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加筆 6 夢の奥へ④

 クレムナント城南西にある砂岩地帯の盆地では、壮絶なる戦いが繰り広げられていた。

 第一王子レンデスと第三王子のサイリスが率いる部隊は、数十倍の敵に囲まれ、孤立無援の戦いを強いられていたのである。

 押寄せてくる敵の攻撃が緩む絶妙のタイミングで、騎士が外へ向け突撃を繰り返す。巧みな連携攻撃により、何とか防ぎ切っているといった状況である。

 百人居た騎士は半分ほどが何らかの傷を負い、その内半数は戦力とは言いがたいほどの深手を負っていた。

 光魔法により身体から湧き出る純白の魔力ハールを、攻守に切り分け数多の敵をなぎ払う騎士だが、徐々にその力の源である波道が弱まりつつあるのは敵から見ても歴然であった。


「まもなく日が落ちますっ。ハギャン隊長!夜になれば奴らが有利に!」


 その男は一際大柄でいて、肉体から発する凄まじいほどの純白の光は他のどの騎士よりも強烈な輝きを放っていた。眼前に迫る敵目掛けて分厚く長い魔鉱剣を振りぬくと、一撃で数人の胴体が切り裂かれていく。


「ウゥラァッ!ドゥラァァ!分かっているわ!ちっ...きりがないっ!このままでは押し切られるのも時間の問題かっ。次の攻撃が来る前に、負傷者を陣の中心へ運べっ!」


 辺りを見渡すと、周囲には無残な姿になったハドゥン族の戦闘兵が折り重なり大地を埋め尽くしていた。鎧から血なまぐさい臭いが、纏わり付いて離れない。


「うぅぅぅ...あっ、ぐぅあっ......」


 絶命こそ免れた命が、死の淵にいる敵と味方の呻き声と重なりあっていた。


「レイノルフッッ!!負傷者の手当てをっ!」


「任せろ!聖なる光よエリュ・ディンケ・エンドライト我らを癒したまえ・フラン・ティーアス


 陣の中心地点で王子二人の守備に徹していたレイノルフ・シュルイムは、高等治癒魔法を唱えた。自身を包み込む光を、他者の肉体を治癒する力へ変える変換魔法の一種を融合させた魔法である。

 美しい純白の光が、傷ついた騎士達の肉体を癒していった。


「まっ、待て!シュルイムは俺達を守るのが役目だろうがっ!傷付いて動けぬもの達など捨て置けぇっ!」


 突然の敵襲に対処できずに、うろたえながら唯見ている事しか出来なかった男が突然怒鳴り始めた。

 それは第一王子のレンデスであった。半ば錯乱状態に陥っているのか、凄まじい剣幕で騒ぎ立てているのだ。

 引きつって強張った顔。紫の瞳を見開いて、弟の守護騎士へと食って掛かったのである。


「あ、兄上っ!どうか落ち着いて下さいっ!」


 隣では血相を変えた弟が、兄を必死になだめようとしていた。


「レンデス様、貴方は部下を見殺しにしろと言うのですかっ!?」


 シュルイムは、思わず声を荒げた。己の身の安全しか考えられないレンデスへ、怒りを露にしたのである。

 普段は温厚な男である。決して一時的な感情に流され、理性を失う者ではない。


「こやつ等を囮に使ってここから脱出すればいいのだっ!貴様等の役目は王子である俺達を守る事っ!主である我等と、血の契約を結んでいるを忘れるなっ!」


 騎士達の治療に当たるシュルイムへと、威圧的な態度で言い放った。眼球が飛び出んばかりに見開いており、レンデスの口からは吐き出した言葉と共に飛沫が散る。


 血の契約とは、最上級魔法の一種である。

 それは代々ラミナント家と、王と王子を守護する騎士の間で結ばれてきた契約であった。

 第四代クレムナント国王である、ヘントゼル・ラミナントは、王族を守る立場にある騎士の裏切りにより命を落とした唯一の王であった。最悪の事態を繰り返さないため、王位を継承した第五代国王ファンディヘン・ラミナントは、魔道議会に決して主を裏切る事の出来ない契約魔法を創りださせた。それこそが血の契約である。


 この契約魔法は、王子と守護騎士の間で結ばれており、自分の守護する者を決して裏切る事が出来ない仕組みになっているのだ。


「私が死命を共にする契約を結んだのは、貴方様では御座いませぬっ!私の主であるサイリス様が、そう仰なら部下の治療を止めましょう!」


 その瞬間、激情に駆られたレンデスは魔鉱剣を振り上げた。


「我はラミナント家の長男レンデスであるぞっ!契約がなくとも、貴様の命など如何様にもできるっ!」


「お止めください、レンデス様っ!大事な戦力を自らの手で減らす気ですかっ!」


 陣形の外延部で部隊の指揮に当たっていたハギャンが、王子の放つ魔力ハールに異変を気づいたのである。騎士達を押しのけて、戻ってきた。


「黙れえっ、ハギャン!お前も俺に逆らう気かっ!?お前は俺と血の契約を交わしているのだ!それを忘れた訳ではあるまいなっ!」


「勿論、忘れてはおりません!しかし、敵に囲まれた今の状況下ではあまりに危険まそれを解ってくださいませっ!」


 ハギャンはそう言いながら、己が跨る魔獣をレンデスとシュルイムとの間へと割り込ませた。


「黙れぇぇいっ!傷を負った使えぬ奴等を囮にして、我らを逃がせばいいだろっ!これは命令だっ!」

 

 レンデスは振り上げていた魔鉱剣を、目の前にいるハギャンの鼻先へと向けた。

 剣を突きつけられた男は、獣のような鋭い目つきで主の顔をじっと見つめていた。 

 

 有利な地形でこちらを包囲する敵を破り、逃げるのは容易な事ではない。それに、敵がクレムナント王国の王子を目の前にして、傷ついた騎士が囮になるはずもなかったのである。

 もしこの場から脱出を図るに唯一の機会があるとすれば、それはナセテムの部隊が鉱山を攻撃した時に生まれる敵の指揮系統の乱れを付く一点のみである。

 だからこそ、今は何があっても敵の攻撃を耐え凌がなければならないのだ。

 

 しかしレンデスの言う通りにしなければ、何をしでかすか分からない。それは誰の目にも明らかだった。

 ハギャンはあらゆる犠牲を払う覚悟を決めなければならなかった。

 あまりにも一方的な主従関係を築いてきてしまった自分の過ちに、今、やっと気づいたのである。


「ハ、ハギャン隊長っ!あれをっ!」


 波紋の陣の外円部で、次の敵の攻撃に備えていた騎士が、西の丘陵に輝く一筋の閃光を指差した。

 紅い夕日を背に、美しい線を描きながら一直線に進んでいく。


「テェアッ!ハァッ!ハァッ!」


「イェァッ!ハァッ!ヤァッ!」


 美しく力強い純白の光りにが身を包む。魔獣ガルディオンを丘を駆け上がっていく。


「シュバイク様っ!光の魔法で、全身を包みこんでいます!私から離れすぎませぬように!」


「はい!」


「邪念は振り払うのですよ。剣を握る拳に込める魔力はつねに一定量を維持!全身を包む魔力の波動に意識を向ける!斬撃を繰り出す際の魔力は刀身に!魔力指輪ハールリングから魔力を全身に行き渡らす過程で大事なのは速度と量!これらを常に意識しながら剣を振るうのです!」


「分かりました!」


 シュバイクは、右目を失ったウィリシスの死角をカバーする。互いの速度を合わせ、並走して進んでいく。

 緊張と不安、そして後悔の念がシュバイクを締め付ける。そんな主の想いをウィリシスは瞬時に察していた。


「シュバイク様!無事に帰還し、レリアン様に笑顔を見せよう!」


 迫る敵の陣前に、シュバイクの意識を集中させた。一番の鼓舞になると言葉である。


「はいっ!」


 シュバイクが放つ魔力が、力強さを増した。純白の光はより大きな光りの塊と化し、体を覆いこんだのである。


 ハドゥン族の本陣は、地面へと打ちつけられた木の柵によって囲まれていた。柵の中にあるのはカーイブと呼ばれる物で、簡単に言えばテントである。それが数十個ほど張られていた。

 しかし侵入者を警戒してか、入り口は堅く閉ざされている。柵は三メート程あり、外へと向けて尖った木の先端が突き出ている。


「ウァァァァァッ!」


 シュバイクは己を奮い立たせるために、一際大きな声を張り上げた。そしてその勢いのまま、ガルディオンを跳躍させたのである。

 見事に柵を跳び越えた。それにウィリシスも続く。夕焼けを背後に、強大な光り放たれる。


「あの光りはナセテム様の部隊か!?別働隊で敵本陣に奇襲をかけたか!?よしこの好機を利用すしない手はないな。シュルイムっ!お前はレンデス様とサイリス様を連れてここから脱出しろ!」


「なっ!?ハギャン、大丈夫なのか!?」


「逃げるならば今しかない!我等が囮になる!お前の部下も必ず連れて帰る!さぁ行けっ!」


 シュルイムは歯がゆい思いを抑えんだ。


「残った力を搾り出せぇっ!レンデス様とサイリス様を逃がすためにも、派手に暴れて敵を引きつけねばならん!我等クレムナントの騎士の力、見せてやるのだっ!行くぞ、全軍突撃!」


 レンデス、サイリス、シュルイムが駆け出したのと同時に、ハギャンは味方へと突撃命令を下した。

 水面に落ちた水滴が、波紋を作るように、一気に陣の輪を広げたのだ。そして周囲の敵へと襲いかかる。敵味方入り乱れた、乱戦となったのだ。

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