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第百二話 生か死か

 セリッタは生き残るために、何とか相手を必死に説得した。しかし、それは死を一時的に引き伸ばす程度にしかならなかったのである。


「エネシクヨギサイ。ルナトラカチノラレワ、ハイシマタノチタエマオ。ダリワオウモハシナハ!」


 ハドゥン族の族長は、手に持つ斧を振り上げながら叫んだ。そして、セリッタの細い首目掛けて、振り抜こうとしたのである。だが、その時であった。


「うあああああっ!」


 ライトイエローの短髪の青年が、後ろでに手を縛られた状態のまま立ち上がり、敵へと目掛けて体当たりしたのである。地面へと押し倒されたハドゥン族の族長は、相手を振り払おうと必死にもがいている。だがウィリシスが必死に抵抗し、何とか時間を稼いでいるようであった。

 一瞬何が起こったか分からなかっただろう。セリッタは恐怖のあまり、まぶたを閉じていた。しかし目を開ければ、ウィリシスが男へと飛び掛り、自分を守っていたのだ。

 だがそれも、一時的なその場しのぎにしかならない。それを分かっていても尚、この青年は動いたのだ。最後の最後まで生きる事を諦めてはいなかった。


「ウィガマル!ゴァツゴ!」


 族長の男が叫ぶと、周囲で見物していたハドゥン族の者達はさらなる熱気に包まれた。各々が奇声のようなものを上げ、二人をあおっているのだ。

 それがセリッタには不思議だった。普通なら助けに入るはずである。自分達の一族を纏める族長が、生贄の抵抗にあっているのだ。それなのに誰一人として、その場から動く者はいなかったからである。

 ウィリシスとハドゥン族の族長は揉み合いながら、地面を転がっていく。


ウィーハッハ!アルダマルッ!ウィーハッハ!


 謎の掛け声が飛び交う。二人の男は一歩も引かずに、相手へと何とか攻撃を加えようとしている。ハドゥン族の族長の手には、斧が握られたままである。しかしそれをもって敵を倒すには、互いの体が密着しすぎていた。さらには転がる度に下から上、上から下へと体の位置が変わる。上手く攻撃を加えるポジションを維持できずに、苦戦していた。


「うがあぁぁぁぁぁっ!」


 ウィリシスは後ろでに手が縛れたままである。それでも何とか体全体を使い、敵を抑え込もうとしている。そして自分が唯一武器として使えるであろう、口をもって敵の斧を奪いとろうとしたのだ。


「アルガダッオホアカッソ!」


 ハドゥン族の族長の男は、悲痛な顔つきであった。それは斧を握る右手の手首に、ウィリシスが噛み付いたからである。あまりの痛みに、ついに武器を地面へと落とした。

 だがそれで引く男ではなかった。空いた左腕で相手のわき腹を殴りつけたのである。何度かの打撃の後、ついに青年は相手から離れた。


「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」


 ウィリシスはすぐに体勢を立て直し、その場で立ち上がった。そして地面へと落ちた斧へと視線をやると、一気に飛びついたのである。


「アガルハッザオカトッ!」


 相手に簡単に武器を渡すはずがなかった。ハドゥン族の族長は、駆け出したウィリシスの足を両手で掴み、転ばせたのである。


「うぐぁぁぁぁっ!」


 前日に雨が降ったせいなのか、地面はぬかるんでいた。ウィリシスは泥に塗れながらも、這い進もうとした。それを防ぐべく、後ろから足に掴みかかった男。

 斧はウィリシスの目の前にあった。顎を地面へと抉りこませて、何とか前へと進む。そしてついに、その口で柄を噛んだのである。そして身体をねじらせながら、一気に振り向いた。

 広場は騒然となった。そして暫くの沈黙が、周囲を満たす。


「グガアッハァッ...ゴフガッ......」


 顔の右側面に突き刺さる斧の刃。頭蓋骨を砕き、斧はハドゥン族の族長の頭部にめり込んでいた。自分の足にしがみ付く男へと目掛けて、斧を振り抜いたのである。


「ぐぅぅぅぅぅああああぁぁぁぁっ!」


 ウィリシスは相手の頭部に刺さった斧を引き抜くと、さらにもう一撃加えた。


「ひぃぃっっ!?」


 ラミルは、恐ろしい形相で斧の刃を打ち付けるウィリシスの姿に恐怖した。血が飛び散り、骨が砕かれる鈍い音がする。そのまま地べたへとつくばる男へと、さらに攻撃を加え続けていた。

 クレムナント王国の騎士とは到底言えない、あまりにも見るに耐えない戦い方である。しかし戦場で生き残る事とは何かを知っているからこそ、心を鬼にしてでも相手の息の根を止めにかかったのだ。


「はぁっ...はぁっ...はぁっ...はぁっ......」


 ウィリシスの息は上がっていた。顔には泥と血が飛び散り、それが交じり合っている。斧の柄をくわえる口からは、血が流れ出ていた。斧を振りかざした時の勢いで、口内が切れたのであろう。

 血まみれとなった姿で地面に倒れ、動かなくなった男。八発目の斬撃を加えた後、ウィリシスは相手が完全に力尽きたのを感じたようである。斧を口から放すと、自分の足で受け止めた。それを上手く背後へと回し、手を縛る縄を切り放したのだ。

 そしてすぐにセリッタの縄を解き、次にラミルの縄を解こうとした。だがそのラミルに触れようとした時、ウィリシスから逃げるように身を引いたのである。


「ひ、ひぃっ!い、いやっ!こ、こないでぇぇっ!」


 恐怖に飲まれ、恐れを抱くものの顔つきであった。少女の白い肌には、飛び散った血がべったりとついていた。ローブの一部が不自然に濡れており、あまりの恐怖に失禁してしまったようである。


「ウィリシス、私に任せて」


 セリッタは少女の肩を優しく抱くと、縄をゆっくりと解いた。その母のような柔らかい腕の中で、少女は泣きじゃくっていた。

 ウィリシスは手に持つ斧を構えると、周囲を取り囲むハドゥン族を鋭い目つきで睨み付けた。捕らえられた時に魔鉱剣まこうけん魔力指輪ハール・リングを奪い取られたために、己の肉体のみを頼りに戦わねばならなかったのだ。だがあまりにも数が多すぎた。

 いくら王国騎士であろうとも、魔力ハールを肉体から開放出来ない状態では、魔法の使えない生身の人間と同じである。それを分かっていても、戦う姿勢は微塵みじんも変えなかった。強い精神力と肉体を兼ね備えた男である。

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