前編
「もうタバコ、やめろよ」
・・・は?
リビングでタバコを吸ってたら、突然あいつがそう言った。あまりに真剣な顔で注意してきたから、あたしは苦笑いを止められなかった。口から煙が飛び出す。
「え、どうしたの?何を今更?」
今までずっと吸ってきてたじゃん。それでも何も言わなかったじゃん。
そんな気持ちを、ちょっと顔に出してしまった。良い気分で吸ってた途中にそんなこと言われたから、少し機嫌が悪くなって。
「前々から気にはなってたけど最近、本数多いだろ?」
机の上に置いてあったタバコの箱を、あいつは指差した。確かに、本日2箱目。しかもこの箱だってそんなに本数残ってない。
組んでた足を、逆に組み直す。少しきつめのジーパンだったから動きにくかった。灰が落ちそうだったから、あたしは慌ててタバコを灰皿に置いた。
「なに、お金のこと気にしてんの?だったら別に迷惑なんかかけるつもりないし、全部自分のお金で・・・」
「違う」
あたしが馬鹿げたように笑ったら、あいつは大きな声であたしの言葉を遮る。あたしが真面目に話を聞かないからか、苛立ち混じりの視線で眼を離そうとしないあいつ。
それでもあたしは無意識のうちにタバコに手が伸びてた。もう一回、煙を吸い込む。
「まぁ、そりゃあんたが煙たいって思うのはわかるけどさ、そんな急にやめろだなんて言われてやめられないものでも・・・」
あたしも苛立ってた。吸わないあいつにしたら開き直りのように聞こえるかもしれないけど、何年も吸ってきたんだからもうやめられないし。
けど、そんな論理あいつには通じなさそうで。
「なら、もう一緒に住めないわ」
冷たく言い放った。
「俺は、タバコ臭い女は嫌いだ」
また、小さいことで喧嘩が始まったんだ。
・・・あぁ、なにあいつ。むかつく!!
カエルのぬいぐるみを全力でベッドに投げつけた。あの後口も利かなくなって、あたしは自分の部屋に引きこもったまま。
モヤモヤして、イライラして、八つ当たりするみたいにベッドに飛び込んだ。もえ黄色のシーツに顔をうずめて、カエルは邪魔だったから投げ捨てた。
・・・あぁ~あ、いったい何度目のケンカなんだろう。倦怠期?最近、本当つまんないことでケンカしてばっか。なに、別れ時?
ネガティブ思考の悪循環。憂鬱になって、また気づいたらタバコに手が伸びてた。一本取り出そうとして、慌てて箱ごと投げ捨てた。
・・・こんなときまでタバコ?こいつが原因でケンカになってるっていうのに。
自分にため息をついたけど、ニコチンが切れたら余計にイライラした。
寝転がったまま天井を見上げる。木目上のベニヤ板がヤニで汚れていた。
・・・あいつと暮らし始めて、どれぐらい経つんだろう。とっくに同棲なんか慣れきって、あいつがいる生活は当たり前だった。
・・・もう、先のことを考えてもいいくらいなのに。
「なら、もう一緒に住めないわ」
あいつが言ったことが酷く心に突き刺さる。
そんな今更、あいつと離れて暮らすなんてできない。一心同体なあたし達の関係はもやは別々なんて考えられなくて。
けど、タバコだって簡単にやめられなくて・・・
そんな簡単に、彼氏とタバコを天秤に掛けないでよ。
そりゃ、どっちが大事かなんて決まっているけれど、どちらかを選ぶとなったら話は別でしょ?比べられるものじゃないし。
・・・本数減らすの?できるかな?
・・・軽いのに替える?吸った気しないんだろうな。
緑のカバン、緑の絨毯、カーテン、クッション。グリーンに囲まれたあたしの部屋。
・・・そろそろ、ドア叩いてくれてもいいじゃん。いつもなら、そうしてうやむやなまま解決してたじゃん。
このグリーン一色のあたしの城で、いつまであたしはふて腐れながら篭城してればいいんですか?
一緒に住み始めたとき、真緑の部屋にあいつは呆然としてたのを覚えてる。今じゃ違和感も感じないけど。
「緑が一番好き」
何故かはわかんないけど、ちっちゃいときからそうだった。
「めずらしいな、緑って。普通女の子ならピンクとかでしょ?」
「女=ピンクなんて勝手に決めないでよ。別にいいじゃん緑が好きなんだから」
緑はなんか、落ち着く。ピンクってギスギスした感じがあるからあんまり好きじゃなくて。
だから、あまり気にせずに小物とか家具とか緑のものを選んじゃうから・・・気付けばこんなジャングル状態。
そんな緑のオンパレードが、今のあたしにとってはかったるいものに感じた。なんか、部屋中から説教されてる気がした。
俺らみたいにさぁ、綺麗な色に洗い直せよなぁ。彼氏との仲も、肺の中も。
・・・五月蝿いわ。
あ~あ、この緑が全部グレーに変わっちゃえばいいのに。そしたらさ、タバコ吸い放題じゃん。
そんな馬鹿なこと考えながら、結局その日は拗ねるのに疲れちゃって、そのまま寝てしまった。
なんの結論も出せないまま、ケンカはそのまま2日目突入。




