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トライアンフの魔法  作者: 寝る犬
第04話「皇帝(The Emperor)」
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第04話「皇帝(The Emperor)」(後編)

――タン。


 小さな足音とともにモリクニの隣に紫色の服を着た男が突如として現れた。

 モリクニの横に立っていた黒衣の男2人が、胸に突き立てられた小さなナイフを抑えて仰向けに倒れる。


「殿下、ご無事のようで何よりです」

「ヤスケ! 遅いぞ。 ……そちも息災で何よりじゃ」

 ヤスケと呼ばれた男がサイゾウへと飛びかかる。


「ちぃっ!」

 サイゾウは空中の矢をモリクニへと向ける。

 一度放てば的をはずさないって言ってた矢だ。 ダメだ、もう間に合わない!

 硬直する僕の腕の中でフランチェスカが手を伸ばした。


「足のしびれる魔法!」

「ぐあぁ!」

 サイゾウの集中が切れ、矢は空中で四散した。そこにヤスケさんが打ち掛かる。 同じような細い剣でその打撃を受け止めたサイゾウが、苦痛に顔を歪めながら飛び退る。


「そいつを止めろ!」

 サイゾウの指示を受けた黒衣の男が、フランチェスカに剣を打ち下ろす。僕は咄嗟に彼女に覆いかぶさった。

 僕の背中を剣が撫で、一瞬の間を置いた後、真っ赤な血が吹き出した。


「アレフ!? いやぁぁぁぁぁ!」

 叫び声を上げるフランチェスカ。

 足のしびれる魔法の呪縛から逃れたサイゾウは、後方に2回転すると入口のドアまで飛び退った。


「殿下、ヤスケ。 ここは引かせていただく。 いずれまた」

 僕に切りつけた黒衣の男を殿に、サイゾウは逃げていった。


「アレフ! 血が! アレフ!」

 半狂乱になったフランチェスカが僕を抱きしめる。


 あぁフランチェスカ、僕は大丈夫、そんな顔しないで。


 そう言おうと思ったけど、僕の口からはドロッとした血が溢れるだけだった。

 あれ? ヤバいかな? もうフランチェスカと旅ができなくなっちゃうのかな?

 あぁ、だんだん眠くなってきた……ちょっとだけ……休もう……。


 ヤスケさんを従えて、モリクニは僕のそばに膝をつく。


「すまぬ、アレフ。フランチェスカ」

 僕の背中の傷に手を当てると、その手の先から温かい光が溢れ出た。


「余の魔法の力は強力ではない。 傷は残ってしまうだろう。だが、命は助けてみせよう」

 本当ならここで「安らかな気持ちに包まれた」とか言う所なんだろうけど、現実は全然違った。

 せっかく眠るように気が遠のいていって、痛みも感じなくなっていた所を、無理矢理に現実に引き戻されて、僕は呻き声をあげることになった。


「うううう……ああああ痛っ! 痛い! 痛い! 痛い!」

「おお、気がついたかアレフ」

「あぁ! アレフ! 良かった!」

「良くない! 痛い!」

 部屋の中にホッとした空気が流れる。


 わんわん泣きながらしがみついてくるフランチェスカに、今度こそ「あぁフランチェスカ、僕は大丈夫、そんな顔しないで」と言って、僕は彼女の背中をポンポンとたたいた。


 モリクニはそんな僕らを見て、また落ち着いた表情で椅子に座る。 魔法を使って疲れているだろうに、その姿はゆったりとして余裕があるように見えた。


「もう気付いているであろうが、余はヨモツスエノカミ・ヒトヨノミコト・モリクニ。 天帝国ジラードの第一皇位継承者じゃ。 フランチェスカ、アレフ、改めて礼を言う、そなたらは余の命の恩人じゃ」


 ……其許そこもと、つまり「その辺の奴ら」から、そなた、つまり「お前」に格上げになってる。

 今頃になってやっと人間として認められたのか。


「いえ、殿下をお助けしたのはフランチェスカの魔法ですし、僕……私は逆に命を救って頂いております。 お気になさらずに」

 流石に皇太子殿下に自己紹介されて、今までどおりの話し方って訳にはいかない。 僕は背中の痛みを我慢して座り直した。


「良い。 楽に致せ」

 軽く手を上げ、僕を制す。


 為政者の威厳ってやつか。6~7歳の子どもと対峙しているはずなのに、僕は素直に従っていた。


「そなたらには話して聞かせねばなるまいな。 余は皇太子とはいえ見ての通り子供じゃ。 天帝陛下はご健勝にあらせられるが、次代の皇位継承者争いは既に起こっておる。 第二皇位継承者である叔父のヤスクニに命を狙われ、余は離宮で生活しておった。 しかし最近とみに攻撃が激しくなってな、陛下のご意向により、余はヤスクニの力の及ばぬ『王国』へと留学する事になった。 内密にな」

 立て板に水を流すように、滔々と話すモリクニ。

 僕らはただ真剣にその話を聞いていた。


「しかし計画は露見し、この有り様じゃ。爆破に巻き込まれて皇民にも被害が出ておろう。 国の船には見張りも付いておろうし、余はここで戦い続けるしかあるまい。そなたらに救ってもらった命、無駄にはせぬつもりじゃ。 世話になったな」

 話し終えるとモリクニはゆっくりと立ち上がる。

 たっぷりとした袖を翻し、伸ばした手でヤスケさんからきれいな刺繍の入った小さな袋を受け取ると、僕らの前まで静かに歩み寄った。


「こんなものですまぬが、……礼の品じゃ。受け取るがよい」

 もし「褒美」と言われたら僕は怒鳴りつけてしまうところだった。 「礼の品」と言葉を選んだモリクニを僕は助けたいと思った。


 それに、僕は、この「未来の皇帝」を絵に描きたい。


 僕の表情で考えが分かったのだろう、フランチェスカは僕の体を支えると、座り直させてくれた。


「殿下、恐れながら申し上げます」

 礼の品を丁重に断り、僕は話し始める。


「良い。申せ」


「その前に、ヤスケさん。ここでの会話は敵に漏れたりしていませんか?」

 ヤスケさんは難しい顔のまま、静かに頷いた。

 僕は続きを話す。

「私の実家は小さいながらもトライアンフ商会という商家を営んでおりまして、陛下の御厚情の元、御国との交易にも携わらせて頂いております。 殿下が民間の船をご所望とあらば、私の責任のもと、信用できる筋で用意することが出来ると思います。 もちろん、殿下の素性は秘密のままです」

「……面白い。 アレフ、そなたに任せよう」

 モリクニは即答する。


「それで、余はそなたにどう報いれば良い?」

「それでは……」

僕はフランチェスカと顔を見合わせ、ニッコリと微笑んだ。



 トライアンフ商会の誇る高速船は、僕の頼みで外部の風使いを雇うことはせず、いつもよりはゆっくりと王国へ向かっていた。

それでもあと3日ほどで王国に到着するだろう。


「アレフ、もう傷は良いのか?」

「ん、ああ、大丈夫だよ。テフィン」

 モリクニの言葉遣いはどうしようもなかったけど、身分を隠しての旅の間、僕らは普段通りの言葉遣いで接することになっていた。 名前もモリクニの共通語読みのテフィンと言うことになっている。


「それで、そろそろ絵を描かせて欲しいんだ」

「うむ、余は構わぬが、船の中で描くのか?」

「うん、もう待ちきれなくて」

 僕は船室へと向かう扉を開ける。


 もう頭の中で構図は決まっていた、後はモリクニを前にして、僕の腕がどう筆を奔らせるか、それだけだった。



「モリ……テフィンはいつも余裕のある表情をしてるよね」

 絵を描きながら何気なくモリクニに話しかける。


「うん? ああ、これはな、演技じゃ」

 表情を変えずにモリクニは事も無げに言う。


「演技?」


「そうじゃ、余が不機嫌そうな顔をしただけで、首の飛ぶものがおる。 食事を残しただけで路頭に迷うものがおる。余は常に平静でおらねばならぬ。 そう言うものじゃ」


「……そっか……」


 掛ける言葉が見つからず、僕は色を塗り続ける。 違う。 今の言葉を言ったモリクニはこんな色じゃない。 僕は新しい色を混ぜ始める。


「……しかしな、アレフ。 それにフランチェスカも。 余はそなたらと一緒におるとそんな演技をせぬでも良い。 歳は離れておるが、初めての……友だと思っておるよ」

 僕は次々に色を混ぜ、新しい色を重ねてゆく。でも、ダメだ。 モリクニを表す色を僕は作り出せない。

 しばらくの間、沈黙とともに僕は色を作り続けた。


「……のう、アレフ。頼みが……頼みがあるのじゃ」

 無心に筆を動かしていた僕だったけど、その言葉に体が止まった。

 頼み?

 命令すれば何でも手に入るはずの皇太子が、魔法の力ももたない商人の息子に、頼みだって?


「余が10歳になるまで、……余の留学が終わるまで、3年。 ……3年間、余の側近としてそばにおってはくれぬか……? 余を……友として、支えてはくれぬか?」

 あの余裕と自信に満ち溢れたモリクニの表情が、ふと心細げな7歳の少年の顔になる。


 僕は慌ててフランチェスカを見た。

 彼女は目が合うと困ったような笑顔になる。


「アレフはもう決めてるんでしょ」


 その笑顔は、そう語っていた。


 大きくため息をつくと、僕はパレットナイフを取り出し、カードを真っ白に塗りつぶす。


「いいよ、モリクニ。 僕の3年間を君にあげよう」

「わっ、私も!」

 フランチェスカも手を上げて声を合わせる。

 カードから顔を上げた僕と、手をまっすぐに上げたままふわふわの髪を揺らしたフランチェスカに向かって、モリクニは初めて子供のような笑顔を向けてくれたのだった。


 旅は一度ここで終わる。


 4番のカードのタイトルはもう決まっていた。


「皇帝」


 そのタイトルのカードは、まだ僕には描けない。


 でも、3年の間に必ず書き上げられるようになる。

 僕はフランチェスカに初めて逢った日のことを思い出した。


 ――まぁどうせ何の目的もない旅だし、可愛い女の子と二人旅出来るのは願ったり叶ったりだ。


 今は旅をする目的もある、でも皇帝の絵を描きたい僕が、皇太子が皇帝になるための勉強を間近で見られるなんて願ったり叶ったりだ。


 どうせ僕らの旅は始まったばかり、どこでどう過ごそうが、それはやっぱり楽しい旅の一部なのだから。




 ――第1部・完




―――――――――――

4.皇帝(The Emperor)

―――――――――――

■正位置の意味

 支配、安定、成就・達成、男性的、権威、行動力、意思、責任感の強さ

■逆位置の意味

 未熟、横暴、傲岸不遜、傲慢、勝手、独断的、意志薄弱、無責任

 ここで、第一部完となりました。


 3年後の物語は、書き溜めができたら投稿しようと思っていますので、その時にはまたお付き合いいただければと思います。


 それでは、ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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