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第百十二話 小さな国の物語

 昔々、ある平原に小さな国がありました。その国には王様がいました。国といってもそれは小さな国です。平原に立ち並ぶ家々は木とわらでできた簡素なものばかりでした。


 そんな小さな国に旅人がやって来ました。男と女の旅人です。彼らはやって来るなり、こう言いました。「私達は悪い奴等に追われています。数日の間だけ、ここでかくまっていただけませんか」と言ったのです。優しい王様は困っている人を見過ごす事が出来ませんでした。なので、その旅人の申し入れをこころよく受け入れたのです。


 それから三日が経ちました。その日の夜の事です。平原に立ち並ぶ家々に突如として、火が放たれたのです。木とわらで出来た家は、風に吹かれて勢いよく燃え上がりました。そして次々に炎は燃え広がっていったのです。王様は部下をすぐに指揮し、人々を助け出していきました。しかしそれは只の始まりにしか過ぎませんでした。


 武器を携えた何者かが、燃え盛る家々の隙間をぬうようにして攻め込んできたのです。その数は優に三百人を超えていました。逃げ惑う人々を容赦なく切り殺しながら、中心部へと進撃してきます。それに王様は部下を率いて対抗しました。だが最後はついに多くの敵に囲まれ、数人の部下と共に捕まってしまったのです。


 王様の前へと姿を現した敵の大将は、こう言いました。「この地に伝わる秘宝の在り処を言え。さもなくば、お前の仲間を殺す」と。冷酷なまなこでした。それに、王様はこう答えたのです。「秘宝だと?そんなものは存在しない」と言ったのです。


 この小さな国には、ある伝説がありました。それは遥か昔、この地で生きる人々が神より授かった秘宝で、大地を切り開き、湖であったこの場所を平原に変えたのだと言うものです。


 それは子供を寝かしつける親が言い聞かせる、昔話の類でした。それをあたかも真実かのように、敵の大将は言ったのです。


 「白を切るならばそれでも良い。己の過ちを後悔させてやる」と言った男の顔は、殺意に満ちていました。そして兵士達へと指示を出すと、王様の横に並んでいた者達を地面に打ち付けた棒へとくくりつけたのです。そして彼らの足元にわらまきを置かせたのです。そしてそれに火をつけました。


 うめき声が周囲へと響き渡ります。地面に打ち付けられた木の棒へと、くくり付けられた者達は、悲痛な叫び声をあげ続けたのです。それを王様は、涙を流しながら見ているしかありませんでした。


「どうだ。秘宝の在り処を言う気になったか?」敵の男はそう言いながら、ほくそ笑んでいました。王様はそれでも知らぬ存ぜぬを突き通したのです。実はその秘宝が悪い者の手に渡れば、大変なことになると判っていたからなのでした。すると敵の大将の背後から、二人の人間が歩き出てきました。


「強情な男だ。まだ白を切ると言うのか?」と、歩きできた内の一人が言いました。王様は驚きました。その男はなんと、三日前にこの国へとやってきた旅人の一人だったのです。その横には同じようにやってきた旅人の女が立っていました。


「私を騙したのかっ!」王様は叫びました。憎しみと怒りが胸を締め付けていました。王様の言葉に、男はこう答えました。「五月蝿うるさい男だ。さっさと秘宝の在り処を言え。でなければ、後悔する事になるぞ」と。しかし王様は秘宝の在り処を言う事はありませんでした。そこで男は兵士に指示をだし、王様を拷問したのです。それは耐えがたい苦痛だったでしょう。両腕を切り取られ、足は粉々につぶされました。片目は抉り取られ、両の耳は切り取られたのです。


 王様はすでに王様であるとは、もうわからない状態でした。息もかろうじてしているだけの、肉の塊です。そこでもう一度、男は言いました。「秘宝の在り処を言え。さもなくば、捕らえた女や子供をお前の目の前で焼き殺しにしてやるぞ」と。その言葉が、最後の決め手となったのです。王様は喉の奥から搾り出すようなか細い声で、こう言いました。


「分がった...だがら...民には手を出ざない...でくれ......秘宝は...わだじの...なかにある...秘宝は...物ではない...秘宝は...言葉...だ...天地を創世そうせいする...魔法なのだ...」そう言いながら、王様はその魔法の言葉を、ついに口にしたのです。それを聞いた男は、歓喜しました。隣にいる女へと、その魔法の効力を確かめさせたのです。すると大地が割れ、そこから水が噴出しました。そして、火に包まれた建物を一瞬で消し去ったのです。


「ははははっ!これだ!この魔法だ!やったぞ、ついに手に入れたぞ!これで私は王になる!」男は、そう言いました。その後程なくして、王様は処刑されました。捕らえられた小さな国の民は奴隷となり、死ぬまで働かされました。火が放たれたときに逃げ出した数百名の者達は、復讐と奪われた大地の奪還を胸に誓い、森へと逃げたのです。


 そして平原に新たな国が生まれました。それはそれは強大な力を持つ国です。周囲にそびえる山々には豊かな鉱石資源が眠っており、その資源を糧にどんどんと国は大きくなっていきました。近隣の土地を治める諸侯は次々とその国の支配下となり、それから数百年の間栄華を極めました。


 森へと逃げた生き残りの民達は、その数百年間、憎しみと怒りを糧に戦い続けたのです。彼らは自分達の存在を偽り、必死に生きました。いつか必ず王様と仲間の仇をとるために。そして自分達の故郷を取り戻すたに、諦めずに強大な敵に必死に抗ったのです。


 だが結局、大地を取り戻すことは愚か、復讐さえもできませんでした。互いが互いに憎しみ合いながら、血を流し続けたのです。終わり無き戦いを繰り広げる両者は、戦う理由さえも見失い始めていたのかも知れません。憎しみと怒りだけが先行し、それら以外のもの全てを過去に置き去ってしまったのです。


 シュバイクは、涙を流した。モルナに手渡された本を読み終えると、その場に膝を落としたのである。


「そんな...こんな悲劇が...クレムナント王国の始まりだなんて......」


 隠された真実の一端だった。何故、言語の違うハドゥン族が、そのような本を持っていたかは判らない。だがその本の最後のページには、こう書いてあったのだ。《王国の秘密・狙われた秘宝。著者マイル・アーヴィン》。


 この男の名を見た時、シュバイクはある事を思い出した。それは幼き日に、母であるレリアンがよく寝る前に呼んでくれた様々な本の著者の名が、そのマイル・アーヴィンであったからだ。彼は嘘の魔術師言われており、王国内で出版されている様々な童話の原作者であった。


 彼の童話は数百ものお話で、それぞれが独立した物語になっている。しかしその背景にある世界観はどれも秀逸でつながっているのが、特徴だった。彼は数百年前に存在した実在の人物だといわれているが、ほぼ毎年何かしらの新刊が出版されている。それは彼の名を使って本を出せば、多くの人々に読んでもらえるからである。だからこそ、多くの書き手が名を使っているのだった。


 本当にマイル・アーヴィンが書いた本であるならば、相当な価値のあるものである。それを何故、モルナが持っているのかが、シュバイクには不思議だった。


「ウィリシス兄さん。これを読んでみてください」


 シュバイクは自分が読み終えると、隣にいたウィリシスへと手渡した。それに目を通すと、青年の顔つきは明らかに変わったのである。


「な、何故この本がこのような場所に......」


 ウィリシスは驚きのあまりに、声をだして言った。だがすぐにそれを後悔したのである。


「その本を知っているのですか?」


 シュバイクは問いかけた。だがウィリシスは口をつぐんでしまった。その本に書かれている内容こそが、密かに抱くモルナへの殺意の理由だったからである。

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