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月と太陽  作者: 遠奈 都
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俺の名前は影山夏月(かげやまかづき)。そして隣にいるのが光島陽太(みつしまようた)。俺達は同じマンションの隣の部屋に住んでいるいわゆる幼なじみで、何をするにも一緒にやってきた。そして高校生になった今日も入学式のために一緒に学校前の坂を登っている。俺達の両脇にはお互いの両親も一緒で小さな頃から家族ぐるみの付き合いだ。周りには俺達と同じ新1年生と思われる家族が一杯で、皆一様に坂の上の学校を目指しているところだった。そんな中で俺の母親と陽太の母親が話し出す。


「それにしても、この子達はいつも一緒ね。何も高校まで同じ学校を選ばなくても。」


「ほんとに。小学校の時に始めた少年野球から、中学校の野球部もずっと一緒でね。そう言えばあの時も…」


母親同士というのは、どうして会えばこうもベラベラと飽きもせずに話続けるのだろうか?本来であれば、初登校の期待と不安に胸をドキドキさせながらも一歩ずつ坂を登っていくという一度しか味わうことのできない大切な儀式も、その儀式に彩りを添えるために俺達を迎えてくれる満開の桜並木もこの2人の前では台無しだ。


「あんた達、高校でも野球を続けるんだろ?」


俺の母親の問い掛けに陽太は、


「勿論です。」


と明るく答える。しかし、俺の方にはその気はなかった。理由は簡単で、俺には陽太のような才能はない、ということがわかってしまったからだ。

俺と陽太は小さい頃から互いになんでも同じ事を一緒にやりたがった。だから、俺が少年野球のチームに入ると言った時には陽太も一緒に入ると言い、陽太がピッチャーをやりたいと言ったので俺もピッチャーになると言って練習を続けた。

小学生の間は2人の球速も成績も同じ位だった。陽太が初めて100kmを出したのが6年生の夏で、俺が100kmを出せるようになったのが6年生の秋。だが、その頃から少しずつ2人の差は開いていき、中3の夏を迎えた。陽太は130kmを出してチームのエース。一方の俺はというと、110km後半が精一杯でチームの3番手という有り様で明暗がくっきりと別れる結果となった。

だから俺は、俺達の日課の昼休みのキャッチボールは続けても野球部には入らないと心に決めていた。公立ながら常に県大会ではベスト4に入り、今年こそはと甲子園を狙う野球部に俺がいてもなんの役にも立たない事はわかっているからだ。


「さぁ…ね。」


少し間をあけた俺の返事を待たずに母親達は次の話題に移っていた。これだからおしゃべりな母親ってやつは嫌いだ。


そうこうしているうちに校門が視界に入ってくる。前を歩く新入生達は桜並木の隙間から溢れる太陽の光で皆輝いて見える。輝いて見えるのは、これからスタートする高校生活に対する希望に満ちた表情のせいでもあり、それは俺の隣で並んで歩いている陽太も同じだった。実際、野球を続けるのかという俺の母親の問いに勿論ですと答えた陽太の表情はイキイキとしていて、その目はしっかりと甲子園を見据えていた。

一方の俺はというと、野球部に入らないということだけは決めていたものの、野球の代わりに何をするかについては何の当てもなかった。陽太と一緒だからという理由だけで高校を選んだものの、その陽太はこれから練習、練習の日々を過ごすことになるだろうから一緒に何かをするというわけにもいかない。

ずっと続けてきた野球部には居場所はない。かといって他の何かができるわけでもないし、やりたいこともない。そう考えると自分だけが何の希望も持たずにここにいるのではないかと不安になる。そしてその不安は、この強豪校の野球部の中でもいずれはエースになるであろう陽太に対する嫉妬へと繋がっていく。最後には、それが俺と陽太の器の違いをより明確に現していると気付き、俺はいつも自己嫌悪に陥るのだ。俺は決して陽太のことが嫌いではない。

そんな俺の葛藤も知らずに陽太は無邪気に俺に話し掛けてくる。


「さぁって、夏月も当然野球部入るんだろ。俺達がいれば甲子園も夢じゃないぜ。高校でも一緒にやろうぜ。」


俺達がいれば、陽太は本気でそう思っているから質が悪い。実力の差は誰の目にも明らかだった中3の夏にも野球部のエース様は俺を自分と同等のピッチャーとして扱ってくれたし、今もまた2人で甲子園に行こうと言ってくれる。


「お前がいれば、だろ。」


そう俺が言いかけたところで、俺達は校門に着いた。


「写真撮りましょう。」


「早くあなた達並んで。」


ハイテンションな2人の母親の声が俺の声を掻き消した。


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