表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トライアンフの魔法  作者: 寝る犬
第01話「魔術師 The Magician」
3/9

第01話「魔術師 The Magician」(後編)

「あー、オホン。弟子よ。ここに居たのか」

 ふくろうの口から話されたダンディーな声に僕は唖然とする。 いくらこの世界に魔法があふれていると言っても、ふくろうが喋るなんておかしすぎる。 ありえないじゃないか。


「……え?師匠?」

 頭を抱えてしゃがみこんでいたフランチェスカが、僕の足の間からそーっと顔を出し、ふくろうを見上げる。 彼女のその言葉に、僕は更に唖然とした。

 いくらこの世界に魔法があふれていると言っても、ふくろうが魔術師の師匠だなんておかしすぎる。 ありえないじゃないか。


 そんな僕を無視したまま、ふくろうはフランチェスカへ話を続ける。 普段野ねずみとか食ってるくせに無駄にダンディな声な所が、なんかすごくムカつく。 このふくろうとは友だちになれそうにない。


「私の可愛い弟子、フランチェスカよ。 お前の運命の日にそばに居れなくてすまない。 私は今、氷壁の上の白竜の城で、人間の運命について大変有意義な研究をしている。 膨大な資料と白竜の知識は今までの研究成果を裏付けもし、覆しもしてくれるのだよ。 白竜の持つ書物はその城の静謐な空気と低温により、虫に食われることも太陽の光で風化することもなく何千年も昔のものが美しく保管されていてな、写本ではない原本が……」

「師匠! ご無事だったんですね!」

 フランチェスカは、ふくろうが話しの終わるのを一生懸命待っていたけど、とうとう待ちきれなくなったみたいに立ち上がって叫ぶ。


 ふくろうがそれでなくても大きい目をパチクリさせて「う、うむ」と返事を返すと、フランチェスカはその返事を聞いて崩れ落ちそうになった。僕は彼女の肩を抱きかかえ、優しく支える。彼女の目には安堵の涙が溢れだしていた。


「こら! 貴様! 私の可愛い弟子に馴れ馴れしく触るんじゃない! そもそも何でこんな宿に2人で宿泊しているのだ?!」

 その僕らのラブラブな姿を見たふくろうは、翼を大きく広げ僕を威嚇してきた。


「ち、違います師匠! その……アレフはそう言うんじゃなくて……あの……私の運命の人なんです!」

 慌てたフランチェスカが、涙を流しながら言う「運命の人」

 普段聞いたらこれはもう逆プロポーズレベルの言葉なんだけど、彼女に限って言えば運命の人=ビジネスパートナーみたいなものだ。


「……そう言うんじゃ……ないんだ……」

 僕は久々に落ち込んだ。子供の頃に魔法が使えないと気付いた時と同じくらいに。深く。


「ああん、違うのよアレフ! そういう意味じゃないの!」

「違うとはどういう事かな! 弟子よ!」

 迫るふくろう。


「どう言う事なの? フランチェスカ?」

 僕もここは引けない。


「うるさい、黙れ小僧!」

「そっちこそ黙りなよ! ふくろう!」

「ふくろうではない! 魔術師だ! 使い魔も知らんのか!」

「なんだよ! 普段野ねずみとか食ってるくせに!」

「これは仮の姿だ! ちゃんと美味いもの食っとるわ!」

「へー、あーネズミくさー!」

「この! ちゃんと人の話を聞け!」

「人じゃないし! ふくろうだし!」


 僕とふくろうは、頭を抱えてうずくまるフランチェスカの頭上でつかみ合いのケンカをした。あちこち引っかかれ、僕も対抗してふくろうの羽根をむしる。

 ケンカをしながら僕は「あぁ、ケンカなんて何年ぶりだろう」と考えていた。 魔法の力が無いと分かってから、家族はよそよそしくなった。 遊び相手として呼び寄せられた使用人の子供も、親にキツく言われているのかケンカなんかとんでもないと言う感じだった。


 僕もそんな雰囲気を察して、自分の気持ちを爆発させることはしないようになった。 それがどうだ、フランチェスカと居ると僕はどんどん違う人間になっていくようだ。

 その感覚は、とてもいい気分だった。


「もう!やめなさーい!」


 両手の握りこぶしを真っ直ぐ頭上に掲げたフランチェスカが大声で叫ぶ。

 僕とふくろうは、お互いの頬と羽毛を握りしめたまま、フランチェスカを見つめて固まる。

 真っ直ぐあげた両手をそのまま腰に当てて、まだ涙のたまっている目でこっちを睨む彼女は、言い知れない迫力があった。


 それから小一時間、僕とふくろうは説教をくらった。

 結局フランチェスカが本当は僕のことをどう思っているのかは、はぐらかされてしまったけど、僕が彼女を好きなことは確かだった。

 今はそれでいい。どうせこれから2人で長い旅をするんだ。 僕は運命の人なんだし。


「さて、そろそろ戻らねばならんな」

 唐突にふくろうが切り出した。


「え! 師匠がアレフを導く魔術師になってくださるんじゃないんですか?!」

「あ、そうだ。 フランチェスカが言ってたよね。 古めかしいローブを着た小柄な魔術師に逢う必要があるって。 ……ぜんぜん違うよ。 ふくろうだし」

 ふくろうは僕の言葉に「ふん」と鼻を鳴らし、フランチェスカに小さな赤い指輪を手渡した。


「……とにかく、この小僧を導くのは私の運命ではない。私は旅の手助けをすると言っただろう? この指輪は賢者の石を少しだけ混ぜ込んである。 今はまだ使いこなせないだろうが、修行に励めばやがてお前の力を高めてくれるだろう。 フランチェスカ、私の可愛い弟子よ。 私はいつでもお前の力になるために戻ってくるだろう。 安心して、自分の力を……それからこの小僧の事も信じて旅を続けなさい」

「師匠……」

 フランチェスカはまた泣きそうだ。


 ……あれ、ちょっと待てよ?このふくろう、今「この小僧のことも信じて」って言った?!


「ふくろう、お前……」

「ふくろうと呼ぶな! いいか! フランチェスカに手を出したら、この私が許さんからな! 私はいつでも現れるぞ! 覚悟しろ!」

 捨てぜりふを残して、ザコの悪役のように、ふくろうは窓から飛び去った。 見送った僕とフランチェスカは、そのまま仰向けにベッドに倒れ込む。


「……ごめんなさいアレフ。魔術師のあてが無くなっちゃったわ」

 フランチェスカはしっかりしているように見えて本当に抜けたところがある。


「そう? 僕にはあてがあるから大丈夫だよ。 とりあえず、もう一泊宿を取ってくる」

 僕の言葉に驚いて飛び起きたフランチェスカを置いて、僕は宿泊料金を払いに一階へと向かった。



「ねぇアレフ、本当にこれでいいの?」

「動かないで」

 椅子に座って膝の上で手を組んだフランチェスカが、居心地悪そうに身動ぎするのを僕は声だけで制した。

 はちみつ色の髪の色を作るのは難しい、僕はパレットの上で幾つもの色を少しずつ混ぜ合わせた。


「完璧じゃないか。古めかしいローブを着て、小柄で、強い力を持った、僕の道を示してくれる魔術師。 最初から君しか居なかったんだよ。フランチェスカ」


「でも、私なんかが……」


「それに、僕は君を描きたい。 今は君しか書きたくない。これが正解なんだよ」

 まだ何か言おうとする彼女の言葉を遮って、僕は断言する。

今は議論していたくなかった。

 今は、僕の大好きな、僕を導いてくれる、可愛らしい魔術師を描くこと以外、何も考えたくなかったんだ。


 真剣な僕の表情を見て、フランチェスカも観念してくれたらしかった。

 僕は無心に筆を奔らせる。


 ふんわりしたはちみつ色の髪を。

 小さくてちょっと上を向いた鼻を。

 触れそこねたつややかな唇を。


 何より、よく泣くけれど強い力を秘めた大きな鳶色の瞳を。


 彼女の全てをカードに描いていった。


 途中に一度の食事休憩をとっただけで、数時間。

 僕は絵筆の魔法に身を委ねた。


「できた」


 カードに1番を書き込み、タイトルに「魔術師」とつけてフランチェスカを見ると、彼女は椅子の上でうたた寝をしていた。

 筆を置いて彼女の元へと向かい、そっと抱きかかえるとベッドへと運ぶ。

 ゆっくりとベッドに寝かせると、彼女は僕の首に手を回した。


「私、アレフに相応しい魔術師になるわ」

 僕は黙って微笑むと、彼女の頬にキスをした。


 急に窓の外で大きな鳥の羽音が響き、僕らは慌てて離れる。

 羽音が飛び去るまで耳を澄まして待って、お互いに顔を見合わると、堪え切れずに2人で声を出して笑った。



―――――――――――――

1.魔術師(The Magician)

―――――――――――――

■正位置の意味

 物事の始まり・起源、可能性、エネルギー、才能、チャンス、感覚、創造

■逆位置の意味

 混迷、無気力、スランプ、裏切り、空回り、バイオリズム低下、消極性

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ