靴飛ばし
もうすぐ駅に着くという旨のメールを送る。携帯を閉じ、風景を眺める。車窓から見えるのは、山、山、山、海。駅に降り立ってもその景色は変わらなかった。約一年半ぶりの帰省のはずだが、町の景色は変わっていないようだ。相変わらずの、田舎っぷり。開発の魔の手から逃れた、というよりも見放された、といった方が正しい寂れ方だ。
彼女の前に白い軽トラが止まった。ウィンドウを下ろし、穏やかな表情を浮かべた老女が彼女に笑みを向けた。
「笙子さん、おかえりなさい。さ、はやく乗りなさい」
老女の指示に従い、軽トラに乗り込む。
「ただいま、おばあちゃん」
軽トラで走ること五分、祖母の家に着いた。荷物等を降ろし、祖父の仏壇に手を合わせ、帰省したことを報告する。
「お寺さんに挨拶してきたらどう?」
帰省してきたは良いもののすることもなく暇をもて余していた彼女に祖母が提案してきた。
祖母の家から山へ歩いて十五秒ほどの所にお寺がある。迷う様子もなく、お寺の人間の居住区の勝手口まで歩いていく。
「こんにちわ、笙子です。誰かいませんか」
「いるよ。・・・・・・後ろにね」
振り向くと、彼女より明らかに年上の青年が立っていた。
「・・・・・・宏」
「久しぶり、笙子。元気だった?お父さん達は?」
彼は、このお寺の住職の息子で、彼女の昔からの遊び相手であった。
「お父さんたちは忙しそうだったからあたし一人で来たの」
「じゃあ、結構暇だったりする?」
お寺の隣にある小さな公園の方を見ながら彼は問うた。公園といっても名ばかりで小さなブランコと滑り台、ベンチが設置されているのみだ。
「久しぶりに、遊んでみない?」
悪戯っぽく笑いながら提案する彼に彼女は頷いてみせた。
勢いよく空に放られる二つの靴を目で追っていく。男物の黒い運動靴の方が遠くに落ちたようだ。
「あー・・・・・・もう、また負けちゃった」
「もう無理だろ・・・・・・諦めろよ」
彼女は、小さい頃の感覚を上手く取り戻せずに苦心していた。そんな彼女を見かねて彼は休憩を提案し、お寺からペットボトルを二本持ってきた。ブランコに座ったまま、とりとめのない話をする。お互いの近況報告やいつまで滞在するか、など。
「何で笙子だけで帰ってきたん?」
「来年からは受験やけん、今のうちに遊んどこうかなって」
嘘だ。彼女の真の目的はそれではない。
「彼氏とかは良かったの?」
彼の突飛な質問に驚く。
「そ・・・・・・そんなのいないし、いたら来てないよ」
彼女の返答に、彼はふうん、とだけ返した。どうしてそんなことを聞くの、と彼女は問うてしまった。
「俺は、喧嘩してこっちに来ちゃったから」
寂しそうに彼が呟いた。冷たくて強い風が吹いたように感じた。
「彼女、いるんだ?うらやましいな、きっとかわいいんだろうな」
自分が何を言っているのかさえも分からない。ただ、勝手に舌が回る。
「笙子・・・・・・?どうした」
「何でもないよ、ただ、ちょっと気分が悪くなっちゃったみたい」
そこからは、よくおぼえていない。祖母に預けられ、寝かしつけられた。彼女の頭の中では、先ほど彼が発した言葉がぐるぐると回っていた。
帰省の残りの日数は、家にずっと籠って過ごした。何度か彼が訪れたが追い返した。彼の顔を見たくなかった。
「手紙が着ましたよ、笙子さん」
ある日、手紙が届いた。差出人は彼。彼女は、それを持って公園に行きブランコに腰かけてからゆっくりと読み始めた。
笙子へ。
お元気ですか。体調は大丈夫ですか?心配しました。俺は、順調です。彼女とは仲直りをしました。今度紹介したいと思います。笙子にも良い出会いがありますように・・・・・・。
追伸:靴飛ばしは、遠くにやるよりも高く飛ばすイメージでやってみると良いかもです。
「バカ・・・・・・」
彼女は、ブランコを勢いよく漕いで、アドバイス通りに靴を飛ばした。
青い青い、澄みきった空に彼女の靴は気持ちよく飛ばされていった。
部活用に作ったもの