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翌日、俺は陽太と共に野球部の部室の扉を開けた。
「遅いぞ。もうみんな揃ってるよ。」
ドアを開けるなり、水香の声が耳へと飛び込んでくる。その声はいつも教室で聞く聞き慣れた水香のそれとは少し違っていた。
全体の集合は9時。1年生だけでその1時間前に集まって最終確認をしようと聞いていたので、余裕をもって7時30分に着いたのだが、それでも俺達が最後だった。
「すまん、すまん。昨日は興奮しちゃってなかなか寝付けなくて。」
陽太が笑って答える。
ここに揃った1年生は俺を入れて全部で9人とマネージャーの金子水香。俺以外の8人のうち1人を除く7人は中学校でも野球をやっていたという。
始めに水香が本日のスターティングオーダーを読み上げていく。
1番センター堀田君…
…
6番ピッチャー光島君…
…
9番セカンド影山君
「この中で投手経験者は光島君と影山君の2人。先発ピッチャーは光島君だけど、いい場面で影山君にも投げてもらうつもりだから。よろしくね。」
水香はオーダーを読み上げた後にそう付け加えた。
その後、俺達はサインやバッティングの狙い目等を確認しミーティングを終えた。ミーティングの間、常に中心にいたのは水香であり、その姿はもはやマネージャーというよりも監督であった。彼女の実力は昨夜のノートからも、又発言の節々からも窺うことができ、それに異を唱える者がいないことも当然のように感じられた。
その彼女が俺の球が必要だと言ってくれた、その事実だけが今日唯一俺を支えてくれるものだった。それがなければ、俺があの打線を相手に投げることなど想像もしたくないし、昨日の先輩達の練習を見てなお今日この場にいることもなかったかもしれない。どんな投球をするか以前に気持ちで負けてしまってはあの打線を抑えることなどできない。俺に出番が回ってくるようであれば、彼女の言葉を信じて投げる。それだけが俺が今日自信を持って投球する方法なのだからそれにすがるしかなかった。
「球種の確認に少し受けさせてもらってもいいかな?」
キャッチャーの西田が俺に話し掛けてきた。
「勿論。俺に出番があるかは分からないけど、今日はよろしく。」
グローブを手に取り、立ち上がる。
「球種は?」
「スライダーとスローカーブ。ストレートも陽太みたいに速くはないから配球には苦労させると思うけど。」
「じゃあ緩急を使った方がいいタイプかな?まずは1回見せてもらうね。」
俺達は軽くキャッチボールを済ませた後に一通りの球種とコースを確認して、試合開始の9時を迎えた。