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ベンチに戻ると西田が俺に話し掛けてきた。
「ナイスピッチング。ところで投球だけど、朝の練習と何か違った事をしてる? あの時は感じなかったんだけど若干取りにくい気がするんだよね。」
すると俺が答えるより先に水香が答える。
「ボールはいつも通りよ。だから影山君は気にしなくて大丈夫。取りにくいのが影山君の球だからそう思ってなんとかしてね、西田君。それから」
水香は矢継ぎ早に続けて言う。
「次の回からはスローカーブも混ぜていってね。」
西田は分かったような分からないような複雑な表情で分かったと一言だけ答えた。
(西田君、やっぱり納得してないわよね。キャッチャーって人種は何だかんだで理屈で物を考えるものね。試合が終わったら魔法の種明かしをしてあげないとね。)
7回の裏、新入生チームの攻撃は4番の佐渡がヒットで出塁するも後続が倒れて無得点。
続く8回の表。俺は3番の佐々木先輩をサードゴロに打ち取った後、4番櫻井先輩をフォアボールで歩かせてしまう。その後、5番の後藤先輩が送りバントで2アウト、ランナー2塁。6番、志藤先輩を敬遠気味のフォアボールで歩かせた後の7番、山崎先輩の打席。配球の妙というか、西田のファインプレーというべきか、ストレートとスローカーブを織り混ぜた絶妙のリードで山崎先輩の裏をかき、この場面をセカンドゴロで切り抜けた。
その裏、新入生チームの攻撃は3者凡退でいよいよ最終回の攻防を迎える。
9回の表を前にベンチの前で円陣を組む上級生チーム。俺はその姿をマウンドから眺めていた。中心の金子監督が何かを話している。檄を飛ばしているのか? いや、檄というよりは緻密な指示を出しているように見える。最終回を前にしてなお静まりかえった円陣は金子監督の見事な統率力と逆転への明確な戦略が用意されていることを窺わせた。
「いいか。打席に入ったらピッチャー寄りに立て。それからスローカーブは捨てて、ストレート一本に絞っていけ。」
それが円陣の中心、金子監督の指示だった。その指示通りにこの回の先頭バッター、飯塚先輩が打席のピッチャー寄りに立つ。当然のことながら、金子監督の指示がどのようなものであったかも、そしてそれがどのような意味を持つものなのかも、俺は知る由もなかった。だからバッターボックスに立つ飯塚先輩の行動も、スローカーブに対応する為の事くらいにしか思わなかった。しかし、新入生チームの中に1人だけこの行動を見て顔色を変えた人物がいた。1人ベンチでスコアブックを握る水香である。
(ピッチャー寄りに立ってきたのはベンチの指示? だとしたら影山君の魔法の仕組みも見破られているのかも……)
この打席、飯塚先輩に俺の初球のストレートをジャストミートされるが、サード小山のミラクルプレーによってなんとかアウトを取ることができた。
続く9番、石川先輩もやはり打席のピッチャー寄りに立つ。
(よし、決めた。)
石川先輩の立ち位置を見て、水香が声を上げた。
「ピッチャーとセカンド、交代お願いします。」