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第九十話 もう一つの戦い

 一方その頃。

 ラミナント城を脱出し、東の山の麓に辿り着いたレンデス一行。彼らは、ディキッシュ家の領地へと向かって急いで歩を進めていた。

 山肌に岩が目立つ砂岩地帯である。砂利の大地が広がる場所を、闇夜にまぎれるようにして歩き進む者達。鉱石ランプに明かりを灯せば、多少は視界も開けるはずである。しかしそうしないのは、追われているからなのであった。自分達を追う追跡者へと、位置を知られないためにも、隠れるようにして進むしかなかったのである。

 十人ほどの一団であった。白銀の甲冑に身を纏う騎士が先頭となり、それに男達が続いていく。足場が悪く、傾斜がきつい。身体の均衡バランスを保つために時折、岩に手を伸ばす。

 歩くというより、登ると言った方が正しいかも知れない。起伏に飛んだ山肌を、息を切らしながら進んでいくのだ。するとその中で、ジレと言う高貴な者が身につける上着ジャケットを羽織る男が口を開いた。


「はぁっ...!はぁっ...!くそっ、何故だっ。何故、この俺がシュバイクから逃げねばならんのだっ」


 息を切らせながらも、足は止める事がなかった。必死に前へ前へと歩を進めながら、レンデスは抑えきれない怒りをあらわにした。ダークグリーンの髪をかき乱しており、顔には苦しそうな表情を浮かべている。


「仕方ありませぬ。事は想定しうる最悪の方向へと進んでいるのです。ハギャンが足止めをしている間に、何としても奴等から出来る限り距離を離さねばなりませぬ。一時の醜態も後の勝利のためだと思い、今は我慢して下さいませ」


 先頭を進むサイリスの守護騎士シュルイムが言った。後ろを見ることもなかった。月明かりだけが暗き世界を照らす道しるべなのである。只でさえ険しい道程なのだ。足を踏み外せば急斜面を転がり落ちる危険もあるため、前だけを見ていた。


「はぁっ...はぁっ......ハギャンの奴、本当に大丈夫なのだろうな...はぁっ...一人で百人の部隊を足止めする等、本当に出来るのか......」


 レンデスは不満げな表情を見せた。口を開けば愚痴ばかりであった。休息をしていた所に入った一報が、彼の機嫌を最悪な状態にしたのである。

 レンデスの守護騎士ハギャン・オルガナウスは地下道から脱出すると、すぐに使いはとを召喚して城下町へと飛ばした。それは城へと残してきた部下からの情報を受け取るためであった。それと同時に周囲の安全を確保するため、偵察用のふくろうを放っていたのである。

 このふくろうは召喚魔法の一種である。この偵察型の鳥は、夜目が利く。数キロ先の動く標的を察知し、寸分の狂いなく距離と方角を導き出す事が出来るのだ。そして、ハギャン達が放った二種類偵の鳥の内、先に主の元へと戻ってきたのは梟の方であった。


「ご報告申し上げます。ここから南西十キロ程の森の中に、クレムナント王国の騎士が率いていると思わしき戦闘部隊が馬を駆けさせております。方角と速度からして、この場所へと迷いなく進んでいるようです。その数は約百名で御座います」


 岩場で休息とっていたレンデス達の元へと、一羽の梟が戻ってきた。大地へと降り立った梟は、光を纏いながらその形を人へと変化させた。そしてその眼で見てきた光景を伝えたのである。


「百名規模の部隊だと?どういう事だ。援軍なのか......」


 報告を聞いたハギャンは、頭を悩ませた。二メートル以上ある大男である。白銀の甲冑を身に纏っており、逞しい筋肉質の身体をしていた。


「どうした?ハギャン。何があったか分かったのか?」


 シュルイムが駆け寄ってきた。同じように白銀の甲冑を纏っているが、ハギャンと比べるとその背は小さい。と言っても百八十センチ以上はあるのだ。隣の男が大きすぎるのだろう。

 精悍な顔つきで、ブラウンの瞳にブラウンの髪。四十代後半へと差し掛かった男の渋みが感じられる。


「我等の居る場所へと、クレムナント王国からの部隊が向かっているらしい。だが、それがどうも変なのだ。援軍に来るならば向こうから使い魔を飛ばし、合流地点を指定して来るはず」


 ハギャンは太い二の腕を胸の前で組んみながら言った。がっちりとした骨格に、ダークライトの髪と髭。獅子のたてがみのように雄々しい姿である。眉は太く、きりっと吊上がっていた。


「何かの行き違いがあったとか?こちらから使い魔を飛ばしてみるか?」


 シュルイムは相手の指示を仰ぐような言い方であった。ハギャンの方が三つほど年下なのであるが、立場上は上である。


「ううむ...何かが引っかかるな。新たな使い魔は出さずに、城に残してきた部下からの報告を待とう」


 ハギャンはそう言うと、シュルイムはそれに従った。レンデスやサイリスは岩に腰を下ろして、水と食料を頬張っていた。騎士達は周囲を警戒するために、各自が散開して持ち場となる位置に立っている。手に干し肉を持っており、それを食いちぎりながら周囲へと視線をやっていた。

 数十分ほどすると、ついに城へと飛ばしたはとが戻ってきたのである。そしてそのまま人の姿げと変わると、予想だにしない言葉を口にした。


「ご報告申し上げます。ラミナント城は、恐るべき事態に陥っております」


 白いローブに身を包む使い魔であった。淡い光を全身から放っている。


「どうした?何があったというのだ?」


 ハギャンは使い魔へと問いかけた。


「ハルムート将軍とウィード守備隊長並びに、ダゼス公爵とザーチェア侯爵が殺害されました。これらの主犯は、第五王子のシュバイク様です。すぐにお逃げください。シュバイク様が放った追撃部隊が、レンデス様とサイリス様を捕らえるべく迫っております」


 使い魔が淡々と報告を述べると、それを聞いたハギャンとシュルイムは困惑した。


「何だと!?シュバイク王子が?なんて事だ。こんな所で休息等とっている場合ではないぞっ!」


 ハギャンは声を荒げた。それに気づいたのか、レンデスが腰を上げて歩いてきた。


「何だ?何があったのだ?城から報告があったのか?」


 長めの前髪を右手で掻き分けながら、ハギャン達の元へとやってきた。


「た、大変で御座います。レンデス様とサイリス様の祖父上と叔父上である、ダゼス公爵とザーチェア伯爵が命を落とされたようです......」


 神妙な面持ちで、ハギャンは言った。


「な、何だって!?祖父上と叔父上が死んだ!?何があったと言うのだっ!」


 レンデスは声を張り上げた。異様な雰囲気に、弟のサイリスまでもが岩場から立ち上がると、やって来た。


「兄上、どうされたのですか?何かあったのですか?」


 比較的温厚な人柄であった。利己的で我の強いレンデスと比べると、扱いやすい王子ではある。パープルの瞳は兄と同じであるのだが、髪色はブラウン色で父アバイト譲りだった。


「サイリス、聞け。祖父上と叔父上が死んだと言うのだ!ハギャン、何があったのか説明しろ!」


 レンデスが激情に駆られるのは何時もの事である。しかしこの時ばかりは、怒りと憎しみの他に、戸惑いと困惑が入り混じっていた。


「城へと残してきた部下からの報告では、ハルムート将軍とウィード守備隊長を手にかけたのは第五王子のシュバイク様との事です。そしてグレフォード邸で、ダゼス公爵とザーチェア侯爵の遺体が発見されたそうです。恐らくこの二人もシュバイク王子が......さらに、レンデス様とサイリス様を捕らえるべく、追撃部隊を放ったとの報告があります。すぐに逃げなければ」


 ハギャンは事実を述べた。隠しても仕方のない事だったからである。だがそれは、あまりにも残酷な現実だった。


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