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加筆 5 夢の奥へ③

 クレムナント王国内の鉱山を、ハドゥン族が襲撃する数時間前。


 光りも届かない深い湖の底。

 クレムナント王国の同盟国である水中都市国家スウィフランド。

 巨大な湖の中に隠れる城は、第一層から八層まで区画分けされている。

 一層から六層までが一般民と呼ばれる者達が、足を踏み入れる事の出来る区画である。そして第七層と第八層は、国家運営に携わる者だけが入る事を許されている特別区画であった。

 

 第七層にあるスウィフランド十三騎士団の総合情報管理室では、部下へ対して矢継ぎ早に指示を与える一人の男がいた。細身でいて、顔の血色が悪く、瞳に宿る生気は今にも消えかかりそうである。

 しかし、どこか常人離れした威圧感があり、狐のような鋭い目つきには底知れぬ闇が潜んでいる。それは部下でさえも、近づくのを躊躇ちゅうちょさせるほどであった。

 鉱石灯により、必要最低限の明かりで照らされている室内。薄暗く、冷えた空気が充満している中で、一際威勢のよい声が響き渡る。


「セルシディオン騎士団長ーー!」


 普段から人を寄せ付けない独特の雰囲気を持っているはずなのだ。

 しかしそんな中、唯一、数多くの部下の中で物怖じせずに、オーリュターブへと話しかける事の出来る者がいた。その者こそ、若くして十三騎士団団長補佐を勤めるレインフィース・ルゾクスである。

 ライトブラウンの長い髪を後ろで束ね、どこか少年のような面影がある女性であった。まだ十代後半でありながら、オーリュターブの前でも臆する事のない芯の強さが目に留まり、部下として登用されたのである。無論、ずば抜けた情報の処理能力と事務能力が、根底になってのものである。


「私の事はオーリュターブと呼べと言っているだろ。何度言ったら解るのだ」


 下卑たゴミを見るかのような目を向けながら、近寄って来た女に言い放った。

 大抵の者ならば、この鋭い狐の様な眼光で睨まれただけで萎縮してしまう。しかし、オーリュターブの元で補佐官を務めるレインフォース・ルゾクスは、そんな相手の態度を微塵も気にせずにいられる類を見ないまれなる者であった。


「私の事をしっかりと名前で呼んでくれれば、お呼びする時にオーリュターブ団長って言いますよ♪」


 オーリュターブの一片の濁りも無い殺意と、レインフォースの満面の笑み。

 スウィフランドの兵の間で有名になっている、第七層名物、笑みと殺意の応酬である。


「ちっ.....で、用件はなんだ。忙しいから手短に話せ」


 レインフォースへと向けた鋭い視線。それを手元にある書類へと戻した。

 無価値な者や自分に敵意を持つ者の存在を許すほど、寛大な人間ではない。その性格は冷酷無比で知られており、任務の為ならば他の命などいとも簡単に蹂躙する男である。

 しかしながら、鬱陶しくて堪らないではずであるレインフォースを、部下として使い続けているのは軍部内でもある種の謎とされていた。


「あ、えっと、内部工作が上手くいったようです。数時間後には、クレムナント王国のレドォイテ山にあ

る鉱山へとハドゥン族が襲撃をかけるとの事です。これがその報告書です」


 レインフォースは手に持つ資料を読みながら、オーリュターブへ丸秘と書かれた書類を手渡した。


「なるほど...。上手くいっているようだな。パナフェッタの件はどうなっている?」


 鉱石灯の薄明かりの中、手渡された報告書を読みながら横に立つ部下へ問いかけた。


「あ、はいっ。人材育成を負かされている第二騎士団のパナフェッタ隊長の件ですね。育成費私的流用の疑いですが、計上された経費の中からいくつか不審な点を見つけました。巧妙に複数の報告書に分けて、計上していたみたいですね。ですが、流用されたと思われる金額の用途は現在まだ分かっておりません」


「女好きな奴の事だ。大方、愛人でも囲っているのだろ。使途不明金の証拠さえあれば十分だ。それを証拠に、遅れている魔道剣士と魔法烈士の育成を急がせろ。私はこれからハイドラ様に鉱山襲撃計画の報告をしてくる」


「はいっ。了解ですっ!」


 オーリュターブは総合情報管理室を出て行った。

 この国には国家の運営携わる十三の騎士団が存在している。各騎士団を指揮するのは、各団の団長である。国家元首の指示の下、国内外のあらゆる任務をこなしているのだ。そして全ての騎士団を取り纏めるのが、セルシディオン・オーリュターブなのである。


「ハイドラ様。クレムナント王国へ潜入中の部隊から情報が入りましたので、ご報告致します。レドォイテ山にある鉱山へ、ハドゥン族が数時間後に襲撃をかけるとの事です」


 ハイドラの執務室は、機能的かつ無機質。無駄な装飾などは一切されていない。

 室内の左右の壁には書籍が並べられた棚があるだけだ。そして国家元首が座る大きな皮製の椅子に、黒い机。その上には届けられた資料と報告書が束になって置かれており、男が一部に目を通していた。

 オーリュターブの報告を聞くと、国家元首ガルバゼン・ハイドラは顔を上げた。

 異様な目力のある大きな赤茶色アガトの瞳。浅黒い肌に、短く切りそろえられた緋色の髪。もみ上げからつながる立派な髭。

 資料から視線を外すと、目の前へ立つ狐目の男へ視線を向けた。

 僅かな動作一つが、周囲の者へと大きな影響を与える存在なのだ。一兵士であれば、極度の緊張と不安から、直立不動で立っているのが精一杯であろう。

 しかし、オーリュターブに限っては、微塵もそういった感情の変化や態度の乱れは無かった。


「予定通りだな。ナセテムへ情報は流したのか?」


 ぎらついた瞳。鋭さを増した目が、オーリュターブの全身を締め付ける。


「はっ。敵の数、扱う武器、襲撃する鉱山の場所から、待ち伏せをするであろう位置まで。全てぬ抜かりなく......」


 ハイドラは手に持つ資料を机の上へ置くと、もみ上げから顎に繋がる自慢の髭を左手で撫でた。


「ならば後は、アバイトが息子達だけで鉱山鎮圧を命ずるかだな。まぁあの豚の様な男に、今更戦場へと出てくる気力などないか」


「ここ何年も国内での反乱や内乱は御座いません。それ故に、奴も王子達の力量を見る機会を得ていないはずです。王位を継承するためにも、優れた者を選ばねばならない時期に来ております。アバイトにとっても、この機会を利用する手はないかと」

 

 オーリュターブは、このハドゥン族の反乱を任意の時期に誘発させるために、何年もの間クレムナント王国の山脈周辺に点在する集落へ圧力をかけていたのである。

 度々起こる反乱の兆しを逸早く察知しては、圧倒的な力で抑えこんでいた。それは王国兵が到着した頃には、つねに何者かの手によっての虐殺といった形に終わっており、数年間は仮初の平和が築かれていたのだ。

 だが、実際はクレムナント王国の山々に集落を築く部族を、凄惨なる手段で追い込んでいたにしか過ぎない。その仕業を王国兵の所業に見せていたのだ。

 これにより、王国内に存在する数々の部族達は、圧倒的な力へ対抗するために協定を組み大規模な反乱を画策するに至ったのである。


「ふっ...そうだな。だがオーリュターブよ、今回の作戦の真の目的は忘れてはいないだろうな?」


 ハイドラはオーリュターブの鋭い考察に鼻で軽く笑った。無論それは、ハイドラ自身も分かっていた事なのである。しかし、物事に対して遊びを知らないオーリュターブとの会話に、多少の談笑を求めた愚かな自分自身への笑いであった。


「勿論でございます。後は、シュバイク・ハイデン・ラミナント王子の件でございますが」


 この時オーリュターブの表情が僅かに変ったのを、ハイドラは見抜いていた。


「何か変化が起こったのか?」


「いえ、全くと言って良いほど、何も...本当に例の力を引き継いでいるのでしょうか。内通者に手早く始末させてしまえば、余計な不安も取り除かれるかと思われますが」


 オーリュターブは珍しく自分の意見を口にした。


「珍しいな。お前が己の言葉で、態々そこまで言うとは。しかしな、今不用意に動けばあの男にこちらの思惑を悟られる。それだけは何としても防がなければならん」


「ガウル・アヴァン・ハルムート......で御座いますか」


 目に掛かる長い前髪の隙間から、オーリュターブは灰色グレーの瞳を覗かせていた。


「ああ。奴を甘く見てはならんぞ。それはお前が一番分かっているはずだ。それに奴は......」


 そう言いながらハイドラは、思案の渦の中に己を投げ込んでしまった。その間オーリュターブは、長い沈黙の中、微動だにせず待っていたのである。


「オーリュターブ騎士団長。第五王子シュバイク・ハイデン・ラミナントの件は、とりあえず置いておけ。内通者にも無用な手出しはするなと、くれぐれも言っておくのだ。ガウル・アヴァン・ハルムートは狡猾で慎重な男。奴はきっと、こちらが尻尾を出すのを待っているはず。だからこそ、今は息を潜めて静かに時を待つのだ。そしてそれよりも、我等の全ての計画の基盤となる竜人計画に注力しろ。分かったな?」


「はっ......畏まりました」


 オーリュターブは軽く一礼すると、ハイドラの執務室から出て行った。

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