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第百十七話 業火の中の戦い

「ぼ、僕を弟として認めてくれるのですか?」


 デュオはナセテムへと問いかけたのだ。同じ親から生まれたとは思えないような、性格の違い。得体の知れない威圧感を醸し出す兄に、この弟は常に恐怖を抱いていたのである。だがそんな恐怖心の中にあったのは、到底自分には叶わない願望であった。

 人の顔色など伺うこともなく我が道を突き進む兄を、実の所は誇らしくさえ思っていたのである。そして誰よりも、憧れていた。だからこそ、どんなに酷い言葉を投げかけられても耐えてこれたのだ。


「勘違いするな。私はお前と兄弟ごっこをするつもりなどない。所詮、血の繋がりなどあってないようなものなのだからな......そこの者、死にたくなければさっさと祖父上の元へ案内しろ」


 ナセテムはデュオへと意味深な言葉を投げかけると、足元に座る男へと視線を戻した。そして国家元首であるガルバゼン・ハイドラの待つ執務室へと案内をさせたのである。

 二人の王子が最下層へと続く通路を歩いている頃。来た道を戻っていったセルシディオン・オーリュターブは、悲惨な状況となっている格納庫へと辿り着いていた。

 そこはあたり一面、血の海である。四肢がもげた兵士の亡骸が、至る所に転がっていた。まだ息のある者も居るが、命の炎が消えるのも時間の問題のようである。弱弱しい息遣いが、微かに聞こえてくる程度だからだ。

 オーリュターブは床に転がる兵士達に目もくれずに、前へと歩を進めた。視線の先では、黒き影が残像だけを残して動き回っているのだ。素早い動きで騎士達を翻弄し、急所目掛けて爪を振り抜いていく。しかし、そんな攻撃を紙一重で回避しながら、次々と魔法を唱えていく。


吸魂ヴァロメセント!」


 暗黒騎士達が空いた左手の平を向けると、どす黒い瘴気が放たれた。吸魂術であるこの技は、対象者の生命力を吸い取り己がものとするための魔法である。本来なら他者の魔力を吸い取る、自分の肉体に吸収するというのは拒否反応が起こりえるために不可能であるのだ。だがそれを可能にしたこの技は、恐らく自然の摂理からかけ離れたものなのである。


グガァァァァァァァッッッ!


 化け物となった男を取り囲む騎士達の手からは、黒き瘴気が一本の線となって伸びている。十人程が同時に吸魂術をかけ、敵の生命力そのものを一気に削り取ろうとしているのだ。そして吸い取った力を己の魔力へと変換し、吸魂ヴァロメセントはさらなる威力を増していく。

 これこそが、暗黒騎士たる所以の戦い方である。敵を弱らせると同時に、己を強化するのだ。これほど戦闘時の魔力消費効率が良い戦法はない。だが問題は、何時、敵の生命力が切れるかと言う事である。それまで如何なる攻撃もかわしきり、生き延びなければならない。一人欠けるだけでも、その勢いは如実に落ちるからだ。

 だが彼らの誤算は別の所にあった。スウィフランドの暗黒騎士達が操る黒竜の最大の武器は、どんなものも消し炭に変えてしまう恐ろしい業火を体内で生成し、吐き出すと言う事である。

 半竜人の男はうなり声をあけると、大きく口を開けた。


「まずいぞ!火炎だ!吸魂障壁に切り替えろ!」


 暗黒騎士の一人が声を張り上げた。仲間へと危険を知らせたのである。


「だ、だがここで吸魂ヴァロメセントを解除すれば、吸収した力が逆流してしまうぞ!」


 別の騎士が言った。それはもっともな意見であるのだ。敵の生命力そのものを削り取るという強力な魔法故に、扱いも非常に難しいのである。

 相手の力を取り込む際に、手から放たれた黒い瘴気が互いの魔力ハールを繋いでいる役割を担っているのだ。それを不用意に切断すれば、繋がっていた自分の魔力が相手側に引っ張られてしまう可能性がある。魔法としての威力も高いが、その反面危険が伴う諸刃の剣そのものであった。

 暗黒騎士達が吸魂ヴァロメセントを吸魂障壁に切り替えるか否か。僅かに戸惑いを見せた。だがそんな戸惑いを見計らってなのか。人成らざる者となった男は、周囲三百六十度全てを焼き払う業炎を一気に吐き出した。すでに魔法を切り替えるには、手遅れだったのである。 

 巨大な黒竜が数頭入り込んでも、十分に余裕のある広さを確保出来る場所であるのだ。その場所が、炎に包まれていた。肉の焦げる匂いが充満し、熱せられた空気は閉ざされた空間内で逃げ場を無くしていた。だがしかし、そんな地獄のような場所に居るにも関わらず、吸魂ヴァロメセントをかけ続ける騎士達は無傷で立っていた。

 まだ辛うじて息がある床に転がっている者達でさえも、炎に体が焼かれる事はなく、生き延びていたのである。


「こ、これは...!暗黒神の加護!?ま、まさか!オーリュターブ団長!?」


 暗黒騎士の一人が、驚いた顔つきで周囲を見渡した。炎が燃え盛り、視界をさえぎっていた。だがその中に、男が確かに肉眼で確認出来た。その影は人成らざる者となった男へと近づいていく。それを騎士達は、見守るしかなかった。

 

「お前達は吸魂ヴァロメセントで生命力を削り続けろ。コイツは私が生かしたまま捕らえる」


 業火の中に現れたセルシディオン・オーリュターブは、一歩一歩敵に近づいていく。その頭上には数千本の剣を身体に突き刺した女神にょしんの悲痛な姿が、光と共に浮かび上がっている。

 恐らく、オーリュターブが何らかの魔法によって具現化した実像である。女神から放たれる力が、暗黒騎士やまだ息のある者達の身を、業火から守っているのだ。


グルルルルルルルルゥゥゥゥ!


 突如として現れた一人の男に、半竜人と化した化け物は敵意をむき出しにした。すでに今の姿からは、元が人間だったとは想像できない。それほどに原型を失っていた。

 二足歩行なのは変わりないが、尾骨びこつが伸びて長い尻尾に変化している。顔は鱗に覆われて、形だけが人間のものである。鼻や口、眼はすでに竜そのものであった。

 オーリュターブは何の戸惑いも見せずに、敵へと近づくと、腰元から一本の剣を抜き去った。禍々しい瘴気が放たれる黒き刃である。


「素晴らしい。たった一人のアグナマイタが、十三騎士団の暗黒騎士をここまで追い詰めるとは...これは何としても我が国の力とせねばな」


 オーリュターブは静かに呟くと、五メートル近い巨躯となった化け物の目の前へと立った。


グアアアアアアアアアアアッッ!


 相手の領域へと足を踏み入れた事で、化け物となった男は猛々しい咆哮を放つ。そしてオーリュターブへと目掛けて、襲い掛かった。

 初撃は、オーリュターブの胴体へと向かって振り抜かれた爪である。常人ならば回避など無理に等しい速さであるのだ。しかし、腰を落として身を屈めた事で、悠々と避け切った。そこから一気に股下へと走り込み、足の内側を通り過ぎ様に剣を振り払った。


ギィィィィィィィィッ!


 明らかに鋭い痛みを感じたのであろう。化け物は右の足のけんを斬られ、方膝を床に付けた。だが背後へと回ったオーリュターブの存在を感知し、尻尾ですぐに反撃したのだ。だがこれを華麗な剣さばきで見事に切断すると、そのまま尻尾の根元から背中を駆け上がったのである。そして、化け物の頭上高くに飛び上がった。

 

暗黒の女神よアヴィル・ミィ・ダゥブド闇の力をアンザル・ザモス・怨敵に示せメーガス・ジェンガ!」


 高らかな声で呪文を唱えると、オーリュターブの上に浮かぶ女神像から数千本の剣が放たれた。女神は耳をつんざくような甲高い悲鳴を上げながら、身体に突き刺さった剣の全てを開放させたのである。そしてその剣が、敵目掛けて容赦なく降り注いだ。

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