表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

後編

「ほら、買い物行くぞ」


 ケンカ2日目の朝は、あいつに無理矢理起こされた。眠気まなこで目を擦ったら、あいつが冷めた目であたしを見下してて。だまったままグリーンの目覚まし時計を指差した。


 時間はとっくに10時を過ぎてる。


「いつまで寝てんだよ。早く顔洗って支度しろ」


 なんか、あいつ怒ってるような感じする。


 何にイラついてんの?タバコ吸うこと?それでケンカしたこと?それともこんな時間まで寝てたこと?


 ・・・あぁ、ダメだ眠くて頭が働かない。


 あたしは言われたまま、黙ってベッドから這い出てく。



 目が覚めた頃には、また気まずい雰囲気も一緒に戻ってきた。あいつになんて話していいかもわからなくて、あたしはただひたすらに八百屋さんで新鮮そうなピーマンを血眼で探していた。


 週末の恒例行事。近くの商店街で一週間分の食糧を買い込む。すごい荷物になるから、2人とも絶対参加がルールになってた。


 だからあたしを起こした、そう言ってるみたいにあいつは無愛想に素っ気なく買い物をこなして、あたしは昨日の夜からタバコ吸ってないから自然と不機嫌。

 久々に、これでもかってくらい楽しくないデートだった。


「タバコやめろって言ったこと、まだ怒ってんのかよ」


 呆れるようにあいつは言った。


 ・・・馬鹿。これはニコチン足りてないからだっての。


「別に怒ってなんかないし。今怒ってるのはそっちでしょ?」


 朝の人通りが多い商店街を、アーケードの真ん中で、両手に膨らんだビニール袋を持ったカップルが、仲よさそうに2人並んで、けど仲悪そうに言い合いしながら歩いてる。


「・・・悪かったわ」


 ・・・・・・・・・・・えっ?


 急にあいつがばつが悪そうに謝ってきたから、私は本当にビックリして


「お前の気持ち、考えてなかった。そんな頭越しに言ってやめられるものじゃないよな」


 ちょっ、ちょっと待って・・・


 あたしは慌てた。

 今まで一度もあいつから謝ってくることなんてなかったから。


 ・・・なんでよ。あたしが悪いじゃん。タバコ吸うあたしが悪いのに、なんであんたが謝んのよ。


「なんで・・・急に?」


 あたしが恐る恐る聞いてみたら、あいつは「後悔したから」


「・・・あのあとさ。マジで後悔したんだ。ケンカするようなことでもないのに、あぁ・・・別れんのかなぁって。そしたら、わかった。やっぱ・・・ダメだわ。お前が・・・その、いないとさ」


「ごめんな」


 情けなさそうに謝るあいつ。拍子抜けで、何も言えないあたし。


 ・・・ばか、ずるい。もう、なんなの本当。そんな真面目に謝られたら、ふて腐れてるあたしが馬鹿みたいじゃん。


「・・・あたしだって、タバコやめるようにするから」


 気付いたら、あたしだって申し訳なさそうにそう言っていた。


「あたしのこと、心配してくれてんでしょ?」


「・・・先のことを考えたかったんだよ。結婚とか、子供のこととか・・・だったらタバコは」


 ・・・結婚。考えてくれてるんだ・・・言葉にしただけだけど、なんか嬉しくて。


「・・・うん。わかってる」


 あたしはポケットからタバコの箱を取り出して、自販機横のゴミ箱に投げ捨てた。すぐにはやめられないだろうけど、少しずつ、やめていかなきゃ。


「頑張ってみるからさ」


 あいつのためなら、別に頑張ってやらないこともない。かなりしんどいだろうけど、あいつがそう言うのなら。


「俺だって、手伝うから。禁煙」


 あいつはあたしの腕を絡めて、グッっと引っ張った。ちょっとびっくりはしたけど、あたしは何も言わなかった。あいつに寄り添いながら、商店街を歩く朝。気持ちが通じ合っているようで、嬉しくて。きっとこうやって寄り添いながら、これからも一緒に暮らしてくんだろう。同じ歩幅で、同じ方向を、2人一緒に。


「・・・うん」


 ヘビースモーカーのあたしでも、あいつがいるならタバコやめられるような気がした。





 翌週の休日の昼下がり。


 あたしはリビングで、机の上に飾られた苗木をじっと見つめていた。茎は細くてすぐに折れてしまいそうなのに、何倍も大きな葉を太陽に向かって目一杯広げてる。そんな青い葉っぱをいじりながら、あたしは苗木をじっと見つめていた。


「・・・プレゼント。好きだろ、緑色」


 あいつは恥ずかしそうに、あたしにこの苗木を手渡してきた。タバコをやめてどんよりしてるあたしを、きっと見ていられなかったんだろう。


 小さなハーブの苗木だった。手のひらに乗せれるような、緑色のマグカップに植えられた苗木。もちろんハーブだから花なんか咲かなくて。


 なんとかって名前のハーブなんだ。とても弱い苗木だってあいつは言った。かなり田舎のほうじゃないと育たない貴重なハーブらしくて、きちんと水をやって空気の綺麗な場所じゃないと、すぐに枯れてしまう。もちろんタバコの煙なんか一切ダメ。


「禁煙の手助けにもなるし、気もまぎれるだろ?」

 

 そうやって、あいつも少しずつあたしの禁煙に協力してくれてる。とりあえず、まずは1週間我慢できた。


 あいつがハーブをいっぱい買ってきてくれたから、部屋中に苗木を置いたんだ。リビング、あたしの部屋、トイレにまで。これで、あたしはこの家じゃタバコは一切吸えなくなって。


 薄荷みたいな匂いのする葉っぱを、優しく撫でる。あたしの好きな緑色。露に濡れてキラキラしてるのが可愛かった。


 このハーブは、あたしとあいつの仲と同じ。大事に守っていこう、絶対に枯らさないように。だから、絶対にタバコは吸わないから!



 禁煙1週間目の空気は、すごく清々しくて気持ち良かったんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ