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0行進が4回、5回と続き、試合が動いたのは6回の表。この日3度目の4番、櫻井先輩の打席。2回目の打席でレフトフライに打ち取った球を今度は痛打され、フェンス直撃のツーベースヒットとなる。これを5番の後藤先輩がライトフライからのタッチアップで3塁に進め、1アウト3塁の場面を迎える。ここまでランナーを出しはするものの粘り強いピッチングを続けてきた陽太ではあったが、球数は80球を越えやや疲労が見えてきている。
何でもある場面に、疲労の見え始めたピッチャー。一呼吸間を取りたいところでベンチの水香が、今日初めての守備のタイムを取る。伝令役がいないので水香が直接マウンドまで来て作戦を伝える。
「スクイズは当然警戒だけど、警戒しすぎて歩かせるのが最悪よ。1点までなら試合は分からないからね。」
水香の後に、西田が続ける。
「内野は前進、外野は定位置。ゴロを打たせる配球でいくからそのつもりで頼むぞ。」
「おう。ピッチャー、バックいるから楽にな。」
最後に俺が陽太のそう声を掛けると、それぞれが守備位置へと戻っていった。
バッターは6番の志藤先輩。攻撃面でも守備の面でも何でもそつなくこなすオールマイティープレーヤーだ。
上級生チームのベンチからもサインが出る。ランナーに対するサインは恐らくこちらのタイムの間に確認済みだろうからバッターへのサインに集中できる。サインにはここまでと変わった動作は見られない。初球はなさそうだ。
陽太が振りかぶる。ランナーに動きはない。初球、陽太はストレートを低めに決めてストライク。
続く2球目。上級生チームのベンチからサインを出す金子監督がこの試合初めて顎を触るのを俺は見逃さなかった。この試合で初めて使う作戦である可能性が高い。ランナー1、3塁であればディレッドスチールもなくはないが、現在の局面は1アウトランナー3塁。場面を考えれば9割方スクイズだ。
「光島、楽にいけ。楽に。」
中学時代の取り決めに従って、俺は陽太に向かって叫んだ。俺が陽太を光島と呼ぶのは、スクイズ警戒のサインなのだ。
陽太は西田のサインに2度首を振って、バッテリーはこの2球目を外す事に決めた。
陽太が振りかぶる。すると目論見通りランナーがスタートを切る。立ち上がる西田のミットをめがけて陽太がボールを投げる。なんとかバットにボールを当てようと志藤先輩も飛びつくが、西田のミットにボールが収まる。
「よしっ。」
俺は右手を小さく握った。この後俺達が飛び出したランナーを落ち着いてアウトにすると、陽太は続くバッターを三球三振に切って取り、新入生チームはこの回の守備も無失点に凌いで6回の表を終えた。