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トライアンフの魔法  作者: 寝る犬
第02話「女教皇 The High Priestess」
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第02話「女教皇 The High Priestess」(後編)

 次の日の朝、ゴウゴウと言う音で目を覚ますと、窓の向こうでは昨日にも増して風と雪が荒れ狂っていた。

 横を見ると、フランチェスカはもう起きているらしく、ベッドは空っぽだ。 外が暗いから分からないけど、もしかすると相当寝過ごしてしまったかもしれない。 僕は荷物からタオルと歯ブラシを取り出すと、慌てて昨日食事をした部屋へと向かった。

 部屋に入ろうとすると、中から人の話し声が聞こえる。 どうやらイオナとフランチェスカのようだ。


「それでね、アレフを怒らせてしまったの。 目を合わせてくれないし、もう泣きたい……」

 元気良く挨拶して中に入ろうとした僕は、会話に自分の名前が出てきたことで出鼻をくじかれた。


「アレフさんはきっと本気では怒って居ないと思います。 たぶん、笑い合うタイミングが難しいんでしょうね。 心配することは無いと思います」

「そうかなぁ……そもそもアレフだって船旅に賛成したし、私だけが悪い訳じゃないのに、ずっと怒ってるんだもん。 ずるいわ」


 何を言ってるんだ。船の予約を勝手にとったのも、途中で止まる乗合馬車の説明を中途半端に聞き流したのも、全部フランチェスカじゃないか。


「でもフランチェスカさんも自分に悪い所があったと思っているのですよね? そうなのだとしたら、謝ってしまえばいいと思いますよ」

「え……うん……でもアレフだって……それに、ちゃんと聞いてくれるかどうかも……」

 僕はそんなに心は狭くない。


「お互いがお互いを大切に思っていて、その相手と一緒に居られるのに、ちょっとした意地の張り合いでその時間が過ぎていってしまうとしたら、それはとてももったいないことですね」

 しばらく静かな時間が流れる。 聞こえてくるのは窓の外の吹雪の音だけだった。


 廊下の寒さに凍えはじめた僕が、そろそろ部屋に入ろうかと思ったその時、急にガタンと言う音が聞こえると「私、謝ってくる」と言うフランチェスカの声と足早にこちらへ近づいてくる足音が続いた。

 慌てて寝室に戻ろうとした僕がタオルを落とし、拾っている間に、フランチェスカはドアを開けてしまっていた。


「きゃっ」

「あ……おはよう」

 部屋の中からふわっと流れ出る暖かい空気と、それに舞い上げられたフランチェスカの髪の香りが僕を包み込んで幸せな気持ちにしてくれた。

 タオルを拾い上げて立ち上がった僕の見ている前で、彼女は両手を胸の前で握りしめ、いつもの様に頬を真っ赤にして固まっている。


「なに?」

 自分でもちょっと意地が悪いかなと思ったけど、こう言う姿を見るとからかわずには居られない。 僕は興味なさそうな顔を取り繕って、冷ややかに聞いた。

 僕の表情を見て体を引きかけたフランチェスカはなんとか踏みとどまる。 すぅっと息を吸うと、目をつぶって意を決したように話し始めた。

「あ……あの……船っ……ちが……アレフ、馬車……あの……」

 ぐっ……これは予想以上の反応。 なんて可愛いんだ。 顔がニヤけてしまう。


「馬車の……あの……アレフ…………ごめんなさい!」

「ぷはっ」

 我ながらひどいとは思うけど、限界だった。 僕はフランチェスカの謝罪の言葉と同時に吹き出してしまっていた。

 何が起きたのかわからないと言う表情で立ち尽くす彼女を尻目に、スイッチが入ってしまった僕は笑いを止めようと必死になる。


「ちょ……まって……ぷふっ。ごめん、ぷぷっ……まって」

 必死になればなるほど笑いは止まらない。フランチェスカは怒るべきかほっとすべきか迷った様子で、曖昧な笑顔を浮かべていた。


 パシンッ。


 突然僕の頬がはじける。

 いつの間にか僕とフランチェスカの間に割って入ったイオナが、僕の頬を平手で叩いたのだ。 それも、かなり思いっきり。

 本気の怒りの表情を浮かべたイオナの迫力は相当なものだった。 曖昧な笑顔のまま固まったフランチェスカと怒ったイオナの前に、僕は頬を押さえたまま跪くように膝を折る。


「なんなんですか! アレフさん! フランチェスカさんは勇気を持って謝罪したんですよ! そのふざけた態度は彼女への冒涜です!」

「……はい」

「このままでは、あなたとフランチェスカさんの関係は歪んでしまいます! 愛情は、信頼と誠実さの上に成り立つものです! 相手を思いやる心と歩み寄る勇気をお互いが持たなければ、それは一方的な奉仕になってしまうんですよ!」

「……はい」

 ものすごい勢いだ。こんなに本気で怒られたのって何年ぶりだろう。


「……あの、イオナちゃん。 もう大丈夫だから……」

 見かねたフランチェスカが助け舟を出してくれる。


「フランチェスカさん! あなたもいけません! お互いに愛し合っているのは見ていても分かります! でも!愛情を向けるものに序列が有ってはいけないのです! 愛しているからという言い訳を持って、無償の愛情を奉仕する側と享受する側に分かれてしまっては、それはもう愛ではなくなってしまうのですよ!」

「え? 愛って。 うふふ、アレフと私はまだそんな関係じゃないんですよう」

 ダメだ、フランチェスカは両手で頬を抑えると、別な所に反応してクネクネしながらニヤけている。


「いいですか?! アレフさん! そもそも……」


 誰も止めることなど出来ない。

 イオナの説教はその後数時間続いた。


「……そう、つまり神に対する昨今の司教の有り様と、あなた達の関係は似通ってきているのです。 神は私たちの持たない力を持っています。 しかし、逆に私たちも神にない何らかの力を持っているのです。 それを今の司教たちは神への無償の奉仕のみを求め、それを当然のこととして享受している。 私たちと神との関係性はそんな歪んだ一方的なものではいけないのです。 わかりますか?」

 言ってることは分かるけど、なんで僕達がそれを言われているのかは分からない。 フランチェスカも途中から隣に正座させられて、一緒に説教されている。 僕はしびれた脚をゆっくり伸ばして立ち上がった。


「イオナ、わかったよ。 ……ちょっとまって」

 立ち上がったのはいいけれど、やっぱり足がしびれていてふらつく。 倒れそうになった僕を抱きつくようにして支えてくれたのはフランチェスカだった。


「フランチェスカ。ごめんね。 ただ、顔を真赤にして話す君が可愛……いや、謝ってもらえた事が嬉しくて。 笑ったりしてごめん。 それから、冷たくあたってしまったのも。 ごめん」

 あぶない。可愛いとか面と向かって言ってしまうところだった。

 セーフ……と思ってフランチェスカの顔を見ると「ううん、いいの」とつぶやき、みるみるうちに真っ赤になってゆく。

あれ?セーフじゃなかった?


「オホン。仲の良いのはいいですけど、人前では謹んでいただけませんか?」

 イオナも顔を横に向けながら赤くなっている。 これはかなり恥ずかしい。 僕はしびれる脚で無理やりフランチェスカから体を離した。

 僕がその場の微妙な空気に耐え切れずに笑うと、フランチェスカも、イオナも一緒になって笑ってくれた。



「それにしても、イオナのお説教は迫力満点だったね」

 聖堂の掃除を終えて宿から買ってきたポトフを頬張りながら、僕はなんとなく話を振った。 フランチェスカも大きく頷く。


「そ、そうですか? すみません、私頭に血が上ってしまうと自分でも歯止めが聞かなくなってしまいまして……」

「ううん、イオナちゃんのお話はすごく説得力があったし、理路整然としていて分かりやすかったわ。 きっと良い司祭様になれると思うわ」

 僕が「そうだね」と相槌を打つと、イオナは少し困ったように微笑んだ。


「……私、王国教会には正式に認められていないんです。 そもそも女性は司教以上の聖職にはつけないんですよ。 ……でもそれは……いえ、それ以外にも王国教会の教えには間違っている所がたくさんあると思うんです」

 あぁ、今朝のお説教に出てきた神様と司教の関わり方って言うあれか。


「私、新しい教えを広める、新しい教会を作りたいんです。こんな田舎の、こんな私一人から始まる教えですけど、いつか、世界中の間違った教えを正すお手伝いができればなと思っています」

「イオナちゃんなら出来るよ!」

 ……フランチェスカの安請け合いも、ここまで来ると褒めてあげたい。 新しい宗教の教えなんて、そんなに簡単に広まるものじゃない。


 でも……


「僕も……イオナなら出来るような気がする」

 彼女の情熱と揺るぎない信念、知識。 見ず知らずの僕らを助けてくれた優しさ。 その全てが未来を約束してくれるように思えた。


「イオナ、一つお願いがあるんだ」

 僕はカバンの中から真っ白なカードと絵の道具を取り出す。

 すぐに納得がいったらしいフランチェスカと一緒に聖堂の前に椅子を並べると、照れるイオナを何とかなだめて、僕は筆を奔らせた。



 3日目の朝、それまでの吹雪がウソのように広がった青空の下で、僕らは思いっきり深呼吸をした。


「それでは、アレフさん、フランチェスカさん。 お気をつけて。 旅の無事と成功をお祈りしています」

 見送りに来てくれたイオナが、胸の前で手を組み祈りを捧げてくれた。


「私たちも、イオナちゃんの夢が叶えられることを祈ってるわ」

「イオナが女教皇になってくれないと、僕としても困るからね」

 カバンをポンと叩いて笑顔を向ける。イオナもとびっきりの笑顔を返してくれた。


「ねぇアレフ。 もう一度カードが見たいわ」

 走りだした馬車の中でフランチェスカが僕のカバンの中身をあさりだす。


「ちょっと、やめてよ。 今出すから。 ……ほら」

3枚目のカードには、美しい法衣を纏い冠をかぶったイオナの姿を書き上げていた。


「本当に……なれるといいわね。 イオナちゃん」

 フランチェスカが指先でなぞるカードの下には、2番の番号の後ろに「女教皇」のタイトルが書き込んであった。


「なれるよ。フランチェスカが予見した女教皇じゃないか。 絶対なれるよ。」


 僕は〈予見者〉フランチェスカの手を握った。



―――――――――――――――

2.女教皇(The High Priestess)

―――――――――――――――

■正位置の意味

 知性、平常心、洞察力、客観性、優しさ、自立心、理解力、繊細、清純、独身女性

 ■逆位置の意味

激情、無神経、我が儘、不安定、プライドが高い、神経質、ヒステリー

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