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1年生の教室は3階だ。広々としたグラウンドを一望できる長い廊下の一番奥にA組の教室はあった。
教室へ着くと自分の名前の書かれた紙の置かれた席に着くように担任の先生から指示される。その席の隣にいたのが、後に俺のこれからの3年間を野球浸けにする原となる金子水香だったのだ。
水香の第一印象は明るく人懐っこそうな感じで、それに加えて俺の好みのポニーテールがよく似合った可愛い系。だが、そんな見た目とは違って、立ち居振る舞いはどことなく上品で良いとこのお嬢様なのかといった雰囲気もある。
「影山君、私は金子水香。よろしくね。」
そういうと彼女は俺の隣の席に座り、パラパラと机の上に置かれたプリントをめくりだした。
時には恋愛も……か。先程の校長先生の言葉が頭によぎる。一目惚れと言えるほどの確たる想いでは断じてない。だが、隣に彼女がいたという偶然は不安しかなかった俺の学校生活に少しだけ楽しみを与えてくれるような気がした。
金子と影山、座席は50音順。俺は産まれて初めて影山という姓の両親の下に産まれたことを感謝した。ホームルームではこれからの授業の事、部活動の事、購買や学食といった施設の事等、これからの高校生活に関する様々な説明があったが、そんな担任の先生の話もそこそこに、俺は彼女の横顔に見とれていた。勿論、彼女のおかげで野球部に入る事になるなど、この時は知る由もなかった。
一通りの説明が終わると、最後に午後からは部活動の見学ができる旨を告げ、担任の先生は退室していった。
部活動の一覧が記載されたプリントを指差して水香が話し掛けてくる。
「影山君、部活動どうするの?」
「まだ決めてないけど。そっちは?」
まだ決めていなかったのも本当だが、そっちは?と先に聞いておけば答えが何であれ、自分もそれに興味があったと彼女に合わせることができるという算段もあった。そうして少しでも共通の話題を作りたかったのだ。だが、その答えは俺の思惑とは大きく異なるものだった。
「私は野球部のマネージャー。中学でもやってたんだよ。」
「そっか。じゃあ午後は野球部に見学に行くんだ?」
「うん。影山君も何も決めてないんだったら一緒にどう?」
本来であれば俺の目論見通り、渡りに船の提案であった。それが野球部でさえなければ…。
「うーん、俺は野球は駄目だからなぁ。」
「そっかぁ。面白いんだけどな。野球。良かったら考えてみてね。」
そういうと彼女は足早に教室の外へと歩き出していった。
この日、俺は部活動の見学へは行かずに帰宅することにした。