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第九十五話 運命の悪戯

「大丈夫かっ!?」


 零は倒壊した一軒の家の前に居た。木材と石が押し重なり、元の形を想像出来ないほどに無残に崩れていた。しかしその瓦礫がれきとなった山の中から、助けを求める声が聞こえてきたのである。


「助けくれぇっ...ここだっ......」


 耳を傾け意識を集中させた。すると確かに声は聞こえてきたのだ。


「待ってろ!今助け出してやる!」


 零は倒壊した家の瓦礫を手で一つ一つ取り出しはじめた。すると、押し重なった材木の隙間から、薄汚れた手が出てきたのだ。腰を落とし、隙間を覗き込む。するとそこには壁と壁の間に出来た僅かな隙間に挟まれ、身動きが出来なくなっている男の姿があった。


「うぅぅ...」


 男は苦しそうな声を漏らした。薄暗い影の奥にいるでろう男。その顔の表情までは、さすがに覗い見る事は出来ない。しかし、その声から察するに、相当辛い体勢であるのは間違いないのである。


「零様っ!生存者ですかっ?」


 零の元へと、ユーファとベグートがやって来た。


「ああ。でも瓦礫が押し重なり、簡単には救出できそうにない」


 倒壊した家の隅々を観察しながら言った。


「どうしますか?」


 ユーファが問いかけた。しかし、その声はすでに零の脳まで届いてはいない。極限まで研ぎ澄まされた集中力で、己の世界へと入り込んでいたからである。

 ロッソ・零・リューは島国アンリカリウスで、天才的と言えるほどの帆船の製造技術を確立させた。それは設計段階からの工程が、常識を覆す先進的な手法に基づくものであったからである。そして彼には、それが可能となる特別な才能があった。それは物体の構造を瞬時に把握し、細部まで想像する事が出来ると言うものである。

 例えるならば、一隻の船を見ただけで、通常では見えるはずもないネジの一本の位置まで理解できてしまうと言う事である。旗から見えれば、まるで透視でもしているかのように感じるだろう。

 深い蒼の瞳が倒壊した建物の細部を映すと、脳はそれらの情報を瞬時に記憶する。そして崩れ落ちる前の家の状態を脳内に築き上げ、そこから崩れ落ちる状態までの流れを再現してしまうのだ。ずば抜けた空間把握能力と情報処理能力が組み合わさり、常人には見えない物が見えているのである。

 ベグートとユーファは、そんな零の特異な能力を理解していた。だからこそ、思案に入ったかれの思考を妨げるのを恐れ、すぐに口をつぐんで黙って見守っていたのである。


「分かったぞ。そうか!」


 零は唐突とうとつに言った。そして頭に巻きつけている白いターバンを取り払うと、ユーファとベグートへと指示を出し始めた。


「ベグート、ユーファ!ターバンを取れ!それを俺が今から指示する位置へと結びつけるんだ!」


 二人は訳が分からなかったであろう。しかし、零の言うとおりに、倒壊した家の瓦礫がれきの一部にターバンの端を巻きつけた。そしてそれを次々と材木や石壁の下に通しながら、伸ばしていった。

 凄まじい長さのターバンである。引っ張れば引っ張るほど、伸びるのだ。伸縮自在の柔軟な素材で出来るているか、布や麻といった普通の服の素材でないのは確かである。

 白いターバンを瓦礫へと一通り通し終えると、最後の端を三人がそれぞれの位置で手に持った。まるで長い紐が蜘蛛の巣のように張り巡らされているかのような、不思議な光景である。倒壊した家を囲むように、三人は周囲に立ったのである。


「いいか。俺が合図をしたら一気に、全員で波動ルーヴを込めるんだ!計算通りなら、倒壊した建物の一部が持ち上がるはず!」


「分かりました!」


「了解です!」


 零は二人の顔を見ると、重ね合わせたターバンの端を握り締めた。


「いくぞっ!今だっ!」


 合図と同時に三人は、白いターバンへと波動ルーヴを流し込んだ。すると紐のように柔軟だったそれは、まるで鉄の棒のような硬さへと変化したのだ。折曲がった棒が、元の形へと戻るのを利用し、瓦礫の山をゆっくりと持ち上げていったのである。

 波動ルーヴとは、クレムナント王国でいう所の魔力ハールである。国よって多少の言い方の違いがあるものの、このジェナ大陸では魔力をハールという呼び方が一般的であった。しかし島国からやって来たこの三人は、この国の人々とは違った視点で魔法を捉えているために呼び方が違うのだろう。

 国よって歴史があるように、魔法にもその国特有の歴史があるのだ。その中で人々は生きるために、独自の魔法を作り出して発展させたきたのだ。

 零達が互いに波動を送りあうと、ついに倒壊した建物の一部が完全に空へと浮き上がった。それは押し重なる瓦礫の細部までを完璧に把握し、力をかけるべき点と点をターバンで結んだからこそである。そしてそれを瞬時に見抜き、正確に導き出し、実行に移した零の類まれなる才覚のお陰であったのは間違いない。


「お、おおおお...体が動く!」


 瓦礫の下に埋まっていた男は、瞳に涙を浮かべていた。服は汚れており、顔には切り傷があった。やっとの思いでい出ると、開放感に溢れる表情をした。


「よしっ!ベグート、ユーファ!ゆっくりと波動を抑えるんだ!瓦礫を下に戻すぞっ」


 零の声に合わせて、二人は肉体から流れ出る波動を徐々に抑え込んだ。すると、高質化しているターバンは、元の布のような柔軟性のある材質へと戻っていった。そしてニメートルほど上へ持ち上がっていた瓦礫は、下へと向かってゆっくり降下し始めたのである。


「よしっ、いいぞ。完全に波動を切れ!」


 最後まで気を抜かずに、それをやり遂げた。そして瓦礫の山はついに元の位置へと戻ったのである。三人は倒壊した建物に巻きつけていたターバンを引っ張ると、自分の手元へと収めた。


「はぁ...はぁ...あ、ありがとうございます!あなた方は私の命の恩人だっ」


 男は涙ながらに、零達へとお礼を述べた。まん丸とした体つきで、鼻の下には立派な髭がある。服装はどこか豪華で、只の旅人や出稼ぎの労働者ではないようであった。


「いえいえ。無事で良かったですよ。まだ生きている人が居るかもしれないので、また探しにいきます。気をつけて下さい」


 零がそう言うと、ベグートとユーファを連れてその場を離れようとした。すると男がそれを止めるかのように、言ってきたのである。


「お、お待ちください...!私はクレムナント王国で鉱石商をしている者です。名をアウルス・ベクトゥムと申します。もしラミナント城の城下町へと来る事があれば、一般階級区の居住区画にある私の家へと来てくだされ。今日のお礼を目一杯させて頂きますっ!」


 男が自分の名を口にした時、思わず零達の足は止まった。それは覇空石を追い求めてこの国へやって来た三人が、接触しようとしていた人物であるからだった。思わぬ形で目的へと近づいた三人は、運命という言葉の持つ意味と不思議さを考えずにはいられなかっただろう。

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