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大正殉恋録  作者: 猫塚ルイ


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第10話

瓦礫の山と化した『月下堂』の中心で、界人さんの背中が大きく揺れた。


魂を焼き切る禁忌の術式「命根断絶」によって


彼の周囲には神域の如き青白い雷光が荒れ狂っている。


だが、その代償として彼の瞳からは色彩が失われ、その生命の拍動は今にも途絶えようとしていた。


「……そこまでだ、界人。これ以上の抵抗は無意味だ」


陰陽局の黒幕が冷酷に手を挙げる。一斉に放たれようとする最終斉射。


その絶体絶命の瞬間


私の瞳が、真実の「緋色」に染まった。


「──もう、彼を傷つけさせない」


私が目を見開くと同時に、内側から溢れ出したのは、街を焼く業火ではなく


春の陽だまりのような温かな光だった。


精神世界で私が抱きしめた「未練」の炎は


百年の時を経て、誰かを守るための純粋な霊力へと昇華されていた。


刹那、帝都の夜空を覆っていた重苦しい雨雲が、内側から弾けるように霧散した。


降り注いでいた冷たい雨は、空中で緋色の光の粒へと姿を変え、雪のように優しく地上へと舞い落ちる。


「なっ……!? 霊力による気象改変だと……!? 馬鹿な、あやかしの力は破壊の象徴のはずだ!」


驚愕に目を見開く執行官たちの前で、私は界人さんの背中にそっと手を添えた。


私の緋色の光が、彼の砕け散りそうだった魂を包み込み


禁忌の術式の反動を肩代わりするように溶け合っていく。


「界人さん…戻ってきて……っ」


私の声に、彼の肩が微かに震えた。


失われかけていた彼の瞳に、ゆっくりと紫苑の輝きが戻る。


彼は掠れた息を吐き出しながら、ゆっくりと私を振り返った。


「……雲雀、なのか…お前……その髪……」


私の燃えるような赤髪は、光を浴びて透き通り、まるで暁の空のような輝きを放っていた。


それはもはや呪いではなく、新しい時代を照らす希望の証。


界人さんは震える手で、私の頬に触れた。


今度はクリームを掬うためでも、傷を拭うためでもない。


ただ、愛しい存在を確かめるように。


「……ああ。…帰ってきたんだな」


その瞬間


背後の『月下堂』に残されていた巨大な柱時計が、重厚な鐘の音を鳴らした。


ガチリ、ガチリ、ガチリ──


百年間、憎しみと未練によって狂わされていた歯車が、初めて「正しい時」を刻み始める。


それは陰陽局という旧態依然とした組織の終焉であり


宿命に縛られた二人の、本当の意味での「誕生」の合図だった。



◆◇◆◇


数ヶ月後


帝都の街並みは、あの騒乱が嘘だったかのように穏やかな初夏を迎えていた。


陰陽局は、あの夜の不祥事と界人の反旗をきっかけに解体・再編され


あやかしを力で伏せる時代は終わりを告げようとしていた。


銀座の片隅。


あの時と同じ喫茶店のテラス席に、二人の男女の姿があった。


一人は、軍服を脱ぎ、穏やかな眼差しを湛えた青年。


もう一人は、短く切り揃えた鮮やかな赤髪を風に揺らす、快活な少女。


「……界人さん、見てください!今日のショートケーキ、苺が二つも乗ってますよ!」


「はしゃぎすぎだ」


界人さんは苦笑しながら、珈琲を口に運ぶ。


彼の霊力はかつての半分以下になったが、その瞳にはもう、悲痛な影はどこにもなかった。


私は苺を一つ、彼の皿へと移す。


「はい、半分こです。私たちはもう、二人で一つですから」


百年前、雪の中で散った約束は、今、初夏の陽光の下で新しい形となって結実した。


かつて彼が夢見た少女はもういない。


けれど、目の前で笑う「雲雀」という少女が、彼の新しい真実だった。


「……ああ。行こうか、雲雀。新しい『月下堂』の開店時間に遅れる」


「はい! おじいちゃんも待ってますし!」


席を立ち、歩き出す二人の影が、石畳の上で一つに重なる。


遠くで聞こえる時計塔の鐘の音は、もう不吉な予兆ではない。


運命は塗り替えられた。


物語の頁は閉じられ、真っ白な次の章が、今ここから始まっていくのだった。

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