ヴァルダートから奪った力である。

 魔法の属性を持たないこの男の体は、一度受けた魔法攻撃を吸収分解し、己の力に変換してしまう特殊な体質であった。


「はっ!」


 騎士達はオーリュターブの指示に従い、迅速に動いた。殆どの兵士は死に絶えていた。だがまだ生きのある者は、すぐさまその場所から運び出されていったのである。そしてその中に、レインフィースの姿もあった。運び出されようとしていた時である。オーリュターブの横を過ぎ去り際に、涙ながらに言った。


「セ、セルシディオン団長...すみません...足を引っ張ってしまって...暫く職務から離れます...ね...」


 腹部からは大量の血が流れ出ていた。致命傷は避けていたのだが、大きな傷が出来ていた。恐らく爪が刺さったのだろう。口を動かすたびに、血があふれ出てきていた。


「さっさと傷を治して現場に復帰しろ。貴様以外に私の元で雑務をこなせる人間は居ないのだからな」


 オーリュターブの目つきは、鋭く冷たいものだった。怪我人にかけるような、優しい言葉でもなかった。それでもレインフィースは、満足げな顔つきで応えた。「は、はいっ」と。

 ついに国家元首の執務室前に着いたナセテムとデュオは、案内役の男に促されて部屋へと足を進めた。


「ハイドラ様。クレムナント王国の王子、ナセテム・ハイドラ・ラミナント様とデュオ・ハイドラ・ラミナント様をお連れしました」


 男は室内に入るなり、やや震えた声で言った。普段は決して足を踏み入れる事のない場所である。この部屋に入るのは、十三騎士団を取りまとめるセルシディオン・オーリュターブと各団の団長クラスのみなのである。 


「そうか...下がってよい」


 室内の奥に配置されている机の向こう側から、低いしゃがれ声が聞こえてきた。すると、案内役の男は頭を上げると、そのまま部屋を出ていった。一度聞いたら決して忘れないような、独特な声質である。

 ナセテムとデュオは視線を周囲へと動かした。ある程度の家具は置かれているが、クレムナント王国の王族の部屋に比べれば質素な物ばかりである。対した飾りつけもされておらず、灰色の壁には肖像がも無ければ風景画もない。床には絨毯が敷かれているが、淡い茶色の目立たないものだ。


「よく来たな。お前達」


 大きなソファタイプの椅子を回転させながら、ガルバゼン・ハイドラは二人に顔を向けた。背後には巨大なガラス窓があり、湖の深遠が広がっていた。

 二人の視線の先にいるのは、獄死獣ドゥラギオノシスの皮で出来た黒銀こくぎんの軍服に身を包む男である。筋肉質のごつごつとした身体と、鋭い目つき、そして堀の深い顔。もみ上げから続く立派なひげと、短く切りそろえられた髪は、異様な雰囲気を醸し出している。


「祖父上、お久しぶりで御座います」


 ナセテムは一切臆する事無く、言った。赤茶色の瞳。がっちりとした骨格。浅黒い肌。どれをとってもよく似ている顔であった。


「ナセテム、デュオ、大変だったようだな」


 ハイドラは二人に言った。気苦労を労ったのである。何が起こったのかを、全て知っているような口調だった。


「はい。末弟まっていが反乱を起こし、私達はまんまと奴の策にめられてしまいました。どうか暫く、ここに身を置かせていただきたい」


 ナセテムは淡々と述べた。しかしその心中は決して穏やかなものではなかったはずである。


「勿論、そのつもりだ。我等は血の繋がりがある家族だ。いつまでだって居てもよいのだ。何か必要な物があれば、いつでも言え。この城を我が家だと思ってすごせばよい」

 

 ハイドラがそう言うと、ナセテムの顔つきは僅かに変わった。張り詰めた弦のように、ぴんと一本の線が空気に通ったのである。


「ならば...私に兵を貸して頂きたい。一万、いや、五千で結構です。それだけの兵を貸して頂ければ、すぐにでもラミナント城を弟の手から奪還してみせます。さすれば父も、私がクレムナント王国の時期王位継承者として、認めざる負えなくなるはず。そうなれば祖父上の国とも、もっと懇意こんいになりましょう」


 ナセテムは、思慮深い男だった。シュバイクが行動を起こした事で、国を出ざる負えなくなってしまったのだ。しかしそれを逆に利用しようとしたのである。だがそのためには、城を取り戻すための兵力が必要不可欠だったのだ。それを祖父であるガルバゼン・ハイドラから、借りようとしたのだった。


「ふむ...兵は貸そう。それは約束する。しかし、今ではない」


 ハイドラがそう言うと、ナセテムは眉をひそめた。


「今ではない?ど、どういう事なのですか、祖父上様」


 口を開いたのは、ナセテムではなくデュオだった。まん丸とした顔に、くりっとした目。押しつぶれたような鼻。国王アバイトにそっくりな男である。


「今、城を奪還したとしてもすぐにまた新たな戦いになる。第一王子のレンデスと第三王子のサイリス。彼らと戦わせてから、勝ち残った方といくさをすればよいのだ。そうすれば無駄な労力を省いて、欲しいものを手に入れる事が出来る」


 そう言いながら、ハイドラは不適な笑みを浮かべた。

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